第8話 異次元の発見


 20,000mの深さがあろうと、俺を信じ続けてくれるラナの気持ちに気がついた日。


 俺は待っている彼女のもとへ、一刻もはやく帰るために破竹の勢いで槍をふるった。


「うあああ!」


 発光群生地の中央で声をあげて、巨大ダンゴムシたちの注意をひきつける。


 そんなことをすれば、あっという間に数匹の巨大ダンゴムシにあたりを取り囲まれてしまう。


 リスクはある。

 しかし、いつまでもリスクを恐れて、ちまちま片道1時間の道をダンゴムシ転がして運ぶわけにはいかないのだ。


 俺には待たせてる″相棒″がいるんだから。


「≪ラナ・スティンガー≫」

「ぐぎい!」


 魔力をまとった威力を増したひと突きで、ダンゴムシの外殻を打ち砕き、爆殺した。


 今の俺ならば、もうチマチマやる必要なんてない。


 レベルアップしてステータスが上昇したおかげで、思えば1日一発制限もとっくに解消されていた。


 俺はもう凡百なエイト・M・メンデレーじゃないんだ。


「むしゃむしゃ」


 ポケットいっぱいに詰めたミスター・タンパク源を口に放りこみ、消費した魔力を回復させて元気を取り戻す。


 ミスター・タンパク源があれば、何十時間でも戦える。




     「全部かかってこい!」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」


「「「「「「のぞのぞ、のぞのぞ」」」」」」



 




 


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎




 


 

 


 








 ーー100時間後



「………………ぁ、ぁぁ、終わった」


 俺はあたりを見渡して、もう襲ってくるダンゴムシがいないことを確認して、海底に腰をおろした。


「死ぬかと思った……」


 俺は猛烈な疲労で、ぼやける視界のなか足元に落ちてるマザー・タンパク源の生肉を口に運ぶ。


 ポケット空間いっぱいに詰めていてミスター・タンパク源は最初の3時間であっという間になくなってしまった。


 100時間の戦いを支えたのは、ほとんどが倒したマザー・タンパク源たちを拾い食いしたり、その場で″踊り食い″したりしながら補給し続けた俺のヤケクソだ。


 あとは時折やってくるレベルアップの高揚感と、絶対に帰るという意志が俺の体を動かし続けた。


 だが、流石に限界だ。


 もう帰ろう。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 節々が痛むのを我慢しながら目を覚ます。


 疲労困憊のせいで『巨大ダンゴムシ100時間戦争』が終わったあと、俺は温かな槍を抱いたまま、すぐに眠ってしまったようだった。


 俺は槍を小脇に抱えたまま、寝室から地下へおりて、ろ過水槽のなかに魔槍を突っこみ、発光植物の卵のかけらも放りこむ。


 その間に朝食を済ませて、″黒い小箱″と『ステータスチェッカー』を手に持ち、俺は温かくなった、ろ過水槽へもどってきた。


 服を脱いで、水槽……否、風呂に浸かる。


「あああー! 癒される……これもラナの温もりかぁ……」


 本人に聞かれたら怒られる変態発言も、こんな時だからこそ楽しめる愉悦だ。


「さてと」


 俺は風呂に浸かって気持ちよく体を洗いながら『ステータスチェッカー』を起動した。


 ーーピピッ


 現在のステータスが表示される。


 エイト・M・メンデレー

 性別:男性 クラス:【槍使い】

 スキル:〔そよ風〕〔収納〕

 ステータス:変異 Ⅱ

 レベル65(St35+EX30)

 体力 3892

 持久 7022

 頑丈 3579

 筋力 4714

 技術 8181

 精神 8639


「……レベルアップの回数少ないとは思ったけど……まさか、たった5レベルしか上がってないなんて……」


 俺は肩を落として、お湯で顔を洗った。


「あー……いや、でも数字は凄いことになってるな。また要求される経験値のケタ数が跳ねあがって、レベルアップひとつの重みが増したのか」


 俺はそう納得しながらも、湯煙でくもる透明な板のステータス欄が気になって仕方がなかった。


「変異Ⅱ。前は、変異Ⅰだったよな……?」

 

 まずい。

 これは何か病気という事なのでは?


 確かに野菜を食べずに、貴重なタンパク源ばかり食べていた。

 魔槍の暖房機能を導入するまでは、寒さに凍えながら眠ってたし、ベッドは硬くて毎回体が痛くなる。


 環境が劣悪すぎて、体を壊したとしても何も不思議じゃない。


「嫌だなあ……ここまで来て、病気で死ぬのかよ……いや、死んでたまるか。そのまえに『海底都市』とやらに行って、この病気を治療してやる。大きな街なら医者もいるはずだ」


 俺は弱気を追い払い、『ステータスチェッカー』を置いた。


 さて、日課のステータスチェックはおしまい。


 ここからが本番だ。


 俺は″黒い小箱″を浴槽のはしに置く。


 占い師は言っていた。

 俺が十分に強くなれば、この中のものが役に立つだろう、と。


 ならば、今こそ禁断の箱を開ける時ではないのだろうか。


「ごくり」


 生唾を飲みこみ、俺は頑丈に密閉された小箱を開けた。


「ん、なんだこれ?」


 小箱のなかは、俺が思っていた物と違った。


 てっきり、真っ赤に熱されたドロドロの鋼でも出てくるかと思ったが、そんな事はなく、中に入っていたのは銀色の液体だけだ。

 

「これが『液体金属』っていうのか? 水なのに、金属なのか。見たこともない物質だ」


 思えば、確かに小箱のサイズのわりにやけに手応えのある重さだ。


 水でありながら、金属という言葉に納得の珍物質である。


 しかして、こんなものが俺のどう役に立つと言うのだろうか。


 湯船につかりながら頭をなやませた。


 ″俺の役に立つという″言葉は、すなわち″俺のスキルと互換性がある″という意味に置き換えられるという認識でいいのか。


 あるいは、この『液体金属』と呼ばれる物質が、そもそも海底20000mの世界で役にたつのか。


 もしかしたら、もっと別の意味なのか。


「占い師はレベルアップしてから、この物質渡そうとしてた……でも、師匠は″もったいぶってる″と言ってすぐ渡してくれた。その意味を考えるんだ」


 ーー占い師の目線からしたら、この物質はレベルアップしたあとの俺が使える物。


 ーー師匠の目線からしたら、さっさと渡しても問題のない物。


 その差を生み出すのは、占い師と師匠がそれぞれ俺にあたえたモノの違い。


 もしかしたら、師匠は自分のスキル一部を俺に渡す予定でいたから、この『液体金属』を渡しても問題ないと考えたのかもしれない。


 となると『液体金属』はスキル〔収納しゅうのう〕があると、効果的に運用できるのか?


「別口でも考えてみよう」


 思考をいったんリセットし、俺は占い師の言葉を思いだす。


 彼はレベルアップの他に、何か言っていた気がする。


『そのスキルがさらなる成長をすれば、空気の層がふえ、出来ることも増えるはずじゃ』


 そうだ、占い師は『スキルが成長する』と言っていたんだ。


 一般論として、スキルパワーはスキルの熟練度と持ち主のレベルアップで上昇する。


 現に最初は60キロの砂しか入らなかった俺のポケット空間は、今では計り切れないくれないのスペースを獲得している。

 

 さらに、体を覆い守ってくれる全自動式の空気の層も意識すれば、その層を分厚くしたり、逆に完全に無くすことまで出来る。


 ここで俺は、ひとつの解を得る。


「そうか……『液体金属』の運用には、間接的にレベルアップが必要だっただけで、本当に必要だったのは、より成長したスキルパワーのほうだったんだ。空気の層が増えやれることも増える……占い師はそう言っていた」


 俺は自分の考えが正しいと信じて、かつてとは比べ物にならないスキルパワーで、何が出来るのか試してみることにした。

 

 例えば、こんな事はどうだろう。


「ポケットを大きく開く」


 俺は感覚的に次元の割れ目をつくり、その入り口を手でこじ開けてみた。


 簡単にできた。

 今まで直径30センチほどの円形の入り口だったポケット口は、やろうも思えばどれだけ大きくする事も出来そうだった。


 2回目からは、手でこじ開けた時の感覚をもとに、ポケットの口を大きくしたり、小さくしたり調整できるようになった。


 俺は自分のスキルが、まだまだ成長の可能性を持っているのだと理解した。


「ポケットを複数同時に開いたら?」


 俺は手元に手首が入るくらいの小さな次元ポケットを開き、そのポケットを維持したまま、もうひとつポケットを開こうとしてみた。


「ぐっ、これは難しいか……!」


 二つのポケットを開こうとすると、それだけで頭のなかが混乱した。


 10分ほど試行錯誤しても、″ポケット同時展開″の夢をまだ諦められなかった。


「思考をごっちゃするからいけないのか。ひとつ開いて放置。もうひとつ開いて放置する。並列的な頭でスキルを使えば……」


 俺は火照った頭を冷やすため、湯船からあがり、右手にポケットを開くことから始めた。


 まず、ひとつポケットを開く。


 そして、キープ、放置。


 あとはもうひとつ……開けるだけ、だ。


「……開けた」


 俺は、自分の目の前に、ふたつの次元の裂け目ができたことを確かに目で確認する。


 俺はその状態を数分間維持して……ふと、思いつきで、ポケットに手をいれてみることにした。


「あ」


 


 俺は目を見開き、荒くなりそうな呼吸を必死で押さえながら、差し伸ばされた俺の右手を、左手で触ってみる。


「ぁ、凄い……凄いぞ……、このスキル」


 目の前に無限の可能性が広がっていくのを感じた。


 師匠のスキルは半端ではない。


 空間を裂いて、そこにものを″収納″するだけでなく、ポケットを二つ開くことで神すら恐る時空間のねじれをも生みだしてしまう。


 やや興奮気味で、創造的な思考を持てていた俺は、遠くの洗面台に置かれたコップを眺めて、あることを考えつく。


 俺は手を引っ込めて、ポケットをひとつだけ手元に生成して、遠くのコップを眺めながら、その真横にポケットを慎重に、かつ丁寧にひらいてみた。


 グワァっと、空間が割れて、黒紫の闇が展開される。


 俺は手を恐る恐る、手元のポケットに差しこんでみた。


 集中して視線をそそぐのは、3メートル先のコップ。


 俺はコップ横のポケットから、ゆっくりと出てくる俺の右手を目撃する。


 そして、その右手でコップを掴み、またゆっくりと手を引き戻した。


 ポケットを2つとも閉じて、すべてのプロセスを完了する。


 俺は手にもつ、コップを見下ろした。


「そうか……俺が本当に磨くべきは、筋肉じゃなく『スキル開発』だったんだ」


 ひとつのスキルさえ、工夫を凝らせば全く別の高次元を見せてくれる。


 ならば、自前のモノと師匠のモノ。


 ふたつのスキルを持つ俺の可能性は?


「……」


 俺は振りかえり、湯船の端っこに置いた、黒い小箱を見つめる。


 俺は確信している。


 占い師も師匠も、俺がこの気づきを得てから、あの『液体金属』をあつかう事を想定していたんだ。


「たどり着いた、この発想に」


 ならば、あとは試すだけだ。

 俺に何ができるのか。


 そして、練りあげる。

 スキルの運用能力を徹底的に鍛えるのだ。


 

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