第56話 蟲体錬成


 死んだ。


 絶対死んだ。


 終わった。


 本当にありがとうございました。


「あれ……死んだ? ………………ん?」


 まだ声が出ている。

 呼吸が続いている。

 肌の熱、震える指先、恐怖も終わらない。


 これは生きてる熱だ。

 わたしが生きている証だ。


 ファリアは打たれた幻痛を薄い胸に押さえてそっと目を開ける。

 今確かに空気が破裂して、音速を突き破る稲妻の音がした。

 ならば、必滅の電雷にピリオドが打ったと考えるべきだろう。


 ではなぜ?

 なぜ生きてるのだろう。


「ぐぎ、ぃ……!」

「ぁ…」


 無残な姿のキングは泣いた。

 やっぱり救世主ヒーローだったと確信すると共に。


 ファリアは目を見開き、瞳を潤ませる。

 この人はいつも自分を助けに来てくれる。


「エイト、様……っ!」


 ファリアとキング。

 2人と落伍者たちの間に身体を挟んだ男。

 腰に布きれ一枚巻いたほぼ全裸の変態。


 彼の名はエイト・M・メンデレー。


「ぐぎぃぃぃいいいいいい゛い゛い゛ー!」


 耐圧ガラスの外に見える、グランドマザーを引き連れて助太刀に来た海底探検家だ。


「ぁ、あ、ぐぁああ!」


 落伍者たちは雷を手で受け止めたエイトに、歯茎をむきだして威嚇し始めた。巨大な脅威の現れを獣の本能で察していた。


「俺が相手だ。かかってこい」

「ぐあああっ、ぁ、ああ!」

「どうしたよ。こいよ、アルカディアの連中は腑抜けばかりなのか」


 エイトは鼻で笑い〔電界碩学でんかいせきがく〕で受け止めて〔収納しゅうのう〕でポケット空間にキープしていた雷を手のなかに取り出した。


 そして、自前の魔力をこめて、落伍者たちへ向けて放電した。バヂィバヂィッ、と空気宙を泳ぐ稲光が音をたてる。


 落伍者たちはなす術なく、爆雷の波動に弾き飛ばされて遠くまで吹っ飛んでいった。


 あまりにも凄い音が鳴ったと、ファリアは耳を押さえたままプルプル震えた。


 ビリビリと雷をまとうエイトの右手。

 本来なら幾ばくかダメージが跳ね返って来そうな乱暴なしっぺ返しだ。

 でも、大丈夫。

 こんがり焼けたように煙を上げているが、ステータス頑丈の値が87,319もあるので自傷ダメージは受けていない。

 

「ファリア、大丈夫か?」

「え、エイトしゃまぁ〜……ッ!」


 ファリアは涙ぐみエイトの胸に顔をうずめる。この数時間で何があったのか、ずいぶんとたくましくなった、彼の胸板は彼女を万軍の味方を得た気分にさせてくれた。


「あ、それより、キングちゃんが!」

「わかってる」


 ファリアはエイトに道を開ける。

 ボロボロに傷ついたキングの姿は、見るも無残なありさまであった。

 甲羅はほとんど剥げて割れてしまい、柔らかい肉は焦げ、晒されてしまっている。

 足も何本も折れて、とめどなく血が流れていた。


 助ける方法はない。

 最高級の治癒ポーションがあっても、癒すことは難しいように思われる。


「キングちゃん? 聞こえてる、キングちゃん?」

「ぎぃ……ぐぎぃ…」


 返事は判然としない。


 ファリアは堪えていた涙をこぼして、わんわん、と泣き出してしまった。


 エイトは──エイトは──泣かない。


 口をきゅっと結び、眉根を寄せる。


「これは別れじゃない」

「エイト、様……」

「ピンチは新しい閃きを得るチャンスってグランドマザーが言ってたんだ」


 エイトは「そうだろ?」と問いながら、耐圧ガラスに顔を張り付けて、瞳をうるうるささてるグランドマザーを見た。


「ぐぎぃぃいいいいいいい゛い゛い゛ー!」


 咆哮が轟き、深海が揺れる。

 我が子を思う母親の怒号。

 あるいは勇敢な勇者を称える賛美か。


 ただ、その衝撃で耐圧ガラスなど、あめ細工ごとく木っ端微塵に砕け散ったのは事実だ。


 海水がどっと押し寄せてくる。


 エイトは素早くあたりの海水を電気分解し、同時に空気中の酸素を操作して、半径6メートルほどの気体フィールドを生成した。


 電子操作も手慣れたものだ。


 安全圏を確保して、エイトは何か策はないものかと考える。


「何か出来るはずだ。俺のスキルを工夫するんだ。なにか、なにか、出来る……そうだろう、グランドマザー」

「ぐぎぃぃいぃいいい!」


 グランドマザーは太さ数メートルの先端の尖った節足をエイトの近くに寄せる。

 空気の層に先っちょだけぶっ刺す感じになった。


 彼女の節足に触れ、エイトは瞳を閉じる。


 偉大なる母のたくわえた膨大な英知のなかに、エイトは答えをいくつも見つけ出した。

 キングを救うための選択肢は、グランドマザーが知る限り200は下らない。


 エイトはそのうち、自分に真似できそうなものを選ぶ。


「元素…電子の数の組み合わせ……電子の操作…それは、物質世界の支配、なればこそ…俺はどんな不可能も可能にできる……?」


 エイトは付近に存在する膨大な元素から、キングの体を構成する物質を分析、理解して、彼の体を再構築するために必要な素材を探す。


 キングの割れた甲羅。

 流れ出した血液。

 散った肉。

 

 欠如してるが、たりない有機体は自分の体と魔力で1から練り直す。

 それを成すだけの強大な魔力は、過酷な深海生活と、環境に耐える為進化し続けたエイトの体が補填してくれる。

 積みあげた時間のすべてが、エイトの使える武器だ。


「ぐ、ぐ……ぎ、……ぃ」

「必ず助ける」


 エイトは語りかけ、キングを中心に巨大な電界を展開した。

 酸素で満たされた部屋の中、人類の叡智を追い抜いた、禁断の錬金術が執り行われる。


 ──異世界には錬金術師がいる

 彼らはもっぱら魔法と科学を使い、魔導具やポーションを作る事が仕事であるが、中には彼らは何代にもわたって、物質世界の支配

、黄金の錬成を目指す者たちもいる。

 

 古典派錬金術師と呼ばれる一団だ。


 伝統を思んずる彼らは知りもしないだろう。

 目指した境地が、遥かなる深海で、ついに実現したということなど。

 数千年の大望が何も分かってない若造の手で達成されてしまったことなど──。


 これも彼のステータスのうち、器用さに関する技量の値が149,019ある恩恵だ。


 たいていの技術ならば、見ただけで真似出来る。深海の怪物のなかで眠っていた机上の空論も、やり方さえわかれば、圧倒的センスで成せる。


 もっとも、エイトは未熟。


 グランドマザーの助けがなければ、錬金術の真似事など出来はしない。


「ふぅ、ふぅ、あとちょっと……」

「エイト様、頑張ってください! ファリアは応援しています!」


 天文学的数字の操作は集中力を要求した。

 たが、エイトはやり遂げた。

 暗黒の深海を突破した実力、精神ステータス161,440は伊達ではない。


 エイトはキングの体を再構築し終えて、ほっと一息つく。


 錬成という医療行為は終わった。しかし、キングは床の上でぐったりして動かない。


「キング……?」

「まさか、失敗…」


 不安がよぎったその時。


「ぐぎぃ!」


 キングはむくりと起きあがり、自慢げに立って見せた。


「キング!」

「ぐぎぃっ!」

「キングちゃん!」

「ぐぎぃ!」


 すっかり元気になったキング。

 

「あれ? でもツノなんか生えてたっけ?」


 頭のうえに尖った角がある。

 

「エイト様が間違えてくっつけちゃったんじゃないですか?」

「まさか。そんなミスはしないさ」


 そのまさかだった。

 角はエイトか再構築をミスって、個人的なセンスで無意識のうちに装着したものだ。


「ぐぎぃ♪」


 もっとも本人はとても嬉しそう。

 復活祝いのプレゼントと勘違いしたらしい。


「ぐぎぃ〜」


 元気になったキングは、空気の層を飛び出して海の中へ。

 そして、外で心配そうにしていたグランドマザーのもとへ向かった。

 思念で何か話しているようだったが、エイトにもファリアにも何も聞こえない。


「お母さんですかね?」

「どうだろう。キングはアルゴンスタの中じゃかなり大きい部類だけど……流石にグランドマザーのマザーの子供ってことはない気がする……」

「にしても、大きなアルゴンスタですね! この子がアルカディアを襲ってたんですか!」

「ああ、さっか氷漬けにされてたりして大変だったんだ」

「氷漬けですか」

「氷漬けだ。……ん?」


 いつの間にかファリアがそばに寄って、肩にしなだれかかっていることに気づく。

 エイトはさりげなく、身を引く。

 ファリアは逃がさない。腕に手をまわして抱きついてしまう。


「氷の話してたら寒くなって来ません?」

「いや、別に……」

「…エイト様、なんで逃げるんです?」

「……何言ってる、逃げてるわけじゃ…」

「もうわたし達は兄妹なんですから仲良くしましょうよ」

「? というと?」

「兄妹なんです。らしいですよ、エイト様」

「誰にそんな与太話吹き込まれたんだ、ファリア。そんなわけないだろ。いろいろと」


 そう、いろいろ、そんな訳がない。


 ふと、ファリアが「ああー!」叫ぶ。


「そうですよ! パパを探してる途中でした!」

「ああ、そうだ。俺もいろいろ確かめないと。どうやってハンターズから逃げたんだ? 捕まってたんだろ?」


 エイトはファリアとお互いの情報を交換しあう。


 エイトの勘違い。

 ファリアとキングの冒険。

 ガアドの勇姿。

 少佐の舐め腐ったハッタリ。

 

「そうだったのか……」


 すべてを知り、エイトは顎に手を当てる。


「とは言え、ファリアとキングが無事だったのはよかった」

「でも、ラナちゃん、いないんですよね?」

「ああ。でも、グランドマザーが見つけてくれた。俺たちは道中にファリアとキングを見つけたから寄ったんだ」

「っ、それじゃ、はやくラナちゃんを助けに行かないと!」

 

 ファリアとエイトはうなずき合い、超能力者と戦い消息を経ったラナを助ける為、移動を開始した。

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