第4話 消耗との戦い

 

 ーー数時間後


「……ぁ!」


 目が覚めたとき、俺はまた暗闇にいた。

 顔のすぐ横に生える謎の発光植物のあかりだけが頼りの、薄暗い超超超深海だ。


 俺の体は、止め杭のように刺さされた魔槍のおかげで、服と共にその場に固定されており、うっすら見える海底の景色は記憶のなかのものと誤差があるだけで、なんとなく場所は把握できた。


 俺は自分の外套の内ポケットに入れられた黒い小箱をとりだす。


「やっぱり、夢じゃなかったのか……」


 小箱を見つめて、俺が『海』との衝突で気を失う前の奇跡のような時間を回想する。


 マクスウェル・B・テイルワット。

 あのコートを来た男が、ソフレト共和神聖国民誰もが知ってる【伝説の運び屋】だったとは。


 指パッチンするだけで竜を落とす伝説は本当だった。

 指パッチンするだけで天候を変えてのける伝説も本当だった。

 むしろ、海底20000mから水面までにある途方もない水量を指をパッチンするだけで、弾き飛ばしてみせた。


 そして、俺がそんな偉人にプレゼントされたのが、この箱だ。


 中身はたしか……『液体金属』と言ったか?


 はたして『液体金属』とはなんなのだろうか。

 

 俺は頭をひねってみたが、まったくその正体にたどり着けなかった。


 鍛冶場作業を見学した時のことを思い出せば、たしか鋼は真っ赤に熱されると、ドロドロとした液状になっていた気がする。


 あれを液体金属と呼ぶのなら、この箱をこの場で開けるのは危険かもしれない。


 きっと、すぐに冷えて使い物にならなくなってしまうだろう。

 

「うーん、でも、これが俺の役に立つとか言ってたような……」


 なぜドロドロの金属が俺の役にたつのだろうか?

 武器でも鍛えろと言っているわけではないだろうし。


「……考えても仕方ないな」


 俺はとりあえず黒い小箱を落とさないように、外套の内側に大事にしまい込んだ。


 他にも考えなくてはならない事はたくさんあるのだ。


 まずは、この地面に固定されてる状態をなんとかしなくてはな、ない。


「うぐぐ……!」


 俺は地面に突き刺さった槍をなんとか抜こうと、さまざまな姿勢をとって頑張ってみた。

 だが、すべてが徒労に終わり、結局、俺は服を脱ぎ捨てるのが一番手っ取り早いという事実にたどり着いた。


「っ、やばい、凍え死ぬ……!」


 上裸になると寒かった。

 深海なので当然すぎるが。


 俺は服を脱ぎ捨てたことをすぐに後悔して、槍を地面からぬいて、服を着ようとした。


 だが、ここで失敗に気がつく。


 一度脱ぎ捨てたせいで、空気の層からはずれたらしく、俺の服は冷たい海水をぐっしょりと吸ってしまっていたのだ。


 あまりの馬鹿さ加減に、俺は頭を悩ませながら、何とか魔槍をぬいて、濡れた服を回収する。


 ーーぐぅう〜


「お腹空いた……」


 槍と服を回収するなり、ついに最悪の敵がやってきた。


 空腹だ。

 俺はかるくあたりを見渡すが、小魚がわずかに視界にうつるばかりで、何か満足できそうな食料が泳いでいるようには思えなかった。


 空腹と寒さにいつまでも耐えられるとは思えない。


 俺は大きな不安に駆られた。


「だめだ、こんな時こそ冷静に。賢くあるべきだ」


 俺は手のひらに″竜″という文字を書いて飲み干すというラナから教わった緊張を取りのぞくおまじないを試す。


 よし、気が楽になった。

 この状況を整理してみよう。


 俺は気絶する前は、黒い小箱を外套の内ポケットにしまっていなかったし、魔槍で海底に固定されてもいなかった。


 となると、俺が気絶したあとに、誰かがここまで戻してくれたと思うのだが……それをしたのはマクスウェルかあの占い師しかいない。


 となると、


 どこか近くで見守ってくれてるのか?

 だとしたら、そろそろ手助けしてほしいのだが。


 いや、無理だな。


 何となくだが、マクスウェルはいたずら心でこういう事をする人間ではないような気がするし、あの占い師に限ってはもしやったとしても「これが最後の助け舟じゃ」とか言って、そのあとは干渉してこない気がする。


 俺はひとりで生きなければいけない。


 マクスウェルは世界を救ってるんだ。

 あの占い師も知り合いっぽかったし、きっと凄い偉人で、忙しいのだろうな。


 俺はそう納得して、歩きだした。

 発光する謎植物たちの群生地を、のっそりのっそり、一歩一歩進んでいく。


 重たすぎる道を歩くさながら、俺は頭のなかを整理する。


 俺は占い師とマクスウェルからいくつかのヘルプを受け取っている。


 占い師からは条件付きで3つ。


 ひとつ目は、浅いところまで連れて行ってくれるという約束。


 この約束は、あっという間に反故ほごにされた。

 

 ふたつ目は、『海底にいることはそれだけでレベルアップに繋がる』という事実。

 そして、レベルしたあかつきには、例の黒い小箱『液体金属』を俺にくれるという話。


 みっつ目は、『海底都市を目指せ』というもの。

 

 彼の助言のうち、役に立ちそうなのは、ふたつ目とみっつ目だ。


 特にみっつ目のものは、俺が当分のあいだ目指すべき目標となるだろう。



 マクスウェルからも贈り物をもらった。


 ひとつ目は、黒い小箱『液体金属』。


 占い師の言葉をあわせて考えるに、これは現状の俺には役立つものではなく、レベルアップすることで、有益なアイテムとなることが推測できる。


 ふたつ目は、俺のスキル〔そよ風〕はどうやら『そよ風を生みだすスキル』ではないということ。


 マクスウェルがわざわざ言及したのだ。

 きっと、何か意味のある言葉なのだろう。


 みっつ目は、マクスウェルの持っているスキルの一部〔収納しゅうのう〕をもらったこと。


 彼の贈り物としてスキルが渡されたわけだが、普通はスキルをあげるなんて事はできないはずだ。


 まあ、海底20000mから水面までの途方もない海水量を吹き飛ばすような人物なので、不可能なことはないような気がする。


 現に、俺は新しいスキルのチカラを感じているしな。


「こんな感じか?」


 直感にしたがい、念じると、俺は手元にチカラが収束していくのを感じ、空間に割れ目を開くことができた。


 マクスウェルの空間スキルが生みだす、これは『ポケット』と呼ばれている、と偉人好きの冒険者から聞いたことがあるので、きっと俺も彼の使うポケットを開いて、そのなかへモノを収納したり、出したり出来るようになったんだ。

 

「ふふ、【伝説の運び屋】マクスウェルと同じスキル……しかも直伝ということは、俺は実質、弟子なのでは?」


 これからは勝手ながら師匠と呼ばせてもらおう。


 ありがとうございます、師匠。


 して、晴れて師匠から教わったスキルを使えるようになったわけだが、彼はこれが俺の役に立つと言っていた。


 師匠のことなので、深い考えがあるはずだが、今のところこれといった用途が思いつかない。


 いや、十分便利だけども。


 俺は頭を悩ませながら、試しにポケットに手を突っ込んでみた。


「む」


 ポケット内とポケット外で、手を動かす際の重たさがかわらない。


 ポケットの入り口を開きっぱなしにしたせいで、なかが水浸しになってしまったらしい。


 開け放ち厳禁か。

 これからは気をつけよう。


「ん、シャベルと……何かが入ってる?」


 俺はポケットの中からわずかな果物と、一本のシャベルを取りだす。


 その他には、何も入っていない。


 まさか、俺が自分で入れておいたわけもないので、これをポケットに入れてくれたのはマクスウェルという事だろう。


 ありがたいことだ。


 しかし、喜んでいたのも束の間。


「あ!?」


 ポケット空間から取りだして気がついた。

 

 俺が手につかんだ果物すべてが枯れたように萎んでしまっていた。


 やらかした。

 ポケット内の貴重な食料が、超水圧によって全部ドライフルーツみたいになってしまった。


 俺は慌てて、すべての萎んだ果物を空気の層の内側、自分の服のポケットに詰めた。


 果汁も果肉も搾り出されてしまったが、まだ、いくばくかの栄養源にはなるはずだ。


 俺はとりあえずドライフルーツをひとつ口にふくむ。


 少しだけ空腹は緩和されたが、そうなると次に辛いのは寒さだ。


 俺はその時になってあることに気がつく。


「空気の層が……薄くなってる……?」


 俺は自分の手のひらを裏返したりしてみながら、自分のスキルによる″生命線″が危機に晒されていると知った。


 考えられるのは、急激な体温低下にともなう体力消耗か。


 まずいぞ、空腹下ではさらなる消耗はまぬがれない。

 

 どこかで体を休めなければ。


 焦りばかりがつのっていく。

 こんな海底のどこで、いったい水圧から逃れて、体を休めればいいというのか。


 自分の思考が矛盾していることを知っていながらも、俺は諦めるわけにはいかなかった。


 あの伝説の英雄がたくしてくれたのだ。


 彼は魔槍を指差して、俺には″帰るべき場所がある″と勘違いしたようだが、今、俺をかき立てる幼馴染のもとへ帰りたいなんて気持ちじゃない。それは、俺の希望的観測と割り切った。


 今の俺をささえるのは、まったく別の、文明人にしてはよほど陳腐で、単純な衝動だ。


 死にたくない。

 ただ、それだけだ。


 極限の環境下では、人は驚くほど素直になる。


「これしかない」


 俺は考えたすえに、自分の手のなかシャベルを握りしめて、視界に見える範囲でを探した。


 あたりは砂だらけだった。

 だが、暗闇に消える視界の端っこにのようなものが見えた。


 アレだ。


 俺は1時間ほどかけて、わずか数十メートルの距離を進み、岩盤と砂の切れ目にシャベルを突きたてた。


「うら!」


 俺は海底を掘りはじめた。


 水圧による弊害があるので、振りあげ、勢いつけて地面に刺すことはできない。


 海底の砂のうえに置いて、それを全体重で押し込む感じだ。

 しかし、掘るあと、掘るあとから、そのまわりの砂が流れ込んできて作業は遅々とし進まない。


「クソ、クソッタレが……っ、俺には地面の下しか休める場所がないってのに!」


 俺は理不尽な自然の暴力に泣きそうになりながら、地面を掘り続けた。


 すべては自分のイメージする″海底洞窟″を作るためだ。






         ⌛︎⌛︎⌛︎







 ーー10時間後


「…………」


 俺は1メートルほど穴の掘られた海底でしゃがみ込んでいた。


 無理だ。

 

 こんなの無茶だ。


 これだけの労力をかけて1メートルの穴しか掘れなかった。


 やっぱり、俺ごときは伝説の英雄のチカラの片鱗を継承したところでやれることなんて限られているんだ。


 ラナにも捨てられたし、もういいっかな。


 十分頑張ったほうだ。


「……」


 俺はうつろな眼差しで足元を見つめながら、なんとなくポケットを開いた。


「……ん?」


 空間の割れ目であるポケットに思念をおくると、ポケットの入り口がスイスイ水中を泳いでいく。


 もしかして、ポケット入り口は、空間的には座標が固定されていないのか?


 俺はそのことに気がつくと、あることを閃いて、立ちあがり、足元へむけてポケットの入り口を押し当てた。


 ポケット空間自体をシャベルのように使えるのではないか? 


 そんな思いつきが、俺を救った。


「できる……」


 ポケットの入り口を地面に擦りつけるながら動かすと、まったく筋力を使わずに、地面の土をポケット空間へかきこむ事ができた。


 結果、一度ポケットを動かすだけで、60キロ近くの砂を掘りかえす事に成功した。


 俺は目を爛々と輝かせて、夢中になってポケットを動かし続けた。

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