第46話 深海湾拳闘トーナメント 追跡者と叛逆者 三
「さっすが、わたしの相棒、いい動きだったね〜」
ラナのもとへ戻るなり、肩を組まれてほっぺをツンツンされる。実に嬉しいご褒美だが、対等な相棒としての矜持をまもるため、心を鬼にして幼馴染の抱擁を振り払う。ぐ。
「あらら、恥ずかしがっちゃって!」
「恥ずかしがってなんかない。…んっん、それより、次はラナの番だろ。はやく行ってこいよ。程よく勝つんだからな」
「はいはい、わかってるって」
ラナと手を打ち合わせ、バトンタッチする。「いってきまーす」と言いながら、ラナはリングの中へフェンスを飛び越えて入っていった。
「世の中には2種類の人間がいる」
「ん」
ラナの背中を見送るなり、俺の背後から渋い声が聞こえてきた。振り向けば、そこには黒革コートを着た壮年の男がいた。瞳は暗く淀み、口には煙草をくわえて、錆びついたジッポライターで火をつける。
どうにもジッポライターを持つ腕が金属製の機械的なフォルムに見える。これはもしや……義手なのだろうか。
「2種類の人間。どんな人間がわかるか?」
「……さあ?」
「強い人間と、弱い人間だ」
「……」
「お前はどっちだ?」
「……どうだろうか。俺はそれを証明するためにここに来たのかもしれない」
適当に返答してごまかす。
彼の目を長い時間見つめてるのは、なんとなく遠慮したい。
やれ、おかしな男だ。
どういう意図の質問なんだろうか。
「そうか。なら、存分に見させてもらおう」
男は口から煙をはいて吐きかけてくる。俺は不快に顔をゆがめ、手で煙を払って、彼から遠ざかるように別の場所に移動した。
俺は人混みをかけわける。
「おい、てめぇ割り込んでくんじゃねぇ!」
俺の前の人混みを体の酔っ払った男が通せんぼしてくる。が、すぐに酔っ払いは俺の顔を見て、先の試合の選手だと気がつくと、ギョッとした表情をして黙って道を開けてくれた。
「どうも」
「ぁ、はい……」
酔っ払いにかるく礼を告げて、リングを見渡せるフェンス越しの席を確保する。
リングの中では、すでに第三試合が始まっていた。
というか──、
「な、なな、なんということだァアア!? 細身の若者が、ひと回りも体が大きいマクバ選手を片手で持ちあげているぞぉおー!」
華奢で可憐なラナは、敵方の選手マクバを持ちあげ首を締め上げていた。ラナは得意げな顔でニカニカ笑っている。アルカディア憎しで素行が荒くなってらっしゃる。怖や。
って、そんなこと思ってる場合じゃない!俺はラナへ向けて「それダメなやつ……!」と小声で厳重注意をいれた。
ラナは、俺の声に何とか気がついてくれたらしく、やれやれと肩をすくめて、マクバを雑に床に下ろした。ふぅ、一安心です。
「げほっ! げほ! 細っこいくせに力はあるってことかよ…はぁ、はあ……はは、だが、魅せるためのパフォーマンスで腕が疲れちまったようだな!」
マクバは体勢を立て直して、ラナに掴みかかりにいく。体力的にラナに余力がないと踏んでの掴み技らしい。
だが、マクバの試みは上手くはいかなかったようだ。
「触るなっての!」
ラナが拒絶する声でさけぶ。
「はぐが、ァ?!」
ラナは鋭い蹴り上げで、マクバの顎をかちあげた。カキンッと打撃にしては良い音が鳴って、マクバの体が拳闘場の2階まで飛んでいく。そうして、2階分の高さからマクバがリングに戻ってくると、彼は受け身も取れずに地面に激突して、まったく動かなくなって転がった。
場に俺の時と同質の静けさがやってくる。
俺は相棒の失態に、目も当てられず手で目元を覆い隠した。
が、どうにも俺の試合のおかげでみんな耐性がついて来たのか、場はすぐにまた騒がしくなりはじめた。
「あ、アホみたいに強ぇな、あの若いイケメン野郎…クソっ、さっきの分も合わせて、これで6000Aドル負けだ…!」
「もしかして、今日は逆張りの日なのか?」
「ぁれぇ…、この拳闘場、こんなレベル高かったけなぁ……」
「半端ないダークホースが現れたぞ…!」
観客たちはラナの強さに、おのおの反応を示して大盛り上がりだった。一部の試合を観戦してた選手たちはやや引き気味だが…。
司会は気を取り直して、マイクを片手にトーナメントを次に進める。
「さあさあ、温まってまいりました! 第四試合をはじめさせていただきます! おっと、次はあの男の登場だ! お待たせいたしました、優勝候補としてうたわれる″チャンピオン″にして『気まぐれ王』の名で知られる最強の武闘家が、今夜、このリングに帰ってきました!」
ほほう、またしても優勝候補か。
俺はラナが退場したリング、青龍の門から入ってくる、若く整った顔立ちの青年を見る。
ゆるゆるのタンクトップとパンツを着ており、チャラチャラしている印象を受けた。ただ、薄着によって見られる身体はよく鍛えられていて、引き締まった良い筋肉が見える。
この場にいる数少ない女性観客たちは、彼に黄色い声援を送っていた。羨。チッ。
「当代の深海龍葬拳の継承者、若き格闘王にして大本命リーシェンの入場です!」
「かなぁああー! リーシェン様頑張ってくださいー♡」
「リーシェン様こっち向いてー♡」
「また楽々チャンピオン取ってねーっ!」
凄まじい声援を受けリーシェンは、澄ました顔で軽く準備をしはじめる。到底、武闘家には見えないたたずまいだが……。
「うちのエイトのほうがカッコいいし!」
「うっ、ラナ……ありがと」
試合帰りのラナに後ろから抱きつかれるのを、鉄の意思でそっと解除しながら、俺たちは2人で試合を傍観する。
───────────────────────────────
──ガアドの視点
「まこと奇怪なものだな」
「あなたは…誰ですか?」
ファリアは丸まって怯えるキングに優しく手を添えて質問する。彼女は黒コートの男の背後に、横たわり動かなくなったスミスがいるのに気がついている。
武器倉庫内で高まる緊張感に、男はまったく動じずに名乗る。
「ハンターズと言えば、わかるかな、お嬢ちゃん」
「っ……」
「ぐぎぃ」
ファリアは息を呑み、部屋の奥に無意識に視線を向けた。
ハンターズを名乗る黒コートの男は、その視線の意味を見逃さない。
「誰かいるのかな?」
「いいえ、誰もいませんよ」
「そうかい、なら確かめさせてもらおうか」
ハンターズの男は軽く手をあげる。
すると、ファリアの体を見えない力が包みこみ壁に勢いよく叩きつけた。
武器ラックから銃が落ちて、散乱する。
超能力者のみ許された念動力であった。
強力に締め付けられて、ファリアは苦しくても、声を出すことすら難しい。
「ん、なんだ、このアルゴンスタは?」
「キン…グ、ちゃ、ん……!」
「ぐぎぃ!」
キングはファリアに代わってハンターズの男の行手を遮るように上体をもたげていた。無数の足を左右に広げて、この先には行かせないとばかりの勇敢な姿だ。
「虫が」
「ぐぎぃ!」
ハンターズの男は冷たい眼差しで、腰から銃を取り出す。それは、ハンターズに支給されている最新のエネルギー兵器″フリーズガン″だ。
「こいつの威力を試させてもらおうか。まこと、恐ろしいとは聞いているが、さてどうなるか」
フリーズガンの銃口がキングに向けられる。ファリアが氷像に姿を変えるキングを幻視する。が、その時。ファリアが部屋の奥を見やると、コンクリートの壁が赤熱に燃えようとしているのが見えた。
極度の高温にさらされた壁は、たやすく溶解し、部屋の奥からは、圧縮された緑色のエネルギー弾が飛んでくる。
ハンターズの男は目を見張り、回避しようとするが、避けきれずに、エネルギー弾に右腕を吹っ飛ばされて転がっていく。
念動力の拘束が解除されて、ファリアが床に落ちた。
「パパ!」
「ぐぎぃ!」
溶けた壁の穴から、ガアドが飛び出してくる。彼は瓦礫に埋まったハンターズの男へ、素早く違法改造レイガンを2連射して撃ちこむと、フリーズガンをつま先ですくった。
「ゥ、レイガンか…っ、痛いねえ〜ッ!」
瓦礫をどかして、燃えた黒コートを脱ぎ捨てるハンターズの男。獲物を見つけた歓喜に喜び、ニヤリと獰猛な笑みをうかべる。
彼は素早く腰の小銃に手を伸ばして、ガアドを撃とうとした。
だが、ガアドの方がわずかに速い。
彼は足ですくったフリーズガンで躊躇なくハンターズの男を撃った。空気が割れる。水蒸気が一瞬で凍りつく。世界が悲鳴をあげた。
「ぐ、ぁ、ア…ッ」
ハンターズの男はマナニウムの冷液を高圧で噴射され、瞬く間に、摂氏ー273°までまわりの空気ごと温度を下げられ、真っ白に凍てついてしまった。
ガアドは凍った彼に近寄り、銃を持つ腕を蹴ってへし折る。腕はバリンッと音を立ててシャーベット状になった血液をこぼして、簡単に割れて散った。
「『★★:ダブルスター』のハンターズ……お前が『ソルジャー』か」
「ぁ……ぅ……」
もはや返答することも出来ないハンターズの『ソルジャー』は、凍りついた瞳孔を揺らすばかり。ガアドはその瞳に向かって、レイガンを撃ちこんで粉々に氷像を破壊した。
─────────────────────────────
ガアド、ファリア、キングのコンビは、スミスの武器屋から離脱していた。
「ぐぎぃ!」
「なんだ、おまえ、ひっつくんじゃない」
ガアドはすり寄ってくるキングを邪険にする。
「パパに褒めて欲しいんだって。さっき頑張ったから」
「ファリア…まさか、お前までキングの言うことがわかるようになったのか……?」
ファリアは悲しそうなキングの頭を撫でて慰めた。
ガアドは変わっていく娘の成長を褒めるべきか頭を悩ませる。疲れたように首をふり、通りの向こうに顔を向けた。
通りには人混みに紛れて数人の黒コートを着た人間たちがいた。ハンターズだ。
「『カモフラージュ』を使う。キングにもかけ直す。息を止めておけ」
ガアドはそう言って、コカスモークを一本口にくわえて、大きく息を吸うと、路地裏を満たすほどの紫色の煙を吐き出した。
ガアドとファリアたちから見れば、まるで姿は変わっていないが、『カモフラージュ』の使用を知らない第三者から見れば、彼らはいたってどこにでもいる平均的な姿になっている事だろう。平凡すぎるほどの平凡だ。
「これでいい」
ガアドとファリア、ついでにキングは顔を見合わせてうなずきあう。
そして、自分たちを探すハンターズたち真横を華麗に素通りした。
「……今の男」
──が、2人組のハンターズの一人が、すれ違ったガアドの方へ振り返ってしまう。
「ずいぶんと平凡だ」
「言われてみれば、確かにな」
2人組のどちらも、足早に歩き去るガアドを見る。彼らには平凡すら、異常として見抜くだけの能力が備わっていた。それは、毎日何百、何千と顔を合わせるすべての人間の顔を、驚異的に発達した頭脳で記憶しているからだ。彼らはシステムや、ナノマシンに頼らなくても、アルカディアに住む10万人程度の顔ならばたやすく覚えることが出来た。
そして、そのすべての顔を足して10万で割ったような究極の平均的な顔や容姿を、この場で暗算して、およそどんな顔になるかも想像することが出来た。
その結果──、
「おい、そこのお前、止まれ」
彼らはガアドの背中に声をかけた。
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