第29話 奇術


 ラナと一緒にわくわくした心待ちで、カジノの3階へやってきた。


 ここには色々なブースがあり、階段を登ってすぐのところにも何やら人集りがあるのはまっさきに気がついた。

 興味本位で野次馬たちの背後からのぞいてみる。

 すると、黒いハットをかぶった若い青年が、トランプの絵柄を客によく見せているのが見えた。

 シャッフルしたり、客に見せたり、手の内側に隠したり。滑らかな手つきで、いろいろ移動させている。


「これは何してんですか?」


 俺はとなりの野次馬に聞く。


「マジックだ。この若いのは修行中だとかで、場所だけ借りてトランプマジックを披露してんだ」


 トランプをいじってる青年は、マジシャンと呼ばれる大道芸人らしかった。

 呼び方が違うだけで、ようは奇術の類いか。

 マジシャンを見ていると、彼は手のうえに一枚のカードを置いて、それを見物者たちに見せる。

 マジシャンはにこやかな笑顔のまま、手でカードを撫でた。


 次の瞬間、カードの絵柄は無くなっていた。白だ。複雑な絵柄が描かれていたのに、本当に真っ白なのだ。


 最後は、マジシャンが楽しげ笑顔で、見物人のひとりの胸ポケットから、さっき消えた絵柄が描かれたハンカチを取り出してフィニッシュだ。


「おお、凄いな」

「だろ? 超能力不所持の認定書もつけてるし、あの若さでたいしたものだよな」


「エイト、マジックを見にきたわけじゃないでしょ。行くよ」


 感心していると、ラナに手をひかれて、さつさと遊戯大会へと参加することになった。


 俺たちがやってきたのは、3階フロアでも遊戯テーブルがたくさん置かれた空間だ。


 シャンパン片手に優雅に笑う紳士と淑女たち、目つきからして″勝負″を求めている者。多様性はなく、この場にいる人間はみんなスリルが大好きそうな者たちばかりが集まっていた。

 他の階からも、ぞくぞくと集まってくる人の流れに逆らわず、適当に足を運んでいく。

 人波の終着点はステージとなっていた。ステージの上で、マイク片手に場を掌握する司会が遊戯大会を取り仕切るようだ。

 

「皆さま、これより本日のVIPチャレンジを始めさせて頂きます! まずは、こちらの箱から順番に絵柄の描かれた札をお取りください!」


 俺とラナも、ステージ前で黒服サングラスが手に持つ箱から、プラスティックの札を受け取る。

 

「ピエロの絵柄が描いてあるな」

「え、わたしのは真っ白だけど?」


 ラナと俺は、互いが引いた札を見せあう。


「皆さま、ただいまお配りした札に描かれた絵柄と、同じ絵柄が描かれたテーブルへ移動ください。また、絵柄なしも絵柄もひとつとして数えます。白紙グループはこちらへ」


 司会の案内で札を受け取った遊戯大会参加者たちが、各テーブルへ移動を始める。

 

「絵柄あり、絵柄なしじゃエイトとテーブル別れちゃうか〜…うん、まっ仕方ないかな」

 

 ラナは諦めた風に言って、俺の肩をたたき白紙テーブルへ向かう。

 俺はこの境遇になんだか不安を感じた。

 ようやく見つけた幼馴染。二度と離れてはいけないような気がした。かっこよくウィンクして行ってしまうラナの背中をみる。

 視線を落として、俺は札に描かれたピエロを見た。間抜けな顔しやがって。


「……ん。良いこと思いついた」


 俺はラナの後を追いかけ、隣に並んだ。

 ラナが「え?」という顔で見てくる。


「エイトのピエロ柄はあっちじゃない?」

「俺も白紙だ。ラナと同じな」

「?」


 ラナは俺の頭がおかしくなったのかと心配するような顔つきで、俺の札に描かれたピエロを指差す。そんな顔するなよ。

 俺は札のうえのピエロに手をかざした。そして、さっきマジシャンがやっていた要領で札を撫でた。


「あ、ピエロが消えた!」


 ラナは驚き、声を出す。

 ピエロの絵柄が消えてなくなった白い札をラナに渡して確かめさせる。


「真っ白だ。どうやったの、エイト?」

「さっき、マジシャンが絵柄を消してただろ? あれと同じだ」

「え? エイトって奇術できたの?」

「まったく出来ない。けど、出来なくてもマジシャンの真似して擦れば、結果は同じだろ?」

「へ?」


 ラナは「どういうこと?」と首をかしげて聞いてきた。

 

「マジシャンと同じ事しただけだって。札を擦った。その時に札の表面の絵柄部分を、指の腹で削って、絵柄を消したんだ」

「ああ。なるほど…………なるほど?」


 ラナは困惑してるようだが、まあ、納得してくれた。ただ「それは奇術なの……?」と疑問を抱いた顔をしていたが。


「あれ、このテーブルの人数がひとり多いですね?」


 俺とラナが白紙のテーブルにつくと、合計5人の参加者を見て、遊戯の進行役をするボーイ──ディーラーというらしい。入り口で教えてもらった──が困ったように、あたりを見渡した。


「こちらの手違いだったようです。白紙の札が5枚入っていたとは。まあ、5人でもポーカーは出来るので、このまま行きましょうか」


 ディーラーの青年はそう言い、遊戯大会の説明とこれから行われるポーカーと呼ばれるゲームについて教えてくれた。


「本日の遊戯大会参加ありがとうございます。このテーブルのディーラー、サイキ・アルハンブラです。よろしくお願いします。本日行いますは、ドローポーカーです。まずは、やり方の説明を行います」


 サイキはそう言って、ポケットから慣れた手つきでポーカーの役の組み合わせが描かれた小さな紙を、配ってくれた。

 まっさきに紙を眺めたのが、俺とラナだけのところを見ると、ほかの3人の客はポーカーというゲームを知ってるらしかった。


 ふむふむ。

 ランダムに配られた5枚の手札に出来たカードの役の強さで、勝ち負けを決める遊びか。

 5枚の手札のうち、同じ数字2枚の組み合わせが、1つあればワンペア。

 5枚の手札のうた、同じ数字2枚の組み合わせが、2つあればツーペア。

 5枚の手札のうち、同じ数字3枚があればスリーカード。


 いろいろ役があるみたいだ。

 ポーカーの重要な要素のひとつが、たった1度だけ任意の枚数を交換できること。

 この交換によって完成した5枚の手札によって、最終的な勝敗が決まる。

 

「全部、運任せのゲームだよ。エイト、これなれわたしたちも勝てるんじゃない?」

「見たところ難しくなさそうだな。ラナはルールは大丈夫そう?」


 お互い小声で確認しあった。

 その間もこのテーブルのカード配り係、サイキの話はつづく。


「10ゲーム行い、持ちチップが最も多い1人が次のテーブルへ進めます。ゲーム開始時の持ちチップは公平性を維持するため1万チップまでとさせていただきます」


 俺とラナはそれぞれ、1万チップをテーブルのうえに置いた。


 ポーカーとやらやってみようか。

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