第44話 深海湾拳闘トーナメント 追跡者と叛逆者 二


 このトーナメントは本気をだすと、あまりよろしくない。そんな共通認識が俺とラナの間に生まれていた頃、俺の第一回戦がはじまった。


「白虎の門から登場、いや、フェンスを乗り越えて観客席から登場しますは、エイト・M・メンデレー! 拳闘場への腕試しにシャドーストリートからやってきたファイターだ!」


 提出したプロフィールが司会の熱い読み上げで場内の荒くれ者たちを沸き立たせる。

 俺は上着をフェンスにかけ、シャツの袖をひじほどまでまくしあげた。

 俺の視線は目の前だ。青龍の門から入場してくる男を見る。


「青龍の門から登場しますは、ジャック・ザ・リッパー! 非道なる刃であまたのしかばねを築きあげた、生粋の殺人鬼だぁあ!」

「?」


 そんな危ない奴、出場していいの?

 なんでみんな平気な顔して盛り上がってんだよ。


 俺はため息をついた。

 規制ゆるゆる、法と秩序が感じられない司会の実況。なるほど、確かにガアドの言う通り、崩壊に向かってる感がある。

 俺は眼前の幽鬼のような痩せた男の顔を見合わせた。目の下にあるクマが不健康なイメージを抱かせる彼は、俺を虚な目で見てきている。


「今トーナメントの優勝候補の一人とうたわれるジャック・ザ・リッパーに、若きファイターはどう立ち向かうのか!」


「君、腕、足、どっちが、好き……?」


 ジャック・ザ・リッパーは、油断すれば聞き逃すくらい小さな声で聞いてくる。俺は答えずに拳を握り構える。すると、目の前の殺人鬼は口を大きく開けて、口のなかから唾液まみれの大振りのナイフを取り出した。鋭い刃。銀色にひかる鋼。あきらかに武器だ。


「おい、あれ反則だろ?」


 俺はレフリーにたずねる。

 レフリーは至極真面目な表情のまま、こちらへ向き直った。


「はて、何の事ですか?」


 レフリーは首をかしげた。堂々たる反則行為を見て見ぬふりするわけか。勘弁しろよ。

 いろいろと狂ってる、拳闘試合(仮)に俺が怪訝に眉をひそめると、近くにいた観客のおっさんが愉快に笑いながら教えてくれる。


「盛り上がればオーケーなんさ。特にファンがついてない、あんちゃんみたいな、よそ者・新人は、こうして反則試合で″消費″したほうが盛り上がるのさ、わかったかい」

「腐ってるな」

「あんちゃんが来たのは、そういう場所さ。まっ、せいぜい殺されないように頑張りなうまて!」


 おっさんは笑いながら俺の背中を叩いた。


「っ、なんて背中だ…」

「ん?」


 この状況を看過するおっさんに、恨めしく思い彼の顔を見る。すると、彼は「あんちゃん…ずいぶん鍛えてんな…」と、間違えて巨漢に喧嘩を売ったような、驚いたような顔してつぶやいた。やや萎縮しているのは気のせいか。どうでもいいか。

 俺はおっさんの手を振り払い、ジャック・ザ・リッパーに相対する。

 まわりからは、「本日の血祭り君、決定〜!」「足からぶった斬れぇえ!」と残酷なショーを求める者たちが、俺が完膚なきまでに叩きのめされる試合を望む声が聞こえてくる。


「それじゃあ、やろう」


 俺はジャック・ザ・リッパーに言った。

 彼は目を見開き、ゆらゆらと怪しげなステップで間合いを図り始める。


 右へ。

 左へ。

 右へ。

 左へ。


 生物を思わせない不気味な動き。

 そして──、


「まずは、腕、ね……ッ!」


 彼は踏みこんでナイフを勢いよく突き出した。

 俺は身をひねり避ける。ジャック・ザ・リッパーはしっかり追いかけてくる。方向を修正し、ナイフを持つ腕を鞭のようにしならせて俺へ切り込んでくる。

 俺はフットワークと、体捌きでその全てを避けた。最初は殺人ショーを求める声ばかりだったが、しだちに周りの歓声が俺の思わぬ健闘をたたえるものへ変わっていく。


「すこしは粘るじゃねーか!」

「がんばれよー! すぐにブッ刺されちまうんじゃ面白くねーからなぁー!」


 かけられる言葉は、表面上、俺の応援をしていても、本質は試合前のものと何も変わらない。俺の死を望む声だ。


「腕、腕、腕、ちょーだいよ……ッ!」

「無理だ」


 ジャック・ザ・リッパーはなかなか攻撃が当たらないことに、苛立ちを感じ始めている──その事を彼の表情と視線、噛み締める歯から認識した俺は彼の大振りの一撃を避けた。その隙に、俺は深海の日々のなか、練習していた特別な技「戦略思考せんりゃくしこう』に入る。


 すると、

 否、時間が数百分の一の早さで進んでいると形容するべきか。高い集中力と冷静な俯瞰ふかんが可能とする、特別な時間。

 俺はかつて深海の底で、マザー・タンパク源たちと100時間の戦いをした時を思い出す。あの時に、俺は初めてこんな『戦略思考』に出会った。以来、俺は集中力を高めることで、闘争の合間の時間がゆっくり流れる現象を、ある程度、意図的に引き起こす事が出来る様になっていた。

 

 俺はまぶたをしっかり開き見る。

 ジャック・ザ・リッパーの余裕を失いつつある動きと体。

 敵は全体的に痩せ型。さらに金属製のナイフを振る時の、引っ張られるような動きから、体の筋肉と脂肪は厚くない。強く殴りすぎると良くない結果をまねくだろう。


 防御は相当に薄いと見える。

 ならば、


「腕、腕、ちょーだい……ッ!」


 俺はジャック・ザ・リッパーの渾身の縦振りを避ける。

 そして、間髪入れずにすぐさまカウンターを放った。腰をいれない、軽い左フックでやせたボディを打つ。


 ──メキ


 ひび割れる音。


「ガボ……ッ!?」


 吐かれる血。


 左フックを受けたジャック・ザ・リッパーは、反対側のフェンスまで吹っ飛んでいった。そして、口から血を垂れ流して倒れ、目をつむって動かなくなってしまった。


「「「「「…………」」」」 」


 まわりの歓声が一瞬でやんだ。

 熱い実況をしていた司会も、マイクを握るばかりで、言葉が詰まって声が出ていない。

 荒くれ者たちはポカンとして、俺の顔を見るばかりだ。


「生き残ったぞ」

「ぁ、あんちゃん…あんた…」


 俺はフェンスにかけておいた上着をとり、おっさんにそう言って、フェンスを飛び越えた。茫然とする司会席の横をぬけて、今回の拳闘試合の賭け金から、俺の賞金分を受け取り、ラナのもとへ戻った。



─────────────────────────────




 ──ガアドの視点



 ガアドが指を鳴らした時、ファリアは部屋の温度がいっしゅん熱くなったような感覚を得た。皮膚が伝えるヂィリっと焼ける空気。その感覚が自身の錯覚ではないと彼女が気づいたとき、目の前で銃を構えていた男たち銃は、″目に見えて発火″していた。


「うわああ!?」

「火炎だ…ッ、『インフェルノ』か!」


 驚愕する男たちは、炎上能力の攻撃を受けて、すぐさまガアドを撃ち殺しにかかった。

 が、引き金をひけど、チャンバー内の弾は正常に発射されなかった。なぜなら、引き金をひくと、途端にトリガーの根本が、溶けて落ちてしまったためだ。しだいに銃自体が熱されて、男たちはグリップを握ることすら出来なくなった。


「なんて火力だ! くそ、熱チィ!」

「バカな…! 鉄を溶かす極度の熱をコカスモークで再現できるわけがねえ!」


「何事だって例外はあるさ」


 後ずさり、動揺する男へ、ガアドは涼しく答え、思い切り腹を蹴り飛ばした。男は壁に背中を打ちつけて、うめき、動かなくなる。

 状況の悪化をさとったスミスは、苦虫を噛み潰したような顔をし、意を決して部屋の外へ逃げようとする。


「ファリア」


「キングちゃん!」

「ぐぎぃ!」


 ガアドの声に素早く返答し、ファリアは足元のキングをつま先でこずいた。そうして転がりフォルムに変形させると、今度はそれをサッカボールのように勢いよく蹴り飛ばした。見事なシュートは、武器倉庫中央の棚を派手に吹っ飛ばしていき、逃げようとするスミスへ、横から追突していく。


「くぶへ! な、なんじゃ、この猫は……!」

「にゃごん(ぐぎぃ)」

 

 キングはスミスに追突するなり、すぐにフォルムチェンジして、スミスのうえに乗っかって拘束。完全なる自律拘束システムだ。凄い。

 

 一方のガアドは、接近戦に切り替えてきた体躯の優れた男2人を相手にしていた。

 ひとりがナイフを取り出し、ガアドに切り掛かっていく。ガアドはよく見て凶器の一撃をかわすと、ひじで男の顎を打ち、ナイフを持つ手を捻り、足を払って床に転がした。良く訓練された者の動きだ。


 残るひとりは、壁にかかった銃を手に取ろうとする。だが、そうはさせない。ガアドは手元に置いてある″レイガン試作型″を手にとり、素早く撃った。

 レイガンの銃口から、可視光線の緑色のエネルギー波が、ほぼ無反動、微音で放たれると、銃を手に取ろうとした男は、息飲む間もなく、一瞬で炭に変わってしまった。

 炭はやがてボロボロと崩れて、床のうえには、醜悪な黒い痕だけがその場に残った。

 

「パパ、スミス捕まえたよ。これどうするの?」

「そいつは縛っておく。騒がれると面倒だ」


 ガアドはたった一発で弾切れを起こしたレイガンから、エネルギーセルを取り出して交換し、煙草を一本取り出して口にくわえると、一服し始めた。

 その間、ファリアはせっせとスミスを縛り、口にはダクトテープを巻き、監視のためにキングを近くに配置した。


 そうこうして、ガアドの一服が終わる。


「あーあ、もったいない。ここら辺の武器全部持っていければいいのに。…あ! エイト様を連れてくれば、荷物を気にせず取り放題だよ、パパ!」

「エイトには頼らない」


 娘のグッドな提案にガアドはすげなく即答し、奥の扉を蹴破る。ファリアはぷくっと頬を膨らませて不満げだ。ナイスなアイディアなのにどうしてなの。


「なんでなんでー? エイト様の能力はすっごく便利なのに!」

「あいつは駄目だ。私を信用しきれてない」

「……うーん、それはどういう意味?」

「慎重…あるいは、臆病なのさ」

「エイト様はとっても勇敢だよ! ファリアを助けに来てくれたし」

「臆病と勇敢は、共在する。むしろ勇敢な者はえてして臆病のものだ」

「パパ、難しい、禁止」


 抗議するファリア。

 肩をすくめて「すまないな、ファリア」と一言謝るガアドは、スマホを取り出し、奥の部屋の棚に近づいていく。彼は画面を素早く操作して、棚奥にある隠し通路のロックを、ハッキング解除してこじ開けた。

 奥部屋の隠し通路の先には、ガアドが求めていたエネルギー兵器が保管されていた。

 数は決して多くない。10 丁ほどのハンドサイズのレイガン最新型があるだけだ。

 ガアドは最新型の一つを手にとり、品定めするような目で機構をチェックする。


「レイガンMark3。エネルギーセルを4つ使用。装弾数は8発。従来よりエネルギー効率を高め、威力を変えずに、たくさん撃てるようになってる」

「フルオート・バースト・セミオートも切り替えられるんだ。反動小さいのに必要?」


 ファリアは、レイガンMark3を構えて、サイトを覗きこみながら父親に聞く。ガアドは「素人の小細工だ」と一蹴して、レイガンを何丁か台の上において、工具でバラしはじめた。

 ファリアが「何してるの?」と聞くと、ガアドは「プロ仕様に変える」とだけつげて、分解したレイガンのモジュールを組み合わせ始めた。ダクトテープをグルグル巻いて固定したり、ビリビリ火花が出たり、あきらかに危なそうな改造だ。

 ファリアはため息をつき、違法チューニングを楽しむ父親を横目に見ながら、レイガンの弾であるエネルギーセルを出来るだけ回収することにした。あとで使うだろう。

 彼女はレイガンにエネルギーセルを込めながら、父親の横顔に聞く。


「パパはエイト様の事を信用してないの?」

「……」


 ガアドは質問にはこたえず、黙ったまま。


「なにか答えてよ」

「……ファリア、お前はどうだ?」

「ファリアはもちろん信頼してるよ」

「そうか。なら、それでいい。エイトを信じる自分を信じて進め。私ではなく、エイトをな」

「あれ、怒ってるの?」

「いいや、むしろ逆さ。私はお前を預けられるやつに出会えて本当によかったと思ってる」


 ガアドはレイガンを改造する手を止めて、ファリアの顔を見つめる。ファリアはキョトンとして父親の真剣な眼差しの意味を探した。


「ファリア、時が来たら、エイトと一緒に地上へ行け」

「っ、行っていいの?!」

「ああ、もちろんだ」


 ガアドの優しい微笑みに、ファリアは頬を染めて歓喜した。ぴょんっと飛び上がり、嬉しさに跳ね回る。ファリアは自分の頑固な父親が地上行きなど絶対に許してくれないと考えていた。なぜなら、父親は娘を好き過ぎだから。自分の父が、自分のことをどうしようもなく愛していることを知っているために、地上へエイトと共に行く事は絶望的だったのだ。


「よし、完成だ」


 喜ぶ娘にちょっぴり寂しそうなガアドは、改造が完了した″レイガンMark3ガアド式″を持ちあげる。

 パーツとパーツがダクトテープで無理やり接合されていて、かなり不細工な銃だ。


「見た目は悪いし、装弾数も3発になった。加えて必要エネルギーセルは6つになった。……が、威力は抜群だ。単純なエネルギー比は通常のMark3の2倍はある」

「あんまり良い改造じゃないような……」

「超能力者にとって脅威でなければならない。そのためのチューニングだ。あともう一丁、ファリアの分を作る。縛ったスミスを見て来てくれないか、ファリア」


 ガアドに言われ、ファリアは隠し部屋から武器倉庫へ戻る。


「ぐぎぃ! ぐぎぃ!」

「ん、キングちゃん」


 武器倉庫に入るなり、ファリアは向こうからキングが大慌ててやってくるのを見た。相当に焦っているらしい。


「世紀の大発見だ。これほど立派なアルゴンスタがいるなんて、まこと信じられない」

「…ッ」


 ファリアはキングの後を追いかけてくる声を聞いた。視線をむけると、キングを追い立てるように、黒いコートを着た偉丈夫がそこに立っていた。













 

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