第53話 救出作戦 前編

 

 拳闘場に戻ってきた。


 先ほどのグランドマザー・タンパク源の襲撃のせいか、案の定トーナメントは続いてはいなかった。

 天井が大きく崩落し、壁には穴が開いている。


「誰かが戦った跡? ここでやりあって……そのまま外へ行った?」


 破壊跡から察するに、戦っていた者達はバトルフィールドを拳闘場のそとへと移していったようだ。

 また、壊れ方の規模から人間レベルの戦いじゃないように思えた。ともすれば、答えはひとつだろう。


「ラナと超能力者が戦ったのか。敵は追跡してきてたハンターズ……まずいな」


 拳闘場には誰もいない。

 ガアドとファリアも戻って来ていない。


 俺はスマホを取り出して、唯一持っている連絡先に電話してみる。


「……なんで出ないんだよ」


 10回ほどコールしても、ガアドが電話に出ることはなかった。

 俺は行き詰まり、遠隔でつけておいた結界索敵網のための、液体金属の位置をさぐる。

 しかし、それにも引っかかる影はない。

 すぐ近くには誰もいないらしい。


 ──トゥっトゥルー


「着信!」


 ガアドから折り返しの電話がかかってきた。

 俺はすぐに出て、マイクに語りかける。


「ラナを見失った。トーナメントは中止だ。『クィーン』も運営も観客達もみんなどっか逃げたみたいなんだ。すぐに合流したい。今どこにいるんだ?」


 早口にまくし立てる。

 しかし、向こうは黙っているだけだ。

 遠くで荒い息遣いが聞こえた。

 マイクの奥の奥……ガアドがうめく声のように聞こえた。

 じゃ、電話に出てるのは誰だ?


 俺は薄気味悪くなると同時に、なにか異常が起きたのだとさとる。


「お前が終焉者か」


 電話越しの相手は言った。

 やはりガアドの声ではない。


「……お前…誰だ?」

「私か? 私は少佐だ。ハンターズを率いてちょうど君を探しているところでね」


 ハンターズ?

 追跡者のリーダーか。

 それが、なんでガアドのスマホを……。


 俺は理由に思い至る。

 なにやら、トラブルがあったと見える。

 ガアドとファリアとキングが戻って来ないのは、道中でハンターズに襲われたからなんだ。


「キングは生きてるのか? ガアドとファリアはどうした?」

「生きてるさ、今はまだな。だが、君の行動次第で彼らの命がこの先もあり続けるかは、わからない」


 俺は考える。

 口ぶりから察するに、ガアド、ファリア、キングは彼らに捕まっている。

 では、ラナは?

 ハンターズと戦ったラナはどこにいる?


 手がかりは現状ではなにもない。

 脱出のための潜水艇へのカギは、ガアドしかないのだ。今、彼を失うわけにはいかない。


「……どこにいけば、会える」

「良い心掛けだ。我々が君に、とても会いたがっていることは理解していただけているようだ」

「御託はいい。さっさと教えろ」

「そう焦るな、終焉者、今はまだ──」


 少佐はそこで言葉を切った。

 マイクに布がかすれる音がする。

 さらに、奥から瓦礫が崩れるような崩壊音と、金属が弾けたような炸裂音、火薬の爆発音などが聞こえてくる。


 激しい戦闘を行なっている?


「失礼。取り込み中なんだ。また電話する。すぐに出られるようにして起きたまへ」


 通話は一方的に切られた。

 

「今の音……」


 俺は揺れるアルカディアの原因の、グランドマザーの方角を見る。耐圧ガラス越しにもわかる超スケールの節足で、今も海底都市を破壊し続けている彼女の足音で、巨大な高層ビルがちょうど真っ二つに折れるところだった。


「義手の男も事情が変わったとか言ってたな。ハンターズが俺より優先してるのって、グランドマザーなんじゃないのか?」


 口に出してみると、すんなり納得できた。

 ともすればグランドマザーが今襲っている付近に、ハンターズと少佐、そして、捕われたキングとガアドとファリアがいるはずだ。


 迷っている暇はない。

 俺は一番危険な地域を目指して走りはじめた。


 ラナのことが気になったが、闇雲に探すより、目に見える目標へ向かうべきだと理性が告げた。

 

 グランドマザーが攻撃してる地域はすぐ近くだった。おそらく同じ区画内なのだろう。


 途中、通路が閉鎖されていた。

 ガアドがハッキングして開いていたタイプの電子ロックの扉だ。


「たしか、電気を操れるとか何とか……」


 俺は扉に近づき、操作パネルに触れる。


 何かが息づいているのがわかる。

 妙な感覚だった。頭ではなく心で理解すると言うべきか。


 尋常ならば、極小の世界すべてを知ることは出来ない。

 けれども、俺になら電子世界に、他者よりも優れた支配を行えると本能で察した。

 

「……」


 無言で集中する。

 機械のなかに潜む息吹き。


 さあ、扉をあけるんだ、エイト。


 科学は勉強してないが、それを上回るセンスは女神が与え、俺が昇華させたんだ。

 出来ないことはない。


 さあ、扉を、開けて見せてくれ。


「…………チッ」


 俺は額の汗をぬぐい、手首を軽くならし、パネルの操作を諦める。


 そして、閉鎖された扉の前に立った。


 流石に勉強すらしてない俺には、進化したスキル〔電界碩学でんかいせきがく〕を使っても機械の操作は無理だった。


「金属も操れるって言ってたな」


 俺は閉鎖された扉そのものに語りかける。

 スキル発動、さあ動いてくれ……。


 ん、おや、こいつは動きそうだぞ。


 俺は道中、ガアドに教えてもらった磁界の基本を思い出す。

 そして、がっしりと磁力で出来た腕をイメージして、扉を掴み思いきり引き剥がした。


「左手の法則だぞ、と」


 閉鎖扉が勢いよく剥がされ、後ろの壁に突き刺さる。


 おお、磁力の操作、すごい力だ。

 今までは液体金属だけ操っていたが、もう目につく鋼すべてが俺の操作対象というわけか。


 俺は背後に突き刺さった扉を見る。


「練習は必要だな」

 


 ──しばらく後



 揺れが激しくなってきた。

 深海が震えるような咆哮も聞こえる。


「グランドマザーが怒ってるのか……?」


 あたりに人影はなく、アルカディア市民達は避難しているようだった。

 だが、それにも関わらず人影を発見する。

 そいつは負傷した肩を押さえながら、走って来る。

 だいぶボロボロになってるが、間違いなく寂れた酒場の主人ガアドだった。


「ガアド、平気か…!」


 俺はとっさに叫んだ。

 ガアドは虚な眼差しでこちらを見る。


「手を貸してくれ…」


 ガアドは弱気につぶやくと、膝を折って、地面に倒れた。

 すぐに駆け寄り、抱きおこす。

 出血がひどい。治療ポーションなり、白魔術による処置が必要に思われた。


「ガアド、しっかりしろ! あんたが死んだら俺たちどうすれば、いいんだ……っ」

「ああ…そうか、やはり、ガアドは、終焉者を支援していたか……」


「……?」


 意味わからない言葉をつむがれ。

 俺は眉をひそめる。


 その瞬間──、


 ──ピギィイ


「ぁ、ア……ッ?!」


 腹部から強烈な痛みが襲って来た。

 這い登ってくるひび割れる恐怖。

 それは一瞬で全身に広がり、皮膚の感覚をなくし、筋肉を万本の針で突き刺すような、鋭い痛みとなって自我すら侵してくる。


 寒い、寒い、寒い……ッ!


 俺の体のすべてから熱が奪われて、いつしか『冷たい』以外の思考が消えていた。


 こもった声がかろうじて機能する耳に聞こえてくる。

 

「存外にたやすかったな、終焉者」

「ぁ、ぁ」


 視界が8つにひび割れた。

 眼球が砕けたらしい。薄氷張った俺の目の前で、ボロボロだったガアドは、奇特な銃を片手に、立ち尽くす。


 どうして?

 なにが?

 なにをされた?

 

 何が起こったか、思考すら叶わないなか、ガアドの姿が一瞬、紫色の煙に包まれた。

 煙が晴れた時、黒いコートの男がそこに立っていた。


「驚いたかな、終焉者。ガアドが得意とするコカスモークの一種だ。私もなかなかのものだろう」

「ぉ、ぅ…」

「絶対零度、喋ることすら叶わんか」


 残念そうに男は言い、奇特な銃を腰にしまい、代わりにハンドガンをホルスターから抜く。

 薬室に弾が込められているのを慣れた手つきで確認して、俺に銃口を向けた。


「わたしが少佐だ。名も知らない終焉者」

「ぁぅ…ァ」

「こんなにたやすく始末できるか……やれやれ、もう少し楽しめると思ったのだがな。君には失望したよ。──では、さよならだ」


 少佐はそう言い、引き金をひいた。

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