第58話 ちっちゃくなりました

 

 ──エイトの視点



「ここにラナがいるのか?」


 手のひらサイズの思念体のナビゲートにしたがって、崩壊し、浸水が進む港に戻って来た。

 偉大なる協力者グランドマザーは、いささか大きすぎるので、遠くからこの思念体だけを操作して支援してくれている。


 マスコットのようで、なかなか愛らしい。


「ラナはどこだ?」

「ぐぎぃ」

「右の方が怪しいって言ってますね、エイト様」


 崩れた街を、ダンゴムシナビに従い進んでいく。

 

「ぐすん…なんで、こんなことに!」

「あらら、これじゃ続きをする訳にもいかないよね」


 崩れた建物の影から声が聞こえて来た。

 俺とファリアは顔を見合わせる。


 今のはラナの声だ。


「ラナ、いるのか?」


 俺が声をあげると「エイト?!」と返事が返ってきた。


 よかった、見つかった。


 俺はすぐさま声のする方へ向かう。


 物陰の先にサッと身を隠すラナを見つけた。


「ラナ、よかった、無事だったんだな……!」

「うん、まあ、そうだね、無事っちゃ、無事だけど…」

「ラナ? 何してるんだ? こそこそそんなとこに隠れて」

「いや、それが、その…」


 なかなか物陰から出てこないラナ。

 俺は隣の男に視線を移す。


 このタンクトップ男、拳闘場にいた。

 『気まぐれの王』リーシェンと言ったか。

 いささか見た目の印章は変わってる……。


「お前、ラナになんかしたのか?」

「まあ、彼女には軽く戦いを申し込んだくるいさ。あとは何もしてないよ」

「戦い? 争った形跡はお前とのものか」


 ハンターズに襲われた訳じゃない、と。


 ん?


「待て、彼女って……」


 ラナが女子なことに気づいてるのか?


「お誘いかけたら僕のセンサーが反応しちゃって、何となく気がついたっていうか、はは、ま、そんな感じだよ、エイトくん」

「お誘い……? リーシェン、お前とは少し話をする必要があるかもな」

「それは楽しみなことだね。今、ここで始めてもいいかな? ラナちゃんと満足に戦えなくて、不完全燃焼だったんだ」


 闘争者の顔つき、リーシェンが深く腰を落とし、鋼のように極限まで絞られた肉体で、骨の髄まで染みついた武を構える。

 

 俺は軽薄な態度に不快感を覚え、なによりラナにアプローチしてることへの怒りから彼を睨みつけた。

 

「っ」


 瞬間、リーシェンは目を白黒させる。

 放心した顔つき。集中や断絶。

 冷や汗をかき、数歩さがった。


 口から体内の熱を吐き出す。


 無防備にたたずむ俺へリーシェンは打ってこない。


「……いや、まだやめておこう」


 そう言い、リーシェンは構えを解いて、黒髪をかきあげた。


 俺は「そうか」とだけ伝えた。

 ラナのこそこそする物陰をのぞく。


「ひぃ」


 ラナは膝を抱えて小さくなり、黒髪を抱えてうなる。


「…………え? どういうこと?」


「どうしたんですか、エイト様?」

「ぐぎぃ?」


 背後から聞こえる仲間たちの声。

 俺は反応できず、呆然としてしまう。


 ラナはオレンジ色の瞳にいっぱいの涙をためて、こらえて、ぶかぶかになった服を落ちないように握っていた。


 チチャクナテル……?

 膝抱えてるけど、流石にチチャクナイ?


「ぐすんっ、エイト、ぉ……」

「っ、リーシェン、ラナに何しやがった!」


 怒りに任せて咄嗟に彼をぶん殴った。

 処理できない現実にイライラしたからだ。


 リーシェンは刹那の隙間に腕を差し込んでガードしたが、踏ん張りは効かず、たやすく吹っ飛んだ。

 鍛え抜かれた肉体は、崩壊した瓦礫を山を貫通して、浸水した通りへ向かっていき、海にポチャンっと沈んだ。


「ぶはぁ! いっつ…ッ!」


 すぐに浮上してきて、腕を押さえて、顔を苦悶に歪めながら、戻って来た。


「それは僕じゃない……、ハンターズの超能力者アルッシーの『若輩化』の能力だ」


 リーシェンいわく、どうやら突然現れた変質者に隙をつかれてしまったという。


 俺はラナに向き直る。

 

 若返る能力だと?

 それってつまり、ラナは……。


「ぐしゅん、エイト……」

「ラナ…」


 ぷるぷる光を溜め込み潤む綺麗な瞳。

 子ども特有のさらさらした細かい黒髪。

 幼さがあり、あどけなさのある顔立ち。

 小さな肩と、柔らかいそうなほっぺた。


 お姉さん属性は喪失し、今いるのは幼馴染ながら妹感の強くなった少女だ。


 はっきり言って、俺はこのラナも大好きだった。


「エイト? なんで楽しそうにしてるの?」

「よしよし、兄ちゃんが守ってやるぞ」

「エイト……?!」


 俺はラナの小さな頭に手を乗せて、手触りの良い髪の毛を撫でる。

 ラナは「こ、子ども扱いしないで!」と頬を染めて手を払いのける。駆け出し、ぶかぶかズボンにつまずいて転んだ。


「ふにゃっ……ぃ、いたい…ッ、お膝、いたい…」

「ラナ、大丈夫か!? ほら、手を貸して、立てるか?」


 俺はラナを手を引いて立たせ、涙をぐっとこらえ我慢するラナをは褒めてあげる。

 さっきは嫌がっていたが、今度は割合と抵抗しなくなり、それどころか、彼女は気持ちよさそうに頭を手のひらに擦りつけて来た。


 最高だ。


「ラナちゃん! ずるいですよ! なんですかそれ、妹属性はファリアのものだったのにっ、ちっちゃくなって再登場してくるなんてインチキです! 反則です!」

「ぐぎぃ! ぐぎぃ!」


 ファリアがポロポロ真珠の涙をこぼす。

 キングは角をずんずん突き上げ、勿体無いとばかりに真珠を拾い集める。


 うむ。

 ラナがとびきり可愛いのは認めよう。

 懐かしさ相まって究極の愛嬌だとも。


 ただ、良いことばかりではない。

 今のラナは見た目的におよほ12歳前後、レベルとスキルがあっても勝手の違う身体では今までのような戦力は期待できない。

 

 実質的に戦える人間が減ったのだ。


「はあ、とにかく、場所を移動しよう。ここら辺はもうすぐ沈みそうだ」

「はぅ、エイトに抱っこされてる……」

「なんか言ったか?」


 ラナは黙してちっちゃく首を横に振った。


 崩れゆく街を危険と判断。

 続いてガアドを救出する作戦をたてるため、俺たちは区画を移動する事にした。

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