第16話 協力者ガアド


「すみません…すみません…許してください……」

「まさか本物だなんて、思わなかったんです…」


 俺はマスターに出してもらった、ソーダというシャワシャワする飲み物を味わいながら、男たちと向かい合っていた。美味い。


「なんで撃ったか聞いてるんだ。答えろよ」

「ぅぅ、すみません、すみません……!」

「おい、質問に答えないと殺す。わからないのか? お前みたいな塵、いつだって消せる」


 過激な発言で追い詰める。


 フラッドから話を聞く限り「エイトさんって超能力者っぽくはないすね!」とか言ってたので、増し増しくらいで演じていく。

 男たちは冷や汗をダラダラ流し、奥歯をガタガタ言わせ、何度も懸命うなずいた。


「アルゴンスタです、もちろん、それ以外の理由はないです…! 金が欲しかっただけで!」

「大きなアルゴンスタがいたなんて報告するだけでもまとまった金になるんですから、実物を氷室ひむろに届けたり、オークションにだせば、それだけで俺たち楽して暮らせるって……」


 アルゴンスタは金になる。

 フラッドも言ってたが、なるほど、殺してでも奪いたいほど価値があるのか。


「ぐぎぃ」

「大丈夫だ」


 キングは心配そうに鳴いた。

 大丈夫だ。お前は売っ払ったりしないからな。


 俺はとりあえずの鬱憤を晴らし、次に地上へ向かう方法について男たちに聞いてみた。


「地上へ向かう方法ですか? そんな発想自体なかったっすよ。なんですか、地上へ行くって」


 男のひとりが首をかしげ「何言ってんだ、コイツ」という顔でこちらを見てくる。


 彼らは、″地上へ行く″という発想自体初めて聞いたようだった。


 そんなにおかしな発想じゃないと思うのだが。


「地上はアナザーの支配する領域。いくら超能力者と言えど、やすやすと地上へ向かう事は氷室ひむろ含めたリーダー達が許さないでしょう」


 そういって答えてくれたのは店の主人だ。


 俺はこっちの男のほうが話ができると思い、ソーダを片手にカウンター席に座った。


 老齢手前の店の店主は言う。


「あなた変わってますよ」


 俺は応える。


「そうか? こんな海底にずっといたんじゃ息苦しくて仕方がない。人は誰しも太陽のしたで、土を踏みしめているべきじゃないか?」

「太陽ねぇ……もうしばらく見てないですねえ」


 店の主人は目を細め、遠い記憶を懐かしむように言った。


「あんた、どうして地上へ行きたいんだい?」


 店の主人は聞いてくる。


 俺は思案する。

 

 果たして、素直に話していいモノか。

 俺の素性は、彼らで言うところのアナザーとやらに該当する。


 海の底の人間からしたら、地上の人間は確かにまったくの他の世界に住む人間だ。


 ここで素直に話すのは良からぬ厄介事を生み出しそうな気がする。


「質問に答える前にひとついいか」

「どうぞ」

「どうして地上の領域に行かない? 海底よりよほど住みやすいと思うが」

「……? おかしな質問をしますね。私たちの行動を決めているのは、あなた方『超能力者』じゃないですか。いや、超能力者も一枚岩ではないですがね」

「というと?」

「ん? というと?」


 店の主人は「そんなわかり切った事を聞く必要があるだろうか」とでも言いたげに、うろんげな眼差しを向けてくる。

 

「ふむ……氷室ひむろ、パシフィック、ウォルター。この3人がアルカディアの最大権力者。こんな事子供でも知っています。当たり前では?」

「……」


 俺は致命的におかしな質問をしたと気がつき、押し黙ってしまった。


 店の主人は俺の顔をのぞきこんでくる。


「ッ、あなた、もしかして……」


 店の主人は目を見開き、グラスを磨く手をとめた。


 彼ははしばらくの沈黙の後、乾いた笑い声をあげた。


「はは…そうですか、そうですか……まさか、そういう面白い事もあるんですね」

「……」

「いえ、何がとは言いません。老先短い寂れた私にも、まだ出来ることがあるのかもしれないと、思っただけです」


 俺の瞳をまっすぐに見つめる、彼はとても優しい目をしていた。


「こちらへ」

「なんだ?」

「悪いようにはしません、。どうぞこちらへ。あなたが知るべき基礎的な知識についてお教えします」


 店の主人はそう言うとカウンターを出て、店の奥へ通ずる扉へ入っていった。


 キングと共に彼のあとに続くと、そこは複数のモニターが壁に設置されたハイテクノロジーを感じさせる暗い部屋となっていた。


 寂れた酒場の奥にしては異様すぎる。


「それじゃ、まずアルカディアについて最低限の事を教えてあげよう」


 店の店主の口調が変わった。

 彼はどこかウキウキした様子で、手に持つ小さなボタンを押す。


 すると、モニターのひとつが切り替わり、そこに映像が映し出された。


 画面に先ほど外から見たアルカディアの全体像が立体的な映像で表示される。


 原理がまったくもって不明な表現に、舌を巻くしかない。


「これはアルカディア建設当時のフレームモデル。水面から8000mの深さに建造されている理想の都市。いや、と言うべきか。ともかく地上にいる彼らとは、別の人類の都市だ」


「8000mだって? そうか…思ったより浅いところまで来てたのか……」


「? まあいい、続けるぞ」


 店の主人はボタンを押して画面を切り替える。


 画面には海が表示されており、海面をはさんで上側にいる人間と、下側にいる人間の視覚的なイメージが表現されている。


「うえが君の住む世界。したが我らの世界だ」

「あんた、俺が上から来た人間だって気がついてたのか」

「私はね。だが、ほかの海底人類には教えないほうがいい。さっきの男たちとかはダメだろう。もし知ったなら、怖い奴らが、死に物狂いで君を殺しにくるだろうね」

「っ、どうしてそこまで?」


 俺は訳がわからず首をかしげる。

 店の主人は疲れたように首をふった。


「ふたつの人類には大きな垣根があるんだ。もっとも、私たちは地上を認知してるし、意識もしてる……いや、していた。一方で、君たちは地上人類は、海底に人が住んでいるとすら思ってはいまい。ふふ、片想いだよ」


 嘲笑気味な目線を向けられ、俺は肩をすくめて答える。


 地上は海底を知らず。

 海底だけが地上を知る。


 この差を生み出すものは何か。

 彼らも人間である以上、祖先は地上で生まれ育ったはずなのに……どこで別れた?


 俺の疑問にはかまわず、店の主人は話を続ける。


「この世界は君の常識をおおきく上回る世界だ。ゆめゆめ、そのことを忘れるな。無事に地上へ帰りたいのならな」


「覚えておこう。……それで、どうすれば地上に帰れるか、とか聞いてもいいか?」


 俺は思いきって質問してみる。


 慎重に動こうとも思ったいたが、どうやらこの店の店主は話ができそうだ。


「地上へ行く方法はある。だが、簡単じゃない。なにせ隔絶された世界だ。当たり前だろう?」

「まあ、そうだな」


 店の店主はボタンを押して、画面を切り替える。


 今度は何やら華やかな画面がうつしだされた。

 何か書いてあるが未知の言語なので、俺には読めない。


「オークションの宣伝だ。君にはこれに行って来て、あることをして欲しい」

「交換条件ってわけか」

「その通り。私の頼みを聞いたら、君は地上へ帰れる」


 店の主人は怪しく笑みを深める。


「まだアルカディアがどんな場所かもわかってない。そのオークションとやらに行くリスクは高くないか?」


 俺は二つ返事をせず、条件を渋る。

 圧倒的にアウェイな俺は、慎重に行動を選ばなければいけない。


 店主は気怠げに答える。


「そうかもしれないな。──だが、君に与えられた選択肢はそれほど多くないように思えるのだがね。どうだろう?」

「……」


 俺は少し考えて、手を差し出してくる店の店主の分厚い手を握った。


「交渉成立だ。私の名はガアド。アルカディアについてのより詳しい事情は、オークション会場への道すがら教えよう。……名前は?」

「エイトだ。エイト・M・メンデレー」

「そうか……」


 店の店主──ガアドは悲しげな表情で俺の顔を見てくる。何か俺を見て思うところがあるのか。その視線の意味はわかない。


「では、エイト、そのペットはここに置いていくといい。それは目立ち過ぎる」

「だそうだ。すこし待ってろよ」

「ぐぎぃ!」

「ごめんな、意地悪してるわけじゃないんだ」

「ぐぎぃ…」


 酒場の奥の部屋でキングはすねるように丸まってしまった。


 なるべくはやく戻ってやろねばな。


「では、行こうか。エイト」


 俺はガアドのあとに続いた。


 まだ何がなんだか状況を掴み損ねている。


 それでも無闇に暗闇を歩き続けた頃よりも、この男についていくことは、しっかりと行くべき″道″を見据えられている──そんな不安をかき消してくれる気持ちにさせてくれた。






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