第14話 アルカディア東部マナニウム採掘場


 目を覚ました時、俺はベッドに寝かされていた。


「ここは…」


 あたりを見渡してみると、そこがさきほどの金属の建物のなかの一室らしい事がわかった。


「あ、起きてる」


 金属の重たそうな扉を開けて、さきほどの男が入ってくる。


「いきなり倒れてびっくりしちゃいました」

「ここに運んでくれたのか…」

「ええ──はい、どうぞ、マナニウム湖から引き揚げた原石です」


 男はボールの中に4個ほど盛られた、明らかにただの石とも言うべきソレを差し出してくる。


 手に持ってみる。


 すると、存外に重たく、またわずかに蒼いオーラを纏っていることがわかった。


 しかして、これを食べろと?


「さあさあ、遠慮なく食べてください」

「……あんたは、これを本気で俺に食べろって言ってるのか?」


 男の気が狂ってるか。

 あるいは冗談のつもりか。

 

 どちらにしても、こんな風にふざけられるとは好きじゃない。


「ヒィィ?! す、すみません、マナニウムの補給がしたいっておもったのですが……!」


「はあ」


 俺は石っころをベッドの上に置いて立ちあがった。


「ベッドを貸してくれてありがとう。あんたはここが海底都市って言ったよな? いろいろ聞きたいことがあるんだが……」

「ははぁあ! この地こそ我らの理想郷であります!」


 男はかしこまり、ピシッと背筋を正すと、ひたいにピンと伸ばした手を当てた。


 何かのポーズなのか。


「お加減もよろしいようなので、こちらへ、どうぞ! 施設の案内をさせていただきます!」


 男は手で部屋の外を指し示す。


 俺は少し思案したのち、言うことを聞いて部屋を出ることにした。


 部屋の外は長い廊下となっていた。


 天井も壁も床も、全てが鉄で作られている見たこともない風景だった。


 俺は困惑を隠せない。


 貴重な資源である金属をここまでふんだんに使うなんて。


 この環境に耐えるため、耐久度の高い素材をつかって建物も作る必要があるのだろうが、それにしたって凄まじい浪費じゃないか。


 これだけあれば、武器がいくつも作れるぞ。


「鉄はどこから持ってきたんだ?」

「ぇ? 鉄ですか? そんなの決まって…………ええっと……(違う、ただの質問じゃない! 考えろ! この問いかけの意味を!)」


 男はしばらくの沈黙の後、晴れやかな笑顔で答える。


「血と汗と涙、いずれ来たる未来を夢見た同志たちの足元から持ってきました」

「……そ、そうか」


 何かの暗号なのか?

 あるいは特異な言い回し?


 まあ、いいか。

 もう文明とか、文化とか、いろいろソフレト共和神聖国とは違いそうだし気にするだけ無駄だ。


 とにかく、この海底に住んでいる人間たちは鉄を建材にふんだんに使えるくらい豊かな資源と、それを為せるエネルギー、さらには優れた建築技術を持っているということだろう。


 俺は身を引き締める。


 ここは、俺の知らない世界だ。

 海底人類が俺にどういう態度をとるかわからない。


 俺は彼らを知らないが、彼らは俺を知ってるかもしれない。


 俺は出来るだけ海底文明、ひいては海底都市に関する知識を身につけるまで、正体をバレないようにしようと思った。


 幸い、彼らは勘違いしてくれている。

 

「どうぞ、こちらへ」


 やりきった表情の男についていく。


 まず案内されたのは、これまた珍妙な機械の置かれた部屋だった。


 寒い海底とは思えないほど、蒸し暑い。

 力強くシュコシュコ動くその機械を不思議そうに見ていると、男は喋りだした。


「『アルカディア東部マナニウム採掘場』にのみ配備されている新規格の精製機です! もちろんご存知だとは思いますが、東部採掘場はまだ稼働したはがりなので、最高最新最良の製品が採用されているんです!」


 男は目を輝かして言った。


 なんの話をしてるのか全く理解できない。


 最新の精製機?

 こんなイカツイ恐い機械で?


「なにを精製してるんだ?」

「わかります、わかりますよ、超能力者様。自分がなんのためにここにいて、アルカディアにいる家族と離ればなれになりながら働いているのか、その意味をいま一度思い出せということですね?」

「……………………そういう事だ。さあ、言ってみろ」

「エレメント0番にして325番──通称マナニウムです。我らが祖先の異世界転移を可能にした『最終元素エンドエレメント』にして我らが失ったモノ。マナニウムこそ、アルカディアに住む10万人の希望です」

「…………ぁー、えーと…10万人もここに住んでるんだな」

「あれ? ご存知なかったですか?」


 男は首をかしげて不思議そうにした。


 まずった。

 素の驚きを口に出してしまった。


「もちろん知ってるさ。さっ、次の場所に案内してくれ」

「あはは、そうですね! はい! ついてきてください!」


 シュコシュコ動く機械の部屋をでて、今度は巨大なガラスの部屋にやってきた。


 見るだけで不安になる光景だ。

 だだのガラスなのに、水圧で割れたりしないのだろうか?


 ガラスの向こう側には、青紫色にあわく輝く魔力溜まりが見える。


 よく見てみると、魔力溜まりのなかに巨大な金属装置が何本も突き刺さるように建設されている。


 この金属の建物、俺が想像しているより、はるかにおおきな規模の建物のようだ。


「これは何してるんだ……?」

「はい! 異世界のマナニウムを採掘しています!」


 マナニウム……魔力溜まりの事をそう呼んでるのか?

 この海底の人間たちは、何百年もかけて、これほど大規模な建物を建造し、魔力を採掘──不思議な言い方だ──していると。


 地上でも魔力鉱山とかから、魔力鉱石は産出するし、もっと簡単な方法があると思うが……わざわざ海底に住むなんてな。


「あれはなんて言うんだ?」

「? どれですか?」

「ほら、あれだ。あの鉄の、大きな、長いやつ……」

「………………送液パイプ?」

「パイプって言うのか」

「ぇぇ…多分、パイプで…いいと、思います…?」

「なんで、パイプが刺さってる?」

「なんで…?(ぇ? そんな質問する?)」


 男は腕を組み思案げに顎に手をそえる。

 俺のほうをチラチラと見て、怪しんでいるようだ。


 流石におかしかったか。

 なんでか、ちょうのうりょくしゃ、とか言って俺のこと誰かと勘違いしてるから、いろいろ聞きだせると思ったが……。


「あれはアルカディアへマナニウムを送るためのパイプです。毎時間毎分毎秒、休まずにガンガンマナニウムを吸い上げてます」


「そうか……そういえば、ひとつ聞いていいか?」


 俺は男の言葉の節々に感じていた違和感を疑問にする。


「この施設、今この場所は、海底都市……アルカディアじゃない、のか?」


 言葉のニュアンス的に、ここはアルカディアじゃない。

 さっき、アルカディアの東部だとか、採掘場だとか言っていたしな。


 男はもごもごと答える。


「……そりゃ、もちろん……そうですよ。アルカディアはここから西に4キロの地点に……っ、そうか、わかったぞ! そういう事か! あんたもしかして──」


 男はハッとした顔で大きな声を出した。


 何かまずい事が起こる予感がした。

 

 俺はすかはずポケット空間を開いて、槍を取りだす。


「完全にわかりました。超能力者様」


 男は目をつむり、うんうん、とうなずく。


「アルカディアへの帰り方が分からなくなっちゃった、ポンコツさん、ですね?」

「……」

「その事に気付いて欲しくて、おかしな質問をし、誘導をかけていたと」

「…………解釈は任せよう」

「ええ、わかりました。……って、あれ? なんで槍なんか持ってるんです? そんなのどっから出しました?」


 俺はさりげなく槍をしまって「気にするな」とだけ言い残し、無かったことにする。


 その後、あれやこれやと施設をまわった。


 なんで案内されてるのか、理由はわかっていなかったが、おかげで、この海底の人類の文明レベル、科学レベルへの理解は深まった。


 理解できたと言っても、おそらくソフレト共和神聖国とは数百年、数千年レベルで科学のチカラの発展が違うという事だけだが…。


 やがて、外回りから俺に施設を案内してくれた男──フラッド・エインヒルの相棒だという黒い肌の巨漢が帰ってきた。


 最初に遭遇した2人の片割れだ。


 慌てて施設に入ってくるその男は叫ぶ。


「フラッァァァァあド! 大変だァアア!」

「どうしたどうした? こっちはポンコツさんな超能力者様と昼食をだな──」

「とんでもなくでけぇアルゴンスタだ! 幻のダンゴムシ、あの究極生物アルゴンスタがなんでか外にいたんだ、早く来てくれ!」

「ッ?! 嘘だろオイ、マジか! 超能力者様! アルゴンスタです! 行きますよ!」


 男たちは大興奮で潜水服を着て外へ出ていく。

 

 俺は困惑しながら彼らのあとを追った。

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