第15話 海底都市アルカディアへ
黒肌の巨漢トムに続いて、フラッドと共に海底へともどる。
先に出たトムは満面の笑顔をヘルメットの向こう側でうかべていた。
彼のすぐとなりには、ダンゴムシ団のメンバーが身を寄せあっている。
「凄い、凄いぞ、アルゴンスタだ!」
「本物のアルゴンスタか? だとしたら、とんでもない発見じゃないか!」
フラッドもトムのそばにより、アルゴンスタと呼ぶ″うちの子たち″に近づいていく。
「どうして、そんなにダンゴムシを見て驚いてるんだ?」
俺はたずねた。
「そりゃもちろん! こんな30センチくらいアルゴンスタでも一生暮らせる富を生みだせるじゃないですか! このサイズならもうそりゃ!」
「ダンゴムシが富を生みだす……? どうやって?」
ニヤニヤ楽しそうなトムが答える。
「うへへ、何にでも使えますからね。使用用途は無限大。なにより、中央発電局が超高値で買ってくれるじゃないですか!」
「個人単位でも金持ちはアルゴンスタを幾らでも欲しがってますからね」
トムとフラッドは一番大きなダンゴムシことアルゴンスタ──キングに近寄り「よーしよし、いい子だ」と悪い顔で甲羅を撫ではじめる。
「それは俺のペットだ。お前らの好きにはさせない」
俺は宣言するように言って、トムの手をどかせる。
「っ、超能力者様、それはさすがにずるいですよ!」
「横暴だ! 俺が最初に見つけたのに!」
「いつも見回っているんだろ? そのぉ…パイプとかのメンテナンスで。こんなところにアルゴンスタがいる事がおかしいとは思わないのか?」
俺はぼやかしながら理詰めする。
トムはうなだれ「超能力者様が連れてきたと?」と聞いてくる。
俺は威厳が出るよう、のっそりとうなずいた。
「はぁ……わかりましたよ」
「俺たちも超能力者様に殺されたくはないですから、ここはお譲りしましよう」
トムとフラッドはおとなしく身をひいた。
「ぐぎぃ」
「そうか。怖かったな」
「ぐぎぃ」
「もう大丈夫だ。寝てていいぞ」
「アルゴンスタと意思疎通をしてる……そんな、あの
「もしかして、この超能力者様、凄いランクの方なのでは……?」
背後でぶつくさ喋る2人へ俺は向き直る。
トムとフラッドは背筋を正して、例のポーズ──敬礼というらしい──をとった。
「ここがアルカディアでないのなら用はない。フラッド……俺が何を言いたいのかわかるな?」
「はい、超能力者様!」
フラッドは特に語る事なく魔力溜まりからパイプが伸びる道先を手で指し示した。
ついでに呟かれる「4キロ」という単語。
今までどれくらいの速度で旅してきたかは見当がつかないが、それでも遠い距離には思えない。
もうすぐそこに海底都市があるのだろう。
そして、そこへ行けば占い師の言った人生が始まるとかなんとかって意味がわかる。
旅のゴールは近い。
「ああ、そういえば、フラッド」
「なんでしょうか超能力者様?」
「アルゴンスタを連れたまま、都市に入るとどうなる?」
「………………なるほど。これは豪胆。ペットをアルカディアで散歩させたいって事ですね」
よくわかんないが「そう言う事だ」と澄ました顔で答えておく。
「超能力者様なら問題ないですが、よからぬ輩の目を惹きすぎると思いますよ。だってみんな、アルゴンスタが欲しいですから」
「そうか。なら、ここに預けていこう」
「「えぇ゛!?」」
俺はダンゴムシ団のメンバーへ指示を出して、金属の建物の影にいくよう伝える。
彼らは大切な仲間だ。
みすみす危険な場所へは連れて行けない。
俺の指示を受けたダンゴムシたちは影にむかうと、身を寄せ合って静かになった。
しかして、1匹だけ影に向かわない。
「ぐぎぃ」
「どうしたキング。なに? 俺と一緒に来るって?」
「ぐぎぃ」
「ボスについていく、か……」
どうして彼が俺の事をそこまで尊敬してるのかわからない。
どちらかというと一族の仇みたいに、憎くて仕方ないはずだろうに。
「まあいいか。キングは相棒だしな。…と、そういうわけだ。しっかり世話を頼んだぞ」
「いや、世話なんて無理っすよ?! アルゴンスタなんて飼えるわけないです!」
「大丈夫、すぐに戻って、迎えにくる」
「そういう問題じゃなくて!」
狼狽するトムは「あ、連絡取れるようにしましょう」と言って金属の建物のなかへ入っていく。
戻ってくると、丈夫なそうな箱をもってきた。
「耐圧耐水ケースにいれておきましたから、向こうで開いてください。スマホが入ってます」
「スマホ……」
「あ、もしかして、スマホをご存じない? いやまいったな、これはそうとうな貴族階級……。おほん、超能力者様。スマホとはですね、恥ずかしながらサイキックに目覚めてない旧人類たちの″物理的な端末″の事です」
はぁ。物理的?
物理的じゃない端末があるのか?
もうわかんねぇなアルカディア。
「それでは、良い旅を!」
「アルゴンスタは責任を持って飼わせてもらいます!」
トムとフラッドは「あと聞きたいことがあったらそれで連絡しますからー!」と言って手を振ってそうそうに別れを告げてくる。
俺はなんだかわからない感じだったが、とりあえずアルカディアを目指す事にした。
──しばらく後
キングにまたがって、淡く光るパイプをつたってひたすら西を目指した。
そうして、ようやく見つけた。
海底都市アルカディアを。
「あれが、海底都市……!」
「ぐぎぃっ!」
俺もキングも驚きに思わず声をもらした。
目を見張るほど煌びやかな世界だった。
海底に立ち並ぶ摩天楼の数々。
数百メートル級のビルにタワーが建造され、それぞれのあいだに空中廊下ならぬ水中廊下が無数に架けられている。
都市の周辺には各地から伸びる長いパイプの終着点があり、海底中のネットワークから日夜莫大なエネルギー・資源を集積していることがわかる。
それは深海という暗闇の世界に輝かしくも降臨し、途方もないチカラを感じさせた。
上位存在、あるいは神の居城という形容がふさわしかろう。
「嘘だろ……凄いとは思ってたが、まさかこれが海底文明の築いた街? こんなのソフレト共和神聖国が追いつくのにいったいどれほどの……」
「ぐぎぃ」
「ああ、ごめん、キング。取り乱した。とにかく街に入らないとな。地上へ戻る手法を教えてもらおう」
俺とキングは海底都市へと接近し、東部採掘場で見た金属扉──ハッチに手をかけた。
─────────────────────────────────
キングをとなりに付けたまま、俺は金属の扉の中へ入った。
例のごとくアナウンスが聞こえ、排水作業のための二段階のプロセスを終えて、いよいよ海底都市へ入れるようになる。
「キング、俺のそばを離れるなよ」
「ぐぎぃ」
重厚な耐圧扉がゆっくり開かれていく。
俺は慎重に境界線をまたいだ。
排水室の先、そこはいくつもの潜水服が壁に掛けられており、東部採掘場にあった、本棟との接続部によく似ている。更衣室だ。
更衣室をぬけると、一本道が続いていた。
天井も壁も耐圧ガラスの開放的な水中廊下を進む。
「っ、妙に荒れてるな」
「ぐぎぃ」
一本道を歩きながら、俺は廊下の端にゴミが寄せられている事が気になった。
アクアテリアスでも、たびたび祭りの後にこのような光景が生まれやすい。
「ん、大きな通りに出たな」
「ぐぎぃ」
「なになに、温かいって? たしかにな」
海底都市のなかは俺たちが予想するより遥かに温かかった。
自分がいるのが、ほんとうに海底なのか忘れてしまいそうになる快適さだ。
どれほどのエネルギーが使われているのか……想像もつかない。
ただいま出てきたこの大きな通り──巨大な廊下とも言える──もまた荒れていた。
天井にところどころつけられたライトは点滅し、整備が行き届いているようには見えない。
また、通りの両壁一面が耐圧ガラスになっているが、そのガラスは汚れ、傷がつき、見栄えが良いとは言い難い。
この都市が建造されてから時間が経っている証拠か。都市の老朽化は深刻な問題なのかもしれない。
俺はワクワクした気持ちで、さまざまな感想を抱きながら、キングと共に通りを進む。
「ぐぎぃ」
「っ、キング、止まるんだ」
「あ、あ、あ、ぅ」
うめき声が聞こえた。
ゆるやかな曲線を描いて右へカーブする通り。
その死角に人が寝ていることに気がついた。
「あ、あ、あ」
うめきの正体に出会う。
それは人間だった。
海底都市住んでいるとはいえ、背丈、姿形は地上の人間とたいして変わりなさそうだ。フラッドたちを見て知っていたが、それでも不思議な安心感を得た。
「って、こんなこと思ってる場合じゃないな。おい、あんた、大丈夫か?」
顔色は悪く、意識ははっきりしていないように見える。
病気だろうか。
病人が道端に放置されてるなんて……。
この通りは人影がまったくなく、寂れているので仕方がないのだろうか?
「ぁ、ぁぅ?」
調子の悪そうなその男が、俺の声に反応してこちらへ視線をむけてくる。
俺は薄く微笑み「大丈夫か?」と再度声をかけた。
しかし、
「ぁ、ぁ──アアアア゛!」
その男は穴という穴から血をだしながら、急に飛びかかってきた。
殺意溢れる瞳だった。
海底で培った生存本能が覚醒する。
俺は素早く身を引いて、掴みかかりを避けるやいなや、回し蹴りで男の腹を打ち、思いきり吹っ飛ばした。
男は耐圧ガラスに背中を打ちつけると、うめき、苦しみ、やがて動かなくなってしまった。
「ぐぎぃ」
「なんだよ、気持ち悪いな……」
俺は思わずわりと本気で攻撃してしまったことを反省しながらも、ぬぐいきれぬ不安から逃げるように現場を離れることにした。
小走りで荒れた通りを進む。
──しばらく後
やがて人気のある場所へやってこれた。
レコードによってムーディな音楽がながれ、天井にはくるくるとシーリングファンが回っている。
ありていに言って酒場であった。
通りの接続部としては違和感しかない作りだ、
が、文明が違うとわかっている手前、いちいち疑問をいだくほど野暮ではない。
俺は空気に溶けこむように歩を進める。
木の机に突っ伏して眠る男が2人。
あとは酒場の主人は生気のない顔でグラスを磨いている。
人気はある。
が、それでも0か1かの問題だ。
とても寂れている事に変わりはない。
《おい、あんた、今、シャドーストリートから出てこなかったか?》
酔っ払いのひとりがこちらへ振り向いて口を開く。
言っている事は理解できない。
俺は肩をすくめ、黙って男を見つめる。
すると、男たちは何かを察したように耳元に装着した小型の機械をカチカチとダイヤルを回して調整した。
「あんた今、シャドーストリートから──って、ちょっと、待てよあんた。その後ろに連れてんのはなんだい……?」
男は言葉を切り、俺の背後のキングを見て、目を見開いた。
「知る必要はないぞ。これは俺の相棒。誰にも渡す気はない」
「へへ…アルゴンスタが相棒ねぇ〜。しかもそんなにドでかいだなんて……」
男はニヤつき、となりで酔い潰れてるガラの悪い男を揺り起こす。
「あ? んだよ、眠みぃ…」
「アホな″超能力者モドキ″が来たぜ。さっさと締めちまおう」
男の言葉に俺は敵意を感じとる。
同時に先ほどまで眠りこけていた男の目の色が変わった。
目を覚ますなり、その男は素早い動作で、胸元から海底人類の武器・
俺に話しかけて来た男も同様だ。
「どうなってんだ、この街は──」
俺はうんざりしながら、飛んでくる弾丸を首をふって避けた。
幸いにも銃弾は見てから十分に避けれる速さなので脅威ではない。
だが、彼らにとってはそうともいかなかったようだ。
「あぐぁ?! よ、避けた……!?」
「ちょ、高速弾だぜ……見切れるって事は……まさかマジの超能力者なのか!」
男たちが動揺しだす。
俺は攻撃された事実を後悔させるため、ポケット空間から魔槍を取りだし、柄で男たちの顔面を容赦なく殴った。
鼻から血をだして、無様に地面に転がる。
「乱闘ならよそでやって欲しいですが……」
店の主人は慣れた様子で、特に狼狽することもなくグラスを磨きながら、愚痴をこぼしてきた。
「しかし、超能力者とは……あなたは新しく進化した者なのですか? ここ最近は、もう増えないものと思っていましたけど」
「質問に答える気はないからな」
俺はボロが出ないよう毅然とした態度で応じた。
これはフラッドから聞いた″一般的な超能力者像″にのっとった対応だ。
どうにもアルカディアには、身分差が存在しているようで、上の者は『超能力者』と呼ばれ、下の者は『旧人類』と呼ばれている。
詳しい事は直接聞くわけにもいかなかったので、いまだにわかっていない。
だが、どうにもアルカディアの人間には、俺が超能力者に見えているらしいので、これを上手く使わない手はないように思えた。
ニセモノの身分差でも、物事を円滑に進められる。
「さてと。それじゃお二人さん話をしようじゃないか」
この寂れた酒場には他に人はいない。
俺はちょうど良いかと思い、ここにいるこの人間たちにアルカディアについて聞き込みを開始した。
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