第9話 〔そよ風〕の正体


 歩きながら考え事をするといいとか、どこかの誰かが言っていた気がする。


 俺は、ほかほか温かい全裸のまま、部屋を歩きまわり思考をめぐらせていく。


「俺のスキル〔そよ風〕は、風を作り出すスキルではなく、その仕組みを作りだすスキル……つまり、その仕組みを作りだすスキルであるからこそ、俺はこの『液体金属』を自分のために役立てる事ができるという訳だ」


 俺は立ちどまり、仁王立ちして、黒い小箱のなかの銀の液を見つめる。


 俺は風を起こせる。

 それは、ほんのささやかなものだった。


 だが、今では俺は2トンの水圧を打ち消すほどの風を際限なく起こしている。


「……いや、?」


 スキル開発には、既存のスキルの使い方を疑うことが重要だ。


 固定観念。

 先入観、思い込み。


 それらは、スキルの創造と想像の幅を狭めてしまう。


「俺は風を起こしてはいない? そうだ、そもそも、なんで、俺は海底で風を起こせる? 風は空気の流れ。空気がない海中では、俺のスキルはそもそも空気の流れを作り出せないはずだろう?」


 そのはずだ。

 だが、現実は違う。


「空気の層の正体……空気は、産まれてきた? 俺のスキルは海底の世界に新しい空気をもたらした、のか?」


 頭を使って想像を広げていく。


 もし仮に俺が空気を生みだしていたのならば、俺は何から空気を生み出していたんだ?

 

 魔力?

 純粋なエネルギーから、空気を作れるのか?

 いや、魔力は俺が何かから空気を作り出すシステムを運行するために、消費するエネルギーのはずだ。


 どこかに素材があった。

 何がある、何が俺の身の回りにはあった?


「………………海水?」


 そうだ。


 俺のまわりには、無限の水があったじゃないか。


 俺を苦しめていた凍えるほど水が、同時に俺に空気をくれていたんだ。


「だとしたら、俺のスキルは水から空気を作れるスキル……か? いいや、違う。師匠は『仕組みをあやつる』と言っていた。つまり、俺のスキルは何らかの作用で、水から空気を作りだし、さらには空気の流れを操れるんだ。これらはふたつの能力ではない。共通した、ひとつのスキルによって可能となっている結果だ」


 俺は頭を悩ませて、手のなかにそよ風を作り出してみる。


 今となってはスキルパワーがあがったおかげで、自由自在に風をあやつり、やろうと思えば、3メートル先のコップを揺らすことも出来る。


「操る能力と、水から生成する能力が、共通したひとつのスキルによって得られている……どういうことですか……師匠、この宿題は俺には難しすぎますよ」


 俺は途方にくれて、黒い小箱を手に取った。


「これが、どう俺の役に立つんだよ」


 俺は黒い小箱のなかで、タプタプ揺れる銀の液体を見つめる。


 ふと、俺は銀の液体の表面を風でなぞってみた。


 波紋が起きる。


 それはまるで、ラナとよく遊んだ海岸で、潮風に、穏やかな海が揺れるがごとき様相だ。


「……ぁ」


 ぼうっとしていると、ふと風の力加減をあやまってしまい、思ったより強く空気を銀の液体にぶつけてしまった。


 黒い小箱から『液体金属』が溢れてこぼれてしまう。


「嘘だろっ! 頼む、だめだって!」


 俺は思わず床を這って、衝動のままに手を伸ばした。


 だが、そんな事で液体の落下を止められるはずもなく『液体金属』は床に飛散してしまった。


「ぁ、ぁ、嘘、って言ってくれよ……」


 俺は目の前が真っ暗になってしまった。


 師匠と占い師に渡された、絶対に大事だったアイテムをこんな形で無駄にしてしまうなんて、俺はどこまでダメな奴なんだ。


 俺は伸ばしていた手を、ゆっくりと引いて立ちあがろうとする。


「……あ?」


 体が、妙な引っ掛かりな覚えた。


 否、体というよりは、腕がひっかかりを覚えたというべきか。


 その違和感は決して大きい物ではなく、長い時間革の椅子に座っていたら、良い感じにお尻がフィットして立ち上がりづらくなった……そんな程度のささいなモノだった。


 だが、それは触感にとっての話だ。


 視覚にとっては、その違和感はミステリーとなって現れていた。


「なん、だ、と……?」


 俺は目を見開いて、足元を見下ろす。


 


 手を動かすと、地面にこぼれていた銀色の液体が、流動的にうごめいて空気中を泳ぎだす。


 なんという奇特。


 こぼした『液体金属』は、それぞれ空気中を落下する雨粒のように、別れて空を優雅にただよっているのだ。


 この現象を引き起こしているのは、間違いなく俺自身だ。


「操れる、のか? 俺は風だけじゃなく、この『液体金属』を自由に操れるのか?」


 俺は高い集中力で空気中に散らばった、銀の粒を一か所に集中させてみた。


 ちょうど、スイカほどの銀の玉を生成することに成功した。


「凄い……これが俺の〔そよ風〕によって可能なことのひとつなのか……なんだよ、名前詐欺にもほどがあるだろ」


 俺は液体金属の球体を、手では触れずに潰したり、縦長の棒にしたり、いろいろ形を変形させて遊んでみた。


 しかし、この操作はとても難しかった。


 結局、全裸のまま数時間練習しても、たいして金属の液体の操作能力は向上はしなかった。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 ーー次の日


 俺は朝起きてから、海底を2時間ほど散歩してすぐに我が家へ戻ってきた。


 スキルの練習をするためだ。


「よし、それじゃ始めるか」


 俺は昨日、黒い小箱に戻し置いた『液体金属』をふたたび、手を触れずに持ちあげた。


 そして、例にならって形を変える練習をおこなった。


「ん、そういえば、この『液体金属』以外のものも操れるのか?」


 疑問に思い、遠くのコップを手元に引き寄せようとしてみる。


「ダメだ。操れるのは風と、この液体金属だけ、か。なんでこの2つなんだろうか……」


 俺は晴れない疑問をもちながらも、この日以来、毎日毎日、かかさず12時間、液体金属操作を練習するというハードトレーニングを実施しはじめた。

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