第50話 深海湾拳闘トーナメント 五
──ラナの視点
リングの真ん中。
腕を組むクムゴロシは言う。
「死にたくなければ、辞退しろ。お前のような素人では相手にならん」
「へえ、それはどうして? わたしこれでも結構、強いんだよ」
ラナは「シュシュっ」と可愛らしくパンチを打って、澄ました笑顔をうかべる。
「クムゴロシ流殺人拳は、お前のような素人を殺しすぎてしまう。だから、辞退しろと言っているのだ、若造」
「やってみないとわからないよ?」
「いいや、わかる。お前のような若さと勢いだけの人間は、嫌というほど潰して来たからな」
「戦う気がないんだ。それじゃ、どうしてあなたはこのトーナメントに出ているの?」
ラナは首をかしげる。
クムゴロシは眉をピクリと動かして、2階から酒瓶片手に観戦してるリーシェンを見上げた。
「リーシェンを倒すためだ。ふらりとトーナメントに参加して優勝しては、また数シーズンは姿を見せなくなる。やつに教えてやるのさ。『お前が優勝できたのは、このクムゴロシがいなかったおかげだ』とな」
「なんだ。それじゃ、おじさんは結局のところ、若さと勢いのある若造をぶっ潰すために参加してるんじゃん」
クムゴロシはラナの物言いに眉間にしわを寄せた。激情が瞳のなかに宿り始める。
ラナは得意げな顔で、ひょいひょいっと手招きして挑発する。
「いいだろう。よほど死にたいらしいな、小僧」
「ふぅ〜♪ 怖い怖い」
「一撃だ。よく見ておけ。お前ごとき一撃で終わる。クムゴロシ流殺人拳、三の型『顔面粉砕拳』にかかれば、触れずとも終わる」
クムゴロシは腰を落として、丹田に力を込め始める。
ラナは棒立ちして攻撃を待つ構えだ。
舐め切った姿勢に腹が立ったのか、クムゴロシは目をカッと見開いて、古流武術技法・縮地を使ってラナへと距離を、瞬く間に詰めた。観客の歓声を置き去りする達人技だ。
反応できいない。クムゴロシは若い芽を摘み取る、醜悪な欲望が満たされることに歓喜し、全霊の正拳突きをラナの綺麗な顔へはなった。
その形よい顔を砕いて、二度と女が近寄らないようにしてやろう。
「それが、あんたの必殺技?」
ラナは『顔面粉砕拳』を、手でひょいっとどかして、クムゴロシに尋ねる。
クムゴロシの目は、ラナの高速ステップを追いきれず、また彼の耳は自分で気合いの雄叫びをあげているため機能していない。
一瞬の攻防で、それは致命的だ。
ラナは避けたと同時に、クムゴロシの顔面にひじ打ちをいれてカウンターをお見舞いする。
クムゴロシの体が弾かれたように吹っ飛ばされた。頭と爪先で交互に床をかすめ、くるくる回って拳闘場の端まで行く。途中でフェンスに頭をぶつけていたので、それがとても痛そうに見えた。
勝者には関係ないことであるが。
「クムゴロシ、さん……っ?!」
「あの、残虐非道の、クムゴロシが…あんな、ほそっこい小僧にやられた?!」
「きっと、クムゴロシさんは力加減を間違えて自分を吹っ飛ばしちゃったとか……いや、普通にありえない、か…」
観客席の動揺は計り知れない。
もうキャリアの長いクムゴロシには熱烈なファンがたくさん付いていた。無敗の男、残虐・最強・無敵。そんな強き称号を総なめにしてきた彼だったが、クムゴロシは今になって
本当に運がよかったのは、自分だったのかもしれない、と。
「信じられませんッ! ラナ選手、なんと前チャンピオン、クムゴロシ流殺人拳のクムゴロシをカウンターの一撃で沈めてしまいました! やはり、強い! 唯我独尊、一撃無双、青龍にも白虎にも敵はおらず! ラナ選手、規格外の強さだぁあああ!」
司会の興奮は最高潮に達している。
2階席のリーシェンは酒瓶をくいっとラッパ飲みし「あっちは期待外れだね」とつぶやく。ピクリとも動かないクムゴロシを軽蔑の眼差しで見ていた。
リーシェンは若く才能がある武闘家だ。
素手の相手はもちろんのこと、落伍者、刃物、銃器、エネルギー兵器、コカスモーク、マフィア、殺し屋、兵士、準超能力者、超能力者、星有りの超能力者……多くの者を敵に回して来たが、おのれの肉体に宿る力で、そうした死線も修羅場も切り抜けて、自分のやりたいことをして生きてきた。
すべては遊びだ。
このトーナメントに参加するのも、最近、体を動かしていない、その程度の動機だ。
『気まぐれ王』の呼び名は、彼のことを実によく体現している二つ名である。
「となると、次に遊べそうなのは、あの子、とエイトくん、かな」
リーシェンはフェンスを越えて、観客席に戻っていくラナを楽しげに見つめていた。
一方のラナは、エイトの姿が見当たらないことを不審に思いはじめていた。
そのうち、準々決勝のトーナメントが進み始める。はやく戻らなければ、失格になってしまうだろう。
「エイト、どこいったのよ…」
ラナはむさ苦しい男どもをかき分けて、エイトを探した。
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──エイトの視点
黒コートの男を追いかけて、拳闘場を出てきてしまった。
ここは湿った路地裏。ごつごつした石畳みの隙間を、油のような黒いぬめりが、不快に光らせている。臭いも最悪だ。
「世界には2種類の人間がいる」
曲がり角の向こうから、黒いコートの男が姿を現した。男は金属の義手で髪をかきあげて、鼻で大きく息を吸う。
「進化した者と進化できなかった者」
「お前は何者だ?」
俺はポケット空間から『液体金属』を出して、自立状態にしてガードを固める。
「世界には2種類の人間がいる」
「答えろ。手荒なマネはしたくない」
これは嘘。
殴って黙らせる気は満々。
こいつから危険な香りがするからだ。
思いが通じたのか、義手の男は俺の言葉に、キョトンとして、そののちに微笑む。
「君は冗談が下手なんだな」
「戯言は好きじゃない。予定が詰まってるんだ」
俺は素早く近づき、男の顔面へストレートに拳を打ち放った。
──ガンッ
「っ」
義手の男は重厚な金属音とともに、俺の手首を金属義手の腕が掴んでとめた。人間的でない、まるで揺るがない万力と硬さ。凄まじいパワーで手首を捻ってくる。初動では、これまでに対峙した、どの超能力者よりも腕力が強いと感じた。
「ぐっ……」
「続きを聞かせてくれよ。2種類いるんだろ?」
だが、それでも、この男は俺の手首を捻り折る事などできない。
なぜなら、まだ腕力では俺のほうに分があるから。超能力だかなんだか知らないが、俺には女神ソフレトの加護がある。
「どうしたんだよ、こんなオモチャで俺を倒せると思ったのか…?」
「エイト・M・メンデレー……貴様は俺が殺す、少佐が手をわずらわせるまでもない」
「ああ、そうかよ。なら、殺される覚悟もあるよな」
俺は腕を押し込み、義手の男の首根っこを鷲掴みした。
思いきり力をこめて、片腕で義手の男を宙に持ちあげる。
「世界には…2種類の、人間的が、いる…」
「……それは──」
「奪う人間と、奪われる人間だ……ッ、ハァアァァアア!」
「っ?!」
黒コートが膨れ上がる、見えない力に耳うるさいほどにはためく。
義手の男の目が黄金に輝き出した。
途端に男をもちあげる腕に負担がかかる。
この1秒でいっきに男が重たくなったような感じた。
「お前を殺す、ここで、今……ッ!」
「ならやってみろよ、二元論者」
男の義手の節々から、金色のスパークが放たれ始めた。その瞬間、金属の手は想像を越える握力で俺の手首を握りつぶした。
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