第42話 深海湾拳闘トーナメント 追跡者と叛逆者 一
「エイト、ラナ、両名の参加登録済みました! トーナメントがまもなく始まりますので、指示に従って参加してくださいね!」
人当たりのよいトーナメント受付の少女は手で地下へと続く階段をしめす。
よし、手続きは完了だ。移動しよう。
拳闘場は2階建てになってるらしく、リングは1階にあり、吹き抜けの観戦席で上からも観戦できるようになっている。
俺とラナは場所探しをして、1階のリング横の観客席を陣取ることにした。
「おいおい、兄ちゃん! ここは俺たちの席だぜ!」
「怪我したくなかったら、どっか行きやがれってんだ、もやし坊主どもが!」
ふと、背後から喧嘩腰で声をかけられる。振り向けば、サングラスを掛けたモヒカン頭が2人いた。
俺は穏便に済まそうと、カジノ前でラナがカツアゲして手に入れた現金を渡そうとする。
「ぐぶへッ…!」
「おが、ぁ…?!」
「ん?」
俺が財布をまさぐっていると、目の前でモヒカン達が床に倒れ伏した。
ラナは鼻を鳴らし、手をパンパン叩いている。
「さっ、観戦しよっか。このトーナメントのレベルを見ておかないと」
「う、うん、そうだな…」
やはり暴力。暴力はすべてを解決する。
「コカスモーク・武器の使用は禁止らしいな」
「注意事項を確認しておこ」
受付で渡された紙に目を通しながら、ラナとともにガアドの元に戻る。
無事に受付が完了したことを伝えると、ガアドとファリアは聞きこみをしてくる、とか言って、さっさと外へと行ってしまった。
「なんだ?」
「さあ? 親子の時間を楽しみたいんじゃない?」
「……」
俺は店を出ていくガアドの背中へ向けて、こっそりと『液体金属』を飛ばして、くっつけておく事にした。
──しばらく
いよいよ、拳闘大会が始まる時が来た。
とはいえ、開会式があるような華やかなものではなく、汗と血が混ざった砂と土のうえで、上裸の男たちが殴り合う、ストリートファイトの延長上のような大会だ。
当然のように荒くれ者たちがリングの周りを囲んで、リングのなかで戦う者たち煽りまくる。人の野蛮さの体現みたいな場所だ。
参加者は16名おり、その全てが男だ。
俺は当然のこと、ラナも一応、男として登録した。受付の少女には怪しまれたが、ラナの肩を掴んできた男を、ラナが振り向きざまに地面に転がしてのめした事で、それ以降、文句も言われなくなった。
若干、受付の少女もうっとりしていたようだった。ラナは同性からもモテるらしい。
第一試合、第一回戦。
リングの周りの者たちのテンションは初めから最大値まで高まっていた。どうにも出場する、とある選手に皆の熱気は向けられているようだった。
「白虎の門からは入場するは、クムゴロシ! 前シーズンのトーナメント優勝者です! 数々の伝説を打ち立てた格闘家が今シーズンも海湾で暴れまわります!」
司会の声でリングに入ってくるのは、汚れた武道着を着こなす黒帯の巨漢だ。彼は目を瞑ったまま、スタスタ歩いて入場する。
対するは自信たっぷりの笑みを浮かべて、青龍の門からリングに入ってくる荒くれ者。
体躯だけならば、前シーズンチャンピオンとやらにも引けを取らない。
「親方頑張ってくだせー!」
「ウッハハハハ! 任せておけい!」
どうやら、漁師らしく、あちらこちらから親方、親方、という声が聞こえてくる。
当の親方は頭のハチマキを締め直して、気合い十分とアピールだ。
「雑魚が」
「むむ! 今なんと言った…?」
歓声の中、クムゴロシの煽り。
漁師は眉をひくつかせる。
クムゴロシの一言にリングの周りはますますデットヒートしていき、敵である親方は顔を真っ赤にさせて激昂していた。
「始めっ!」
司会の声。
──カンッ!
ゴングが鳴らされる。
「辞退しろ。さもなくば、我輩のクムゴロシ流殺人拳はおむえを容易く殺してしまうだろう」
前チャンピオン・クムゴロシは、筋骨隆々の腕を、胸の前で組み、凄まじいオーラを放ちながらつげる。
親方漁師は圧倒的な気迫に気圧されたようだった。
目を見張り、されど子分たちが見ている手前、無様な姿は見せられない。
「うぉおおお!」
親方漁師は走りだすと、その勢いのままクムゴロシにタックルを敢行した。巨大な質量の衝突は、ただそれだけで、生物にとっては重大なダメージとなりえる。
──しかし、鍛えられた武術のまえでは、その手の素人術は、自殺を意味する。
クムゴロシは、メロンみたいな肩を前面に突き出して突進してくる親方漁師をまえに、目をカッと見開いた。
「ハァアアアア! クムゴロシ流殺人拳、二の型、クムゴロシ下段蹴りィィイ!」
前チャンピオンの猛烈な気迫と共に、足をオノで叩っ斬るような鋭さのローキックが親方漁師をおそう。
その威力に、親方漁師はタックルのバランスを崩した。クムゴロシはその隙を見逃さず、タックルのチカラをそのまま利用して、親方漁師の背中を押してやることで、彼をリングの端に追突させてしまう。
「ぐぉ、あ…!」
リングの端のフェンスに顔を打ちつけて、顔面から出血する親方漁師。
「これがクムゴロシ流殺人拳のチカラだ! 死ねェエエエ!」
雄叫びをあげるクムゴロシは、フェンスによっかかる親方漁師の顔面を、中段回し蹴りで勢いよく攻撃して、親方漁師の意識を沈めた。怒涛のKO劇に観客席が湧きあがる。
「強いィィイ! 強すぎるぞ、クムゴロシ! 流石は前シーズンのチャンピオンだああ!」
「フッ…その気になれば、一撃で肩がついた試合だ」
クムゴロシは腕を組み、澄ましたコメントを残してリングから降りていった。
第一試合の余韻が冷めぬなか、俺とラナは今の戦いのレベルの低さについて、戦慄していた。
「ねえ、エイト、これがこのトーナメントのチャンピオンクラスの戦いなのかな……?」
「……たぶん」
ラナの困惑した表情を受けて、俺は曖昧な返事を返す。
今のクムゴロシとか言う男が、前シーズンのチャンピオンだと言うなら、彼の強さがこのトーナメントにおけるおおよその最大値と見て間違いはないはずだ。
だとしたら……その、あれだ……。
「エイト、あんまり不自然な勝ち方しないようにしよ」
「だな。このトーナメントは超能力者参加禁止らしいから、あんまり目立つと厄介な事になる。慎重にいこう」
俺とラナは顔を見合わせて頷き合った。
俺はフェンスを飛び越えて、観戦席からリングへと直接移動する。
続いて始まるのは、第二試合、第一回戦。
俺の第一回戦での戦い。初戦である。
────────────────────────────────
──ガアドの視点
エイトとラナを残し、拳闘場をあとにしたガアドとファリアは、キングを連れて湿った路地から、街の中央まで戻ってきていた。
「パパ、エイト様とラナちゃん置いてきちゃったけど平気かな?」
「あいつらなら大丈夫さ。それより、今は次の準備をする」
「ぐぎぃ」
「次の準備を? ナノマシンを無効化して、キングちゃんも猫になったのに、まだ何か必要なの?」
ファリアはあたりをしきりに警戒する父親へ首をかしげて聞く。
「まずは、必要なのは武器だ。エネルギー兵器を使う。″星持ち″の超能力者に対抗するには威力が必要だ」
「エネルギー兵器? そんなのどこに売って……」
ガアドに聞きかけてファリアは、前をいく父親が足を踏み入れた店の看板を見て、眉をひそめた。ピンク色の蠱惑的なデザインの看板。怪しげに光るネオンライト。尊敬する父親が入った店、そこは、いわゆるエッチなお店であった。
「ねえ、パパ…」
「知ってると思うが、おさらいしよう。エネルギー兵器はマナニウム運用によってアルカディアが得た代表的な武器だ。そして、その多くは氷室グループが製作・販売していて──ん、どうしたんだい、ファリア」
ガアドは立ちどまり、足を止めて、自分の事をゴミをみる目で見つめる娘に向き直る。
ガアドは娘の辛すぎる眼差しを受けていたぁぁ…」と声を漏らし、その視線の意味に気がついた。彼は冷や汗をダラダラ流しながら弁明する。ガアドいわく、どうやらこのエッチなお店は、武器密輸のブローカーの表向きの窓口であるらしい。闇の世界の住人とは、えてして表舞台に隠れ家を持つものなのだ。
「もっと雰囲気のあるバーとかでいいじゃん。なにパブって。よく娘を連れてこんな場所に平気こようと思ったよね」
「ぐぎぃ」
「ぅ、パパが悪かった……許して、ね…?」
ガアドは弱った表情で言った。ファリアは「もういいよ」と言ってとりあえず父親の失態を見逃した。
その後、ガアドはフロントで品の良い男に「スミスに話がある」とつげた。フロントの男はにこやかな笑顔を崩さないまま、ガアドとファリアとキングを奥の扉に通した。
扉の先の階段で地下へとおりる。
その先で、ガアド達は武器倉庫と思わしき、壁一面のラックに武器がかかった部屋へと通される。見るからに秘密の武器屋だ。
ファリアはこういった場所には、父親の都合上、何度か訪れた事があった。ただ、ここはどこよりも立派だ。ファリアは拳銃から小銃、機関銃、ランチャーの類まで用意されている部屋に、ほおーっと感心するように声を漏らす。ここは一流のブローカーの店らしい。
「ガアド、久しぶりじゃないか、ええ?」
「ん」
武器ラックから視線を移して、ファリアは部屋の奥から登場した老人に注目する。
その老人は欲深かそうな邪悪な笑顔をたたえ、ニヤッと金歯を見せつけくる。。ファリアは第一印象に怪訝になり、ウッとする。されど父親の邪魔をしないために、顔にはその感情を一切出さない。
「スミス、久しぶりだ。変わっていないな」
「そうかい。お互いにずいぶん老けたように思えるがね」
「そうかもしれない。…さっそくだが、武器の話をしよう。急遽、武器が必要になってな。ここで揃えたい」
「はは、武器ねえ…ここにある奴、適当に選びな、お代は結構。疫病神にはさっさと出て行ってもらいたいからな」
スミスはそう言って、部屋中の壁を指し示す。
ガアドはいっさい首を動かさずに「エネルギー兵器だ」と一言だけ告げて、腰に差した銃を近くの台のうえに置いた。その銃は、ガアドがずっと昔に買った最初期のエネルギー兵器″レイガン試作型″であった。
スミスはガアドのレイガンを見て、ピクリと眉を動かす。
「人を殺すには過ぎた火力だ、わかってんのか、ええ? 生き物殺すには鉛で十分でい」
「わかってるんだろう、スミス。私がエネルギー兵器を必要としてるわけなんて。無駄な会話はしない。私は時間が惜しいんでね」
「……超能力者殺しってわけか、ガアド」
スミスはそうつぶやくと、押し黙った。
何か思うところがあるのか、ガアドへ「ろくな結果にならないぜ?」と忠告する。
アルカディアにおける超能力者殺しは禁忌中の禁忌。闇の世界の住人でも、超能力者を相手にしたがる者は多くない。
「忠告ありがたい。…が、もう手遅れだ。聞いただろう『終焉者』へ対する緊急事態宣言。私の最後の戦いは始まってしまった」
ガアドは目をつむり、諦めにも似た声と言言葉で言う。スミスは口をポカンと開けて、驚愕に目を見開く。
「ま、まさか、ガアド、てめえは『終焉者』を支援してるってのか?!」
スミスの揺れる瞳。動揺が誰にでも伝わるほど、その老人は恐怖していた。彼の生涯で、もっとも危険な案件を、よく知った旧友が持ってきたのだから、当然か。
ガアドはスミスの迷惑を知ってか知らずか、無表情のまま何も答えない。
「何とか言いやがれ! ふざけんなよ、ガアド! 『終焉者』の支援してるやつに武器を流すなんて、自殺行為もいいとこだぜ、ええ?! 疫病どころじゃねえ、やっぱり、お前は死を運ぶ『死神』そのものだ!」
スミスが叫ぶと、奥の扉が開いた。
そこから3人ばかりマシンガンを手に持った体格の良い男達が出てくる。
「出て行け、ガアド! 今すぐにだ!」
スミスは後退りながら、部下達にガアドの射殺を命令する事を辞さない姿勢を見せる。
ファリアは父親の横顔をうかがう。感情の読めない、否、宿さない″本業″のときの顔。
ファリアはさとった。自分の父親が眼前の大物ブローカーを相手に、引く気などまったく無いという事を。
「スミス、手荒なことはしたくなかった」
諦め顔のガアド。
彼はそう言って、指を鳴らした。
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諸事情により、しばらく文字数を減らしての更新です。
毎日更新はくずさずに、物語を描きたいと思っての処置です。
ご理解よろしくお願いします。
少ししたらまた戻ると思います。
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