第59話 円環のなかで生きる



 俺たちは『統括港都市』のはずれにやって来た。

 ここでは避難して来たアルカディア市民たちが身を寄せ合っている。

 具体的な打開策がないのか、あるいは他の区画に行く事を躊躇っているのか。


 どのみち、何かしらの事情があってすぐに避難できない人間が大勢いた。


 さっきパシフィック・ディザステンタの放送が入り、氷室阿賀斗が仕留めたはずの深海生物が活動を再開し、別の区画を襲って回ってると言っていた。


 グランドマザーはグランドマザーで、ただいま破壊活動にいそしんでいるようだ。


「キングちゃん、こっちですよ、少し休憩しましょう!」

「ぐぎぃ」


 キングとファリアは能天気に、避難所を駆け回る。


 たまのリラックスも必要か。


 一方で俺はラナの服を手頃な道具で修繕して、服のサイズを調整する作業に取り組む。

 

「エイト……ごめん、わたし、こんなちっちゃくなっちゃって…迷惑ばかり掛けてる」

「そんな事ない。ラナがいてくれるだけで俺は力が溢れてくるんだ。すごく助かってるさ」


 正直に気持ちを伝えた。

 気恥ずかしかったが、時に素直な言葉こそ最大の力を発揮するとラナの父親に教えてもらったので、臆せず言った。


「うーん、それなら良いんだけど……」


 ラナは心配そうに言う。

 それもまた良き。


 実際12歳のラナは天使だ。


 神がかかった美少女。

 幼さが残ってるため、本来のラナの凛々しい戦乙女という印象より、城から出た事ないお姫様のような感じが強い。


 小さい子は最高かもしれない。


「エイト、なんかわたしが小さくなってから楽しそうね」

「え? そうかな?」

「うん、そうだよ…わたしは姉としてエイトをいじめられなくなったって言うのに……」


 ラナは大人になった姿を誇っていた。

 もしかしたら今の容姿を恨めしく思っているのか。


「ラナのの本当の魅力は年齢なんかじゃ変わらないさ。いつだってラナは最高だ」

「はぅん……っ」

「俺たち相棒だろ? どんなに苦しい時だっていっしょに乗り越えて、助け合う、そういうもんさ。だから、いまは全部任せろよ」

「なんか、胸にキュンと」

「…ん?」

「い、いや、何でもないわ……。くぅーこれが頼れるお兄ちゃん感? なんか逆転された気分……」


 ぶつくさ言うラナ。

 微笑ましく俺は見守る。

 やがて、服のサイズ合わせを終えた。


「終わったみたいだね、エイトくん」


 リーシェンが寄ってくる。


「そういや、なんで自然について来てんだ」


 俺は問いかける。

 リーシェンは「友達だろ?」と気安く肩に手を乗せて来た。


 俺は手を振りはらう。


「気安く話しかけるな」

「怒ってるのかい? 僕には若返りは恩恵しかないのに、彼女は被害を受けたから?」

「関係ない。また殴られたくなきゃ、さっさと失せろ」

「勝負の約束したじゃないか」

「わかった、そんなに勝負したいなら、ここでぶっ飛ばしてやるよ」

「嘘。僕はまだ戦いたくないんだ。まだ、やめよう」


 リーシェンは爽やかに微笑み、肩をすくめる。


 何がしたいんだよ、こいつは。


 俺はラナとともに無視して歩き出した。

 リーシェンは俺たちの前にまわりこんで、行く手をふさいでくる。


「待ってよ、エイトくん」

「どけ、話をしてる暇はない」

「まあまあ。僕は君たちの力になれるよ。本当さ、君たちハンターズのもとへ行きたいんだろ?」


 リーシェンの言葉にふりかえる。

 

 なぜ、俺たちと奴らの事を知っている?


「ほら、だって、君たちの話を聞くかぎり、エイトくんたちはハンターズと敵対してるし、アルッシーがラナちゃんを無力化しに来たのを見ればわかるさ」


 リーシェンは軽快につづける。


「今、このアルカディアで最もホットな話題はなんだろうか。知ってるかい?」

「さあ。知らん」

「終焉者だ。終焉者が週末のトレンドだよ」

「……」

「こんなタイミングでハンターズに狙われる奴なんて、ひとりだけさ。そして、逆に獲物を狩るような目つきで探しているのも……ほら、もう言うまでもない。ずばり終焉者はエイトくん、君なんだろ? さっきの殺気感じてピンと来たんだよね」

「全然違う。俺たちは巻き込まれてるだけだ。いもしない終焉者に振り回されてる」

「はは、でも、少なくともリーダー達はそう考えてない。そうだろ?」


 他人事の大事とはよほど楽しいのだろう。

 リーシェンは堪えきれないように軽薄に微笑む。


 その顔がムカついたが話を聞いて見ることにした。


「君たちが次に行くべき場所は『神殿都市』だよ、間違いなくね」

「神殿都市だと?」


 俺は問いかえす。


 ピクッと肩を震わせて、ファリアとキングがブレイクタイムを終えてやって来た。


「神殿都市って、まさか伝説の……」

「ファリア、なんだよ、その神殿都市って」

「じつはエイト様、神殿都市はですね、このアルカディアが建設される前に、この地にあったと言われる遺跡のことなんです」


 ファリアは指を立てて説明する。

 

 彼女の説明によると、そこには人魚がいたらしく、それがファリアの母親の祖先だと言う。


 そう言えば、いつかオークション会場裏で深海にもアナザーがいるとか言っていた気がする。

 よくよく考えれば、おかしな話だ。

 いったいなんなんだよ、深海のアナザーって。


 思い悩んでいると、近くの老婆が話し始めた。


「遺跡とは、すなわち海底神殿のことじゃ」

「っ、婆さん、何か知ってるのか?」

「そうさなぁ、知りたくないこと、忘れたいことぎょーさん覚えておるよ」


 老婆はそう言って神殿都市、すなわち過去に存在した海底神殿の話をはじめた。


「そらぁ、昔々の話じゃ。この土地はの、聖なる生物達が集う海湾じゃったんだ。豊かな魔力が満ち満ちて、″海の悪魔″たちから逃れる安息の地を築いてあった。夜の女神シュミー様が直々に建設された神聖なる神殿じゃ」

「なぜあんたが地上の女神の話を…。それに夜の女神だと……? 女神は母なるソフレトのこと示す言葉のはずだろう」


 ソフレト共和神聖国の国教ソフレト教の御神体にして、数千年前に降臨したといわれる本物の神格者。

 この国の民にレベルという祝福を与え、スキルという神秘の力を覚醒させた。


 偉大なる女神ソフレト。

 彼女は別名、朝の女神と呼ばれることは朝を重んじるソフレト教徒にとっては周知のこと。


 しかして、夜の女神とは。

 この婆さん、いろいろとおかしいぞ。


「ほっほほ、そうさな。女神ソフレトもまだ偉大なる神格者。しかし、光だけでは世界はまわらん。闇もついてまわるものじゃ。朝が終われば、夜が目覚める。その逆もしかり。世界はな、人間などには到底測りしれない、円環のなかに収まっておるのじゃ」

「夜と朝の女神か。それで、その夜の女神シュミーとやらは、なんで深海なんかに神殿を?」

「簡単なことじゃ。地上とは光が満ちて朝の属性に偏った土地。夜の教会を建てるには不向きじゃて。この深海はいつだって暗い。つまり、永遠の暗黒は夜の属性なのじゃな」


 ソフレト教にとって神殿は大事なもの。

 『拝領の儀』が行われるのも神殿だ。


「海底神殿には夜の教徒が移住し、人魚たちとともに平和に暮らしておった。けどな、どこからともなく現れた侵略者たちが、ぜーんぶ壊してしまったんじゃ」

「現れただと? 海底人類は昔からこの土地で生まれ育って来たわけじゃないのか?」

「そうじゃ、人魚も人間も、やつらに狩られたんじゃ、捕まえられ、弄ばれ、打ち捨てられた。別世界から来たアルカディア人類に」


 なんということだ。


 海底人類とひとくくりにしていたが、奴隷にされるアナザーとそうでない贅沢を尽くす市民たちとでは、根本に違いがあるのか。


 思えば何度か「異世界人」という呼ばれ方をしたことがあったか。


 あれは言葉通りの意味だったんだ。

 

「なあ、若いの、聞いておくれよ」

「ん、まだ、あるのか婆さん」

「人は円環のなかで生きることしかできぬ。それは必定の理なんじゃ」

「……」

「この光景を見れい」


 老婆はぐるりと見回し、手で、崩れ浸水した『統括港都市』を指し示す。

 否、彼女はもしかしたらアルカディア全体を示しているのかもしれない。


「虐殺し、蹂躙し、奪い、犯し、建造し、得体の知れぬ神秘に手を出した挙句、ついにはこの都市は破滅に向かっておる」


 ガアドも言っていた。

 アルカディアは死にゆく都市だと。

 放っておいても勝手に滅びるのだと。


「人はすべて克服した気になる生き物じゃ。ただ、圧倒的な科学、物量、エネルギー、すべては自然が作り出した土のうえに咲いている無機の花である事を忘れちゃならん。ましてや、世界を越えて運命に抗おうとするなど……」


 老婆は言葉尻を弱くしていき、力なく首を横に振った。


「よいかえ、若いの。円環のなかで生きる。これが肝要じゃ。いつかお主も選択を迫られるかもしれぬ。その時、この言葉を思い出せぃ」

「円環のなかで生きる、か。ああ、覚えておこう」


 老婆は俺の言葉に満足そうにうなずいた。


 視界がだんだんぼやけてくる。

 霞がかかったように思考もはっきりしない。

 やがて俺は白い睡魔に襲われた。



 ──しばらく後



 俺は肩を揺すられて目を覚ます。

 まどろみからの浮上は、いつだってささやかな抵抗をしたくなる。


「エイト? 大丈夫?」

「ああ…平気」

「まだ、眠そうだよ」

「眠いっちゃ眠いです、ラナさん…」


 横になっていた俺をのぞきこむオレンジ色の瞳。小さなラナが起こしてくれたらしい。

 

 ただ、疲労が溜まった体は休息をもとめてやまないが。


 ラナはクスリと口に手を当てて笑い「でも、ダメなのでーす」と言って、俺を抱き起こしてくる。小さな手で一生懸命に俺から毛布を奪う姿は一生見ていたかった。


「ぐぬぬ、毛布、離して…っ! 抵抗しすぎだよ、エイトッ!」

「あ、ごめん……。ん、ここは……ああ、そうか」


 判然としない記憶をたどる。

 寝ぼけまなこをこする。


 ここは潜水艇の中だ。

 人間が6人か7人入れるだけの鋼の小箱。


 窓の外には各地から伸びる供給ラインが、蜘蛛の巣みたいに巡らされた海底が見えた。


 それらの、いくつかはアルカディアより地形的に深い場所へ続いている。

 

 鋼鉄のパイプが派生して伸びる先。


 深海に築かれた自然の要塞。

 想像もつかないオーバーテクノロジーの機械砲の防衛設備が守る遺跡てある。


 あれが、波に聞く神殿都市とやらか。


 俺は最後の膝をついて窓の外をぼーっと眺めていた。

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