第60話 海底神殿へ

 

 俺たちを乗せた潜水艇は、アルカディアの建造された大地のしたへと入っていく。

 そこはポッカリと黒い穴の空いた、直径数百メートルの深海洞窟となっており、入り口付近には巨大な砲台が数機建てられている。


「あれは?」


 俺は毛布にくるまりながら、砲台を指差す。


 リーシェンが俺の示す先へ視線を移した。


「巨大種の深海生物を撃退するための兵器かな。動いてるところは見たことないけどね。つっても、神殿都市に何回も来てるわけじゃないんだけどさ、僕」

「どうして、お前は神殿都市への行き方を知ってたんだ? 都市伝説みたいな、一般市民立ち入り禁止の区画なんだろ?」


 リーシェンは窓から離れて、潜水艇の操縦席へと座る。

 やがて、俺には理解できない言語で何か機械的な音声が聞こえると、安定していた航行が途切れて、船体がやや揺れた。


「これで手動操縦に切り替えっと。で、なんで知ってるかだったかな? そんなの簡単、アナザーの神殿は氷室グループの独占場で、たくさん金になるものがあったってだけさ」

「……? どういうことだ?」

「金に困った時は、神殿から遺物を盗んで、他のリーダーたちに売り払ってたってこと。簡単に稼げた。いろいろと邪魔はあったけどな」


 リーシェンは何気ない風に言う。


「エイト様、エイト様、あの男めちゃくちゃですよ」


 ファリアが身を寄せて、ひじでつついてきた。


「派閥間を行き来して商いするなんて正気じゃないですって!」

「そうなのか?」

「はい、それも、相手は氷室グループ、アルカディアの王ディザステンタから、都市ごと奪い取ろうとしてる恐ろしい企業です!」

「氷室か」


 別名『白の救世主』と呼ばれる若い男。

 極めて強力な氷系統の超能力者らしい。

 また優れた経営者で開発者でもあるとか。


 俺を凍らせたらしいフリーズガンの発明もこいつ、コカスモークやエネルギー兵器の開発を一手に引き受けてるのもこいつ。

 ハンターズを組織したのもこいつ、アルカディアの超能力者の6割を統合してるのもこいつ、海底各地に採掘場を持ち、マナニウムを掘りまくってるのもこいつの会社だ。

 さらに言えば、グランドマザーを氷像に変えたのも、この男の仕業だとか。


「氷室阿賀斗、凄いキレ者なんだろうな」

「パパは絶対に近づいちゃいけない男だって、言ってました……でもでも、エイト様ならきっとなんとか出来ます…よね? ううん、ファリアは信じていますよっ!」

「ふむ」


 アルカディア最強の超能力者か。


「まあ、なんとななるだろ。それに、リーシェンもそれだけふざけた事をこなして来た猛者なら、戦闘面で頼りにしても良さそうだ」


 俺は操縦席からチラ見してくるリーシェンへ視線を向ける。


「そろそろ、神殿都市に着く。降りる準備をしたほうがいいぜ、お三方」


 リーシェンは言った。


 俺は毛布をポケット空間に収納し、短い足を組んで大人ぶってるラナの前に、背中を向けてしゃがみ込む。

 

「……何してるの、エイト」


 ラナはいぶかしむ顔をした。

 少し朱に染まったほっぺが可愛いらしい。


「おんぶするから、ほらはやく、ラナ」

「なんで、おんぶするのって聞いてるの! 答えなさい、エイト!」

「潜水艇から降りる時段差あるだろ。あれは危ない、な?」

「な? じゃなーいっ! そんなの平気に決まってるでしょ! もう!」


 ラナがぶんすか怒り、駆け出すが、3歩目でこけて、床に倒れこむ。

 俺はラナの脇に手を差し込んで、ひょいっと持ちあげて、腕のなかに抱っこした。


「はな、離して! エイト、離しなさい! わたしはあんたより歳上なのよ!」


 ポカポカ叩いてくる。


「よしよし、暴れない暴れない」

「はぅん…っ」


 頭を撫でてあげると、極楽と言った顔で大人しくなった。


 船を降りる。


 そこは船着場のようになっていて、水面に潜水艇が半身を出す形で停泊していた。

 おそらく、ここが海底洞窟のようになっているためだ。


 伝説に聞く海の中の洞窟。

 これまた海底火山と同じくらい珍しいものを見つけてしまった。


 地上に帰った時の土産話が増えたぞ。

 

「うっわ」

「凄いですね…ファリアは初めて来ましたよ!」

「ぐぎぃ」

「ふむ」


 俺たちはそれぞれ感想をこぼす。


 遠方に見える遺跡。

 天井まで100メートル以上ある海底洞窟のなかには、荘厳なる白亜の神殿が築かれていた。いくつもの建物からなり、中央にドーム状の大きな本殿がある。


 海底神殿含めて、いたるところに滝があり、川が流れ、海へと流れ込んでいる。


 また土からはサンゴのような植物も生えていて、空気が新鮮で満ち満ちていた。


 天井から鍾乳石が無数に生えている。


 長い年月がここまでのスケールを生み出したと考えると海の偉大さを感じざるおえない。


「ん、メカメカしいものが、いろいろ置かれてるが?」


 俺は船着場に機械じみた設備がたくさんあることに気づく。


「あれは調査団の機材だろーな。噂じゃ氷室グループはサイボーグを開発してるらしいが……まあ、どのみち金にはなるけど、あれはデカすぎて盗むのは無理だ」


 リーシェンは答える。

 

 そういう意味で聞いたわけじゃないが。


「エイトくん、ここら辺でいいかい」

「もうすこし奥まった場所がいい。そっちの岩陰だ」

「こだわるね」


 俺たちは海底神殿外壁近くに腰を下ろす。

 ここなら見晴らしが良く、岩陰になってるからいざという時も見つかりにくい。


 ラナ、キング、ファリア、リーシェン。


 俺は皆の顔を見渡して、潜水艇のなかでの打ち合わせを思い出した。


 ガアドの救出。

 そのための手段。

 こちらの戦力、敵の戦力。


 とにもかくにも、まずは索敵だ。

 情報がいる。


 俺はグランドマザー思念体を通じて、彼女とリンクして強力な支援を受けはじめる。

 大規模な〔電界碩学でんかいせきがく〕を使う場合、まだ彼女の助けが必要だからだ。


 頭のうえに思念体を乗せる。

 瞳を閉じて、座禅を組んだ。


 自身の領域を海底洞窟全体まで拡大、敵の位置と救出対象ガアドの位置をさぐる。

 

 物質は電子を必ず内包するとファリアが教えてくれた。


 ならば、天文学的数字の電子すべての位置を知ることはできずとも、全体の0.01%でも場所を把握できれば、俺の頭のなかに、立体的な空間マップを焼き込むことはかなう。


 俺はゆっくり瞳を開けた。


 ラナとキングとファリアが、心配そうに俺の顔を見つめていた。


「で? 本当にそんなんでわかるのかな、エイトくん」


 俺の能力のことを疑っているリーシェンは茶化すように聞いてくる。


「ガアドを見つけた。近くに数人見張りがいるようだ」


 神殿の奥まった場所、洞窟のほぼ反対側に超能力者らしき気配は集合していた。


 そのほかにも神殿各所には人の気配があり、およそ100人ほどがこの神殿に居住しているのだとわかった。


 アルカディア市民のなかでも、氷室グループと密接に関わりある人間なのだろう。


「よかった! パパはまだ生きてるんですね!」

「みたいだ。でも、わからないな。あいつらは終焉者と思い込んでる俺を、もう始末したと考えてるはずなのに」


 ガアドに人質としての価値はあるのだろうか?

 娘のファリアが人魚として市場価値を持ってるから、掌握したいのか。


 しかし、本当にそのためなのか。


「パパは昔から秘密が多くて、それぞれのリーダーと仕事をしていたってファリアは聞かされてます。もしかしたら、氷室やその配下の超能力者たちとも因縁があるかも……です」

「うらまれてるから簡単には殺してもらえない、か」


 難儀なものだ。

 とはいえ、奴が生きてるなら、まだ潜水艇のプランは死んだ訳じゃない。


 氷室グループのお膝元『統括港都市』が沈んだ手前、安全な脱出は期待できないかもしれないが、自ら希望を捨てる必要はない。


 いざってときには、グランドマザーを本格的に手伝って彼女の助力をこえばいいが……まあ、あくまでセカンドプランだ。


「ぐぎぃ」

「ん、ガアドを助けたら、次は聖地奪還?」

「ぐぎぃ!」

「俺がいれば、聖地を取り戻せる?」

「ぐぎぃ〜」


 うーん、この蟲め。


 キングはやっぱり俺のことを『救世主』と思ってる節があるな……。


 本音で言えば、特別な潜水艇が手に入ったら、さっさと地上へ逃げたい気分ではある。


「ぐぎぃ!」

「うっ…」


 キングの瞳がキラキラしてる。

 彼は大切な相棒のひとり。

 暗闇を駆け抜け、死線を乗り越えた友だ。


 この眼差しを裏切る訳にはいかない。


 そういえば、これからハンターズと戦うんだし……聖地奪還、同時進行してもいいか。


「グランドマザー」


 俺は思念体に話しかける。

 頭からポトンっと降りて手のひらに乗った小さいダンゴムシがのそりと首をもたげた。


「氷室阿賀斗とハンターズを全員倒せば、アルカディアの戦力は大きく削れるよな?」


 俺の言葉にリーシェンとファリアが、目を見開く。


「え、エイト様? おとり作戦とか、陽動作戦とかするのでは…? 直接戦闘さけるって言ってませんでした?」

「倒す気か? 氷室の配下全員を? はは、楽しくなってきたねっ!」


「しー」


 口を挟むふたりに黙るようジェスチャーを送る。


 しばらくして、グランドマザーの返信があった。


(ぐぎぃ!)


 どうやら氷室阿賀斗だけでも倒せば助かるらしい。グランドマザーにとっても彼が最大の障害か。


(ぐぎぃ)


 奴を倒せば、軍勢を呼べる?


(ぐぎぃ)


 近海から呼び寄せる召喚魔法を使うと。


(ぐぎぃ〜)


 蟲海戦術でアルカディアを更地に変える。


 常々思っていたが、話してると、毎回、彼女がダンゴムシであることを忘れてしまう。

 なんというか、より高位の生命体と話してるような気分になる。


 なんだろ、これ。


「ぐぎぃ〜っ」


 キングは俺の困惑にえらく自慢げだ。

 俺を驚かせられて、鼻高々という訳か。


「そ・れ・で、エイト! いつまでもその蟲とお話ししてないで、ちゃんと作戦会議しようよ!」


 ラナが腕を引っ張ってくる。

 頬をぷくーっと膨らませて不満げな表情だ。これは怒っていらっしゃる。


「ラナちゃん、わかりますよ、ジェラシー感じちゃってるんですね」

「っ、違うに決まってんじゃん。あんまりふざけた事言ってると、こう!」


 ラナが小さな握り拳でファリアをたたく。


 ファリアは以前のラナとのギャップに思わず口元を押さえて「かわぃぃ…」と声が漏れてしまっていた。


 ラナはひどく悔しそうだ。


「ぐぬぬっ! え、エイト! はやくアルッシーを見つけて、倒してちょーだいね! ぜったいだからね!」

「うんうん」


 肉体年齢に精神が引っ張られてるなか、ラナは必死に凛々しい顔をしようとして睨みを効かせてくた。


「こらー! 頭を撫でるのは禁止だって!」

「よしよし」

「はぅん…っ」



 ──しばらく後



「──という訳で、細かい作戦は以上。質問は?」


 作戦会議を終了する。


 ガアドを救う手立ては整った。

 いや、何も整ってはいないが、正面突破の算段はついた。


「こんなもん俺は使わないけどな」


 リーシェンはファリアからレイガンとエネルギーセルを受け取りながら言う。


 神殿都市に攻め込むのは、俺とリーシェンだけだ。


 ラナとキングとファリアは、この船着場にいてもらう。


「俺はエイトくんの戦いが見たいだけなのにね、やっかいな事に巻き込まれたもんだよ」

「自分から巻き込まれに来たんだろ」

「まあねー。エイトくんを見極められるなら、僕はつまらない超能力者くらい相手にしてみせるさ」

「ふん。動きを見れば俺に対応できるってか? 武術家ってのは相当な自信家でもあるんだな」


 こいつは俺と戦いたいだけだ。

 付け加えれば勝ちたいと言ったところか。

 動きを見たいってのは、つまり俺との戦いに備えたいってことだろう。


 リーシェンは肩をすくめ「それほどでも」と言い、レイガンを腰裏のベルトに差す。


 この傲慢をいつかへし折ってやろう。


「それじゃ言ってくる」


「気をつけてください! エイト様!」

「ぐぎぃ!」


 あたりの機材を工具でバラしながら、ファリアとキングは手を振ってくれる。


「エイト、気をつけてね」

「ああ、もちろん」

「アルッシー」

「それも任せとけ」

「うん!」


 俺はにぱーっと笑うラナと拳をぶつけ合い、リーシェンと共に船着場をあとにした。

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