第64話 酸素街、到着


 潜水艇の窓から外。

 巨大な砲台で防衛された神殿都市の入り口が遠ざかっていくのが見えた。


「NEW HORIZONは、これから海の悪魔を捕まえにいくらしい。タイミングを考えれば氷室が海洋生物アルゴンスタの襲撃で計画を前倒ししたと考えるのが妥当だろう」


 俺、ラナ、ファリア、キング、リーシェンと机を囲みながらガアドは説明する。


 海の悪魔。

 たしか統括港都市の避難所で、おかしな婆さんがそんなことを言っていたか。


「海の悪魔ってなんなんだ」

「″神海しんかい生物″さ。ほんものの深海人類がアルカディア建造前、独自に魔法の言葉をつむぎ、蒼海学と呼ばれる学問をもちいて研究をおこなっていた対象だ」


 俺たちと生まれた世界をおなじくする、夜の女神の信奉者たち──本物の深海人類。

 別世界からやってきて、神殿を破壊、人々を殺し奴隷とした──アルカディア人類。


 神海生物とはすなわち、アルカディア以前に夜の神殿でさかんに研究されてきた、太古の深海生物たちのことだった。


「どうして、そんなこと知ってるんだ?」

「彼らは学んだのさ、遺跡、文章、それに奴隷から。もちろん私もな」


 こちらは相手の素性を知らないのに、相手方はこちらの深いところまでしっている。

 知らぬ間に自宅の合鍵をつくられていたような、領域をおかされる不快感をおぼえた。


「話を戻そう。つまるところ、我々にはまだ時間がある」


 ガアドは一言でのべる。


 氷室グループは侵略計画のかなめとなる海の悪魔捕獲のため、いまごろは神殿都市のした──アルカディアの下層にひろがる一時代古い海にいっているはずだという。

 

「海の悪魔を捕獲されることじたいは構わない。その後にNEW HORIZONはアルカディア近海へいったん帰港するはずだからな」


 緊急発進、そして、俺やリーシェンの襲撃のせいで氷室は十分な準備ができていない。


 移住予定の超能力者1.000人など、とてもじゃないがあの短時間ではあつめきれていないんだ。実際にあの神殿都市には100人前後の気配しかなかった。


 となれば、必ずどこかのタイミングでアルカディア都市内にいる″選ばれし者″を迎えにくるというわけだ。


 まだチャンスはありそうだ。


「ん、なんか、揺れてない?」


 俺の膝のうえに乗ってるラナが、柔らかい手でたたいてくる。

 窓の外へいっしょに視線をうつす。


「っ、ちょ、ちょちょちょ!?」

「どうしたんですか、ラナちゃん?」


 びっくりして転げるラナ。

 キャッチして難なくを得る。ファリアがお尻をスライドさせてこちらへ寄ってきた。

 ガアドとリーシェンも何事だと、小さい窓にあつまってくる。


 皆が視線をむけた耐圧ガラスの外側。


 潜水艇の揺れをひきおこしている張本人がこちらを見つめてきていた。


 ″彼女″は一本一本が恐ろしく太く長い節足を器用に動かして、潜水艇を捕まえていた。


「ぐぎぃいいいいいいイイっ!」


 母なるダンゴムシの咆哮が深海にひびく。


「「「うぁああぁああああ?!」」」


 俺とファリア以外は思わず窓からはなれて悲鳴をあげた。


 ああ、そうか。

 まだ彼女のことを紹介していなかった。


「え、エイト! 今すぐに迎撃に出るんだ! ここで死ぬわけにはいかないぞ!」


 珍しく取り乱すガアド。

 その肩に手をそえて落ち着かせる。


「エイト、たぶん、ここで死ぬから最期の言葉を言っておくわね」


 ラナは覚悟を決めた表情でキリッと言う。

 俺は「死なないよ」と頭を撫でてあげた。


「落ち着けよ。紹介しよう、彼女はグランドマザー。アルカディアへの聖戦を挑み、そして俺に力を貸してくれている同盟者なんだ」


 俺は窓の外の、グランドマザーへにこやかに手をふる。


(ぐぎぃ)

「ぐぎぃィィいいいいいいいいッ!」


 節足を振りかえしてくれた。


「頭痛がしてきたぞ、エイト」

「うそぉ…あれも相棒とか言わないよね?」

「……どうやって手懐けたんだい」


 困惑、心配、驚愕が俺の交友関係にむけられる。


 みんな怖がってるのか。

 グランドマザーは誤解されやすいな。

 まったく悪いひとではないのだが。



 ────────────

        ────────────



 ──アルカディア酸素街


「かつて氷室グループが管理していた区画だ。今となってはシャドーストリートとなってるが、港のほうは機能してるだろう」


 酸素街の外側をぐるっと潜水艇でまわり、降りられそうな場所に船をつける。


「ほら起きて、エイト。もうすこし頑張らないと」


 ラナに揺さぶられてボーッと窓の外を見つめていた俺は毛布をうばわれる。


 まだまだ、ゆっくり眠れなそうだ。


 俺たちの潜水艇はリーシェンの操縦で、酸素街へと寄港した。


「統括港都市が沈んだなら、次に使われるのは酸素街の港。つまり、ここで待っていればいずれNEW HORIZONはやってくる」

「それじゃ、それまでしばらく休憩か?」

「そうだな。ただ、ここはシャドーストリートだ。周囲の安全を確保して、数ブロック先まで状況把握しておくべきだ」


 ガアドの提案はもっともだ。

 俺ははやく寝たかったが、彼の指示に従うことにする。


 港の警備はガアドをふくめたファリア、ラナ、キングにまかせることにした。


 例のごとく俺とリーシェンが周囲の落伍者を掃討して、エリアの安全を確保する。


「エイト、すこしいいか」


 出発する俺へ、ガアドが声をかけてきた。


 潜水艇のちかくではファリアが、ラナとキングを動かしてガジェットを設置して、防衛網をつくっている。


 彼女らからすこし離れた場所にきた。


「なんだ」

「このあとの話について、だ」


 神妙な面持ちだった。


「グランドマザーとやらはどこへ行ったんだ?」

「一通り都市に被害をだしたから、いったん都市から離れるって言ってたが。詳しいことはわからない」

「ふむ……となると、あまり時間は残されていないのかもしれない」

「どういうことだ?」

「いや、いいんだ。それよりも、地上脱出の話だ。エイト、お前はどうするつもりなんだ」

「地上へ帰る。必ず」

「ああ、そうは約束した。だが、潜水艦を破壊してしまったらそれも不可能になる」


 ガアドは言葉をきり、指をたてる。

 迷った様子で「妥協案だ」ときりだした。


「あの潜水艦に忍びこめ」

「なに?」

「それしか方法はない。あの潜水艦は地上へ近づくだろう。そこで晴れてお前たちは潜水艦を破壊して脱出するんだ」


 俺は腕をくみ思案する。


 俺にはガアドに伝えていないセカンドプランがある。


 それは、グランドマザーの聖戦を手伝い、彼女の手をかりて地上へ逃れること。

 条件は氷室阿賀斗を倒せばいい。


 彼を倒せるかはわからない。

 だが、潜水艦を地上世界へ行かせるくらいなら、俺はセカンドプランにかけたい。


 アルカディアの思想、技術、知識。

 あらゆる遺伝子はここで断ち、永久に暗い海の封印する──それが、最善だ。


「ガアド、それは出来ない」

「……どうしてだ?」

「アルカディアの科学は危険だ。どれかひとつでも地上へつたわったら、何かよくないことが起きる気がするんだ」

「だが、お前たちが地上へ帰らなくては意味がないだろう」

「それは……」


 セカンドプランについて話すか迷う。


 はっきりと言えば、俺はガアドという人間を信用してはいない。

 だって、そうだろう。アルカディアのすべてを敵にまわしてまで、どうして俺たちに協力してくれるんだ。


 それに、今だってそうだ。

 なぜ、彼は俺やラナが地上へ帰れないことをそんなに心配する。


 彼の行動にはいまひとつ動機がない。


 もし仮にあるとすれば──


「ガアド、あんた地上へ行きたいのか?」

「なに?」

「アルカディアは終わる街。だから、俺たちを地上へ向かせるのに必死なのは、自分も安全な地上へいきたいからなんだ」

「そうとしか考えらない、か。はは、なるほど」


 ガアドは「そうかそうか」といたく楽しそうに笑って頬を緩めた。


 なんだか心の底から嬉しそうだ。


「だから、なにかしらアテがある事を隠しているのか、エイト」

「っ」


 まさか、セカンドプランに勘づいてる?


「そう警戒するな。私は無害だよ、とことんね。エイトたちの帰郷に便乗する気はない。アルカディアの文明遺伝子をあの世界に持ち帰るつもりなど毛頭ない」

「本当か? それじゃ終わるとわかっているこの海の底で死んでいくつもりなのか?」


 ガアドは肩をすくめる。


「見ろ、こんなボロボロの老人がいまさら生き長らえようと苦心するか? アルカディアが終わるといっても、私の余生くらい穏やかに暮らすだけの余裕はまだまだあるさ」


 言われてみればそうか。

 今でこそ状況はかわったが、中央発電区、統括港都市とおおきな区画は生きていた。

 

 滅ぶといっても今日、明日の話ではない。


「だが……エイト、ひとつだけ頼みがある」

「言ってみろ」

「私の娘を、ファリアをいっしょに地上へ連れて行ってはくれないか」

「……。アルカディアの遺伝子は地上世界に連れていけない」

「わかっている。だが、だが……頼む。あの子はかしこい子だ。アルカディアの危険を地上へつたえるような愚かはしない。わかっているだろう、この冒険のなかで、あの子とともに過ごしてきたはずだ」


 思えばオークション会場で水槽にはいった彼女を見つけたのがはじまりだった。


 カジノへおもむいてディーラーを打ち倒し、救出したあと彼女はずっとついて来てくれた。


 個人的な感情でいえば、好ましい子だ。

 だが、大義を思慮にいれれば、やはり地上へ連れていくべきではないのだろう。

 

「……考えてみよう」


 俺は本心を語れず、返事をしてしまう。

 

 あまりにも残酷だったから。

 未来をもつ俺よりも若い彼女を、滅びゆく都市に置きざりにする選択を、俺なんかに選ばせないでほしい。


「感謝する、エイト」


 ガアドは静かな声でいい、俺の肩に手をおいて、潜水艇のほうへもどっていった。


「エイトくん、なにを話してたんだ?」

「なにも。さ、はやく病人たちを始末しよう」


 リーシェンとともに俺は酸素街へと足を踏みいれた。

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