第49話 ゼロ番目の息子

 ──ガアドの視点


 声をかけられたガアド。

 険しい顔をしてファリアを見る。

 ファリアはうなずいた。父親を信じ、選択肢をゆだねる決意の表情だった──。


 超能力者から走って逃げるのは困難。

 正面から戦うのは愚の骨頂。

 複数戦ならば言うまでもない。


 超能力者と人間には決定的な差がある。

 それは新人と旧人という呼び方が、アルカディアに存在していることが示している。


 超能力者らが恐ろしいのは、速く、腕力が強く、不可視の高密度装甲を持っていることだけではない。

 むしろ、これらは超能力者すべての標準装備だ。個人差はあれど、皆、超能力者の生まれであれば、速く、強く、硬いのだ。


 真に恐れるべきは、従来の科学では説明できない『超能力』そのものにある。


 見ただけで発火させるパイロキネシス。

 触らずに物を動かすサイコキネシス。

 未来を予見するプレコグニション。

 遠方を見通すクレヤボヤンス。


 他にも数多の超能力が発見され、研究され、開発されてきた。


 その中でも未来の予見は極めて貴重な超能力だった。

 いまだかつてアルカディアには、ただ一人の超能力者しか『未来予知』の覚醒には至っていない。

 もちろん、コカスモークもない。氷室グループはこの力を欲しがったが、その男は決して首を縦には振らず、やがて姿をくらました。

 

「ファリア、エイト達と合流したら潜水艇を探せ。拳闘場のオーナー『クィーン』は、必ず潜水艇の場所を知っているはずだ」


 ガアドは「拷問につかえ」と言って、煙草ケースをファリアに渡した。

 中には膨大な種類の煙草が入っていた。今では製造されていない貴重品もたくさんだ。

 ファリアはそれがガアドの趣味であるコカスモーク収集のコレクションであると知る。

 コレクターにとって命に換えても手離すことのない、大事な大事な無二の品だ。


「パパ……?」

「愛しているよ、ファリア」


 ガアドはそう言って娘のおでこに口づけし、ギュッと抱きしめた。父親の温かさ。ファリアはガアドが何をしようとしてるのか悟る。父親の手の甲には漢数字の『四』が浮かび上がっていた。


 近づいてくる足音。

 ガアドは最後の時に思い出したように、ファリアの耳に口を近づけた。


「いいかい、ファリア。よく聞くんだ」

「パパ、やめてよ、いっしょに戦おうよ……2人くらい余裕だよ…」

「違う、そうじゃないんだ」


 ファリアは目の端に涙をためる。

 ガアドは最後まで言うか、言うまいか迷いながら続けた。


「エイトを信じなさい。あいつはお前の助けになる。やつは……なのだからな」


 父親の言葉。

 こんな時に冗談を言うわけない。

 ファリアは目を白黒させる。


 ガアドはそっと耳元から口を離した。

 彼の手の甲の漢数字が光る。

 

 その瞬間、ファリアとキングの姿は光の粒子となって、空間のねじれに吸い込まれるように消えてしまった。


 それは『ブリンク』の応用技だ。

 画数を4つ消費してなせる、他者の長距離テレポート……アルカディアでもこれが出来るのはガアドだけだった。


「少佐、『死神』を発見しました」


 娘を逃した父親は、いつしか黒いコートを着た男たちに取り囲まれていた。

 正面と背面、路地、屋根のうえにいたるまで、ハンターズ達はいる。

 彼らはとっくにガアドの匂いを嗅ぎつけ、すぐそこまで迫っていたのだ。


 ガアドは取り囲んでくる集団を睥睨へいげいする。

 人数は9人。とても娘とダンゴムシの協力があっても、倒せる物ではない。

 

「見事な超能力だ、流石はガアド」

「っ、お前は……」


 野次馬たちが二つに割れて、人混みの真ん中に綺麗に道ができる。念動力で雑にどかされたロードを顔に傷がある男が歩いてきた。

 

 ガアドは懐かしい顔だと思いながら、苦虫を噛み潰したように状況の最悪を知る。


「『ライトニングボルト』……父親に見捨てられた、ろくでなし息子が今じゃ、ハンターズの長とはな、ずいぶん出世したじゃないか」

「父親がろくでなしなら、仕方ないことだろう、ガアド。いや……親父殿」

 

 顔に傷にある男は不敵に笑った。


「ゼロ・メンデレー…この親不孝者が…ッ」


 ガアドは歯を砕くほどに噛みしめ様々な感情に顔を歪め、ホルダーからフリーズガンを抜いた。

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