第51話 『終焉の使徒』の襲来


 ──ファリアの視点


「いたた……キングちゃん、大丈夫?」

「ぐぎぃ!」

「ゴミ捨て場に落ちて、よかったって言うのかな……」


 ファリアは打ちつけた頭をさすり、ハマって動かなくなったキングを引っこ抜いてあげた。


「ぐぎぃ!」

「いいって事ですよ、キングちゃん。それよりも……」


 ファリアはテレポートさせられる直前の、父親の言葉が気になった。

 

「エイト様が、ファリアのお兄ちゃん……いったいどういう意味なんでしょうか…」

「ぐぎぃ」

「言葉通りなら、地上生まれのアナザーであるエイト様と、深海生まれ深海育ちのファリアの血が繋がってることになりますけど……それはありえない事です」


 極々当然の帰結。

 ファリアとエイトの血が繋がっている事はありえない。


「とにかく、勝手に悲劇のヒーローを気取ろうとしてるパパを救わないと! ハンターズでもなんでも、エイト様とラナちゃんがいれば余裕なんですから!」

「ぐぎぃ!」


 ファリアとキングを顔を見合わせうなずきあう。


「ところで、キングちゃん」

「ぐぎぃ?」

「ここは何処なんでしょうか?」

「ぐぎぃ…」


 深海育ちにも現在位置はわからなかった。

 荒れ果てた通り、汚れた耐圧ガラス。

 電源が故障して点滅する蛍光灯。


「見た目はシャドーストリート……すんすん…塩の香りが少しします。たぶん、港からそれほど離れてはいないはずです」


 ファリアは自分のスマホを取り出して、近くに見える店の看板を手当たり次第に検索エンジン、ゴーグルで調べてみる。

 結果、店のWebサイトなどから、おおよその位置をつかむ事ができた。


 ファリアはガッツポーズして、キングとハイタッチする。


 と、その時。


 猛烈な地震がファリアたちを襲った。

 

「あわわわ?!」

「ぐぎぃ!?」


 激しい揺れに立っていることすら出来ない。

 キングに捕まり、ファリアは必死に揺れに耐える。

 すぐに緊急放送のスイッチが入り、ヂィリという音が聞こえた。

 アルカディアのリーダーによる非常事態に使う都市内放送だ。


《緊急事態が発生だ。『統括港都市』近辺に巨大な深海生物がやってきている。ただちに区画責任者・氷室阿賀斗の指示に従い、避難を開始せよ》


 アルカディアの王、パシフィック・ディザステンタの声だった。

 『終焉者』狩りに忙しいアルカディアとしては、最悪のタイミングでのだった。


 海底都市に住む住民ならば、生涯に何度も経験する事態だ。

 ファリアもこれまでに3回ほど、深海生物の襲撃を経験していた。


「もっと深い海からリヴァイアサン級の巨大種が上がってきたんだ! キングちゃん、この混乱はチャンスだよ!」

「ぐぎぃ!」


 

────────────────────────────



 ──エイトの視点


「ぐぅ、なんだ、その腕は……!」


 右手の感覚がなくなり、代わりに炎に包まれるような痛みが脳の裏側にズキンズキンと響き渡る。


「ハァアアア!」

「うぐっ!」


 義手の男は見えない力を直接に俺の体に叩きつけて、思いきりぶっ飛ばしてきた。建物を貫通して、路地裏から表通りまで、瞬く間に転がしだされる。


 市民たちがアッと驚き、道を開けた。


 俺の右手首は、完全に千切られてしまっていた。


「カーボンナノチューブとマナニウムの人工筋肉、平均的な超能力者の筋肉密度の三倍を誇る……『ギガンテス』の力。これが奪う側の人類の科学だ」


 義手の男は堂々と歩いてくる。

 近くの建物の壁をたたいて、巨大な穴を開けて屋根を崩落させた。パフォーマンスのつもりか。くだらない。


 俺は久々の痛みが引き起こす、頭痛に片目をつむった。自分の右手から先が失われたのに、その先がぼやかて存在してるように見える。幻覚というやつか?


 さらに、もっと不可思議な感覚は傷口に芽生えつつあった。


 かつてジブラルタに肩を刺された時とは違う。ただ出血し、命の熱が漏れ出す、あの無機質な痛みとは違うものだ。


 俺は魂の導きにしたがい、自分の砕けた右手首を持ち上げて、雄叫びをあげる。

 全身から生命力が動員されていき、エネルギーば絞られて、右手に集まっていく気がした。

 すると、破壊されたはずの右手首が時間が巻き戻るように再生していくではないか。

 黄色い神経と、桃色の脂肪、赤い血と筋肉、それをつつむ皮膚に至るまで。手首から先だけは、やけに美しく復元されてしまった。今生えてきたか赤子の腕のように綺麗な状態である。


 義手の男は目を見張る。

 俺だって訳わからず、困惑する。


 俺にこんな能力はなかったはずだ。

 いつから怪物に転身したと言うのか。


「いったい、何が……」

「バケモノめ。これも魔法の力とやらか」


 悔しげに言う義手の男。

 

 驚異の再生能力が明らかになったことで、俺たちの間の気持ちの形成は逆転した。


「続きと行こうぜ、二元論者」

「頭を破壊されて生きている人間、頭を破壊されて生きていない人間。そうだ……お前がどちらの人間か、確かめてみようじゃないか、なあ、終焉者」


 義手の男は不敵に笑う。


 と、その時、だった。

 巨大な地震が俺と義手の男が睨み合う通りを襲ったのは。否、この通りだけではない。この未曾有の地震は、アルカディア全体を襲うほどの揺れだ。


《緊急事態が発生だ。『統括港都市』近辺に巨大な深海生物がやってきている。ただちに区画責任者・氷室阿賀斗の指示に従い、避難を開始せよ》


 何を言っているのかは聞き取れない。 

 だが、これがパシフィックの声だとはわかった。


「クソっ……こんな時に深海生物か…」


 義手の男の、焦りをふくんだ視線を追いかける。。

 通りの横の耐圧ガラスの向こう側だ。

 海底作業用のライトが多数設置され、明るくなっている深海……俺は巨大な蠢く影を発見した。


 思わず耐圧ガラスに近寄って目を見開く。


「あれは……っ、ダンゴムシか……?」


 窓の外にいた深海生物。

 それは高さ数百メートルにも及びそうな、マザー・タンパク源を越えた、究極にして最強のグランドマザー・タンパク源であった。

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