第17話 ガアドの依頼


 ガアドについて行く。


「まず、知っておくべき事がひとつ。アルカディアは破滅に向かっているということだ」


 道すがらガアドは言ってくる。


「唐突だな。どうして破滅に向かっている?」

「あれを見るといい」

 

 ガアドの指差す先に、壁際で倒れている人影を見つけた。

 顔色が悪く、さきほど遭遇した病人と同じ病に毒されているのだと察する。


 病人はこちらに気がつくと、テクテクと歩き始め、奇声をあげて走りだした。


 ガアドは懐から銃を取りだす。


「脊髄への深刻なダメージを与える。あるいは脳を破壊する」


 彼はそう説明しながら、シリンダーの中に弾が込められているのを呑気に確認し、すかさず病人へ発砲した。


 撃鉄の音が響き渡り、病人が床に倒れる。


 ガアドはシリンダーの中の弾を1発だけ取り出して、新しい弾を込めると懐にしまった。


「常に弾は最大まで込めておく。この1発が肝要かんようだ」

「そうか。……それで、今のは?」

「ああなった人間は″落伍者らくごしゃ″と呼ばれている。マナニウムによる遺伝子変質に耐えられず壊れた人間だ」

「遺伝子変質……?」

「簡単に言えば、肉体の改造だ。通常の人類でも、マナニウムがあれば能力に覚醒するのだよ。──もっとも、甘い幻想に過ぎなかったがね」


 ガアドは嘲笑をうかべ、死体には見向きもせずに歩きだす。


「エイト、君はどこまで聞いている」


 歩きながらガアドは聞いてきた。

 何のことを尋ねられているのか、俺にはわからなかった。


「どういう意味だ?」

「……ふむ、そうか、想定内の反応だ。わからないなら、わからないままでいい」

「俺は気になるんだが」

「世の中には知らないほうが良い事もある」

「……ふん」

「話を変えよう。伝えないといけない事があるんだ」

「それは?」

「まず、最初が、今ではアルカディアは落伍者で溢れかえっていることだ」

「らしいな。俺も酒場に着くまえに見た。アルカディアの人間はこんな治安悪い場所で平気で暮らしてるのか?」

「平気なわけがない。かといって、

「? 難しいな。どういう事だ?」

「このアルカディアには目的がある、という事だ。覚えておけ、アルカディアは本来いつか来る『地上進出』を夢見てきた。地上人類にとっては侵略者の街だということを」


 ガアドは足を止めて、こちらへ振り返り、力強い眼差しをむけてくる。


「つまり、ここの人間は全て敵だ」


 俺はガアドの言葉の重みが増すのを感じていた。


 アルカディアは侵略者の街だと?

 俺は身構えて、腰を落とした。


「そう怖い顔はしなくていい。どのみちアルカディアは滅ぶ。地上がその事を知るまえにな。この惨状を見ればわかるだろう」


 ガアドは荒れ果てた通りを示して言った。


 道に溢れかえるゴミの数々。

 人の死体も平気で放置されている。

 本来なら美しいだろう耐圧ガラスもひび割れ、床が水浸しになって濡れている事を考えれば浸水すらしていると思われた。


 アルカディアは死にゆく街。

 その事は疑いようがない事実だった。


 ガアドは再び歩きだした。


「ここから先が生きている街『中央発電区』だ」


 ガアドは立ちどまり地図を渡して「スマホはあるか?」と聞いてくる。


 俺は東部採掘場で渡された箱を、ポケット空間から出して、スマホとやらをガアドに見せつけた。


 どうやれ離れていても連絡を取れる便利アイテムらしく、使い方をガアドに教えてもらった。


「あんたは来ないのか?」


 スマホをポケットにしまい込み、ガアドへ尋ねる。


「何のための依頼だ。オークション会場にはお前ひとりで行かなくては意味がない」

「おい、待てよ、まだ何するかすら聞いてないぞ」


 ガアドに尋ねると彼は「ああ、そうだったな」とわざとらしい声をあげ、懐から一枚の写真を取りだした。


「その人間がオークションで売られるらしい」


 ガアドは言った。


 人身売買、奴隷制度。

 そんな言葉が頭をよぎる。


 俺は人助けの依頼だと思い、写真に視線を落とした。


「…………は?」


 思わずほうけた声を出してしまう。

 

 その写真に映っていたのは俺の知り合いだった。というより憧れの人物。


 ラナ・アングレイであった。


「いやいやいや、待てよ、待てなんで、ラナが!?」

「ラナ? 意味わからんこと言うな。彼女の名はファリアだ」


 ガアドはそういって、写真を指差す。


 言われてよく見てみる。


 …………確かに。


 他人だと言われると、瞳の色はオレンジ色ではなく、赤色だし、若干顔つきも美人系から可愛い系にポイントが振られている気がする。


 ラナに会いたすぎて見間違えたらしい。


「ファリア……その子を助けること。それが地上へ帰る切符の代金だ」

「この子とあんたの関係は?」

「父娘、といったところか」

「ああ……」

「人攫いにあってな。彼女はアルカディア人にとっては、″特殊な血″の持ち主なんだ」

「特別な血、ね。あんたもそうなのか?」

「違う。母親だ。……まあ、しばらくこの街にいれば、どういうことか自然とわかるだろう。さあ、私の娘の助けて酒場まで連れて帰ってきてくれ、エイト」


 ガアドの「困ったことがあれば連絡しろ」と言って背中を押してきた。


「行くしかない、か」


 俺はため息をつき、地図を片手にオークション会場を目指しはじめた。


 ──しばらく後


 俺は未知の形式の地図に苦戦しながらも、なんとかオークション会場とやらに到着した。


 この中央発電区とやらは、天井も壁の耐圧ガラスも綺麗な状態であり、床もそれほど汚れていなく、しっかりと″維持″されている印象を強く受けた。


 また狂った人間はおらず、割合にまともそうな人間がうろついており、アルカディアの常時の姿を見ることができた。


 ガアドと歩いた水道管理区とは大違いだ。


 オークション会場とやらは、照明が落とされた暗い部屋で、ステージのうえだけが照らされた不可思議な趣であった。


 数百人単位の人が、ひしめきあい、ライトアップされたステージの上を、楽しそうに、あるいはこれから面白い物がやってくるのを確信するかのように見つめていた。


「レディース&ジェントルメン! 皆さま大変お待たせいたしました! ではでは、本日のウォルターオークションを開始させて頂きます!」


 マイクを持った華奢男がステージのうえを右へ左へ移動して、会場に集まった人間を盛りあげる。


 俺はオークションというモノの流れを道すがら、ある程度聞いていたが、初めてみる光景にどぎまぎしてしまっていた。


 果たしてどう助けたものか……。


 根本的な依頼遂行にたいする不安も俺の落ち着かない原因だ。


 やがて、俺の気も知らずにオークションは始まった。


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