第55話 勇者として

 

 ──ファリアの視点



 またすごい揺れた。

 以前に深海生物の襲撃があった時は、すぐに撃退されたのに今回は対応がやけに遅れている。


「それとも、深海生物のほうに違いが?」

「ぐぎぃ」

「そうだね、キングちゃん、どのみち急がないとね」


 ファリアとキングは、落伍者たちから銃弾と使えそうな物資を奪いとって、先を急いだ。


 しかし、まだ落伍者たちは出てくる。

 シャドーストリートは終わらない。


「フォルムチェンジ!」

「ぐぎぃ!」


 ファリアの合図でキングが丸まった。

 間髪入れずにレイガン・ガアド式で撃つ。


 転がるフォルムのキングはパチンコ玉のように打ち出されて、凄まじい速度で地面を滑っていく。そして、廊下を端をバウンドしまくって、落伍者たちを片っ端から吹っ飛ばした。

 さながらモンスターストライクか。


「あ、出口が見えたよ、キングちゃん! たぶんあの先が『統括港都市』だ!」

「ぐぎぃ♪」


 ご機嫌な二人。


「ぐあ、ぁあ!」

「ん、待って、ライトニング!」


 ファリアは出口付近に、青白く稲妻の発光するアザを持つ落伍者を見つけた。


 頭は狂って使い物にならなくても、落伍者たちが持ちうる能力は非常に危険だ。


 なかでもライトニングは乱射されるだけで死体が出来上がる。コカスモークによる無効化も難しいやっかいな超能力である。


 ファリアはすぐさま物陰に隠れた。

 お尻が出てるキングを抱いて、じっと息を潜める。


「どうしよ、怖くて隠れちゃった……」

「くぎぃ」


 ライトニング保有者との戦闘は先手必勝。

 逆を言えば、それ以外の戦いは危険だ。


 彼ら落伍者たちは肉体レベルは人間よりも、超能力者に近くなっている。もっとも多くが手足を欠損していたり、変質時に筋肉や神経を傷つけたりしていて、その能力をフルに発揮できる個体は少ない。


 ただ、ライトニングは違う。


 彼らは電気的信号の応用により、身体さえそろっていれば、超能力者に近い、十分な運動能力を発揮するのだ。

 こと警戒態勢に入られるとやっかいだ。

 微細なうぶ毛で空気の流れを感じとり、敵の動きを補足する。

 そうして気がついた時には、敵対者は必殺の稲妻で焼き殺されている。


 尋常ならアルカディアの中でも、特に戦いたくない相手にランクインする。


 ファリアは息を飲んで、ライトニングの所有者が過ぎ去るのを待つ。


 シャドーストリートもだいぶ進んだ。

 ここを抜ければ『統括港都市』に帰れるのだ。あと一歩で死ぬわけにはいかない。


「来た……、静かに…っ」

「ぐぎぃ…」


 ライトニングの落伍者が寄ってくる。

 さらにあろう事か、排気口からさらに7人の落伍者たちが現れる。


 ファリアは思わず声が漏れそうになった。


 皆、肩から腕にかけて雷を宿しているからだ。

 ありえないピンチ。

 電気的信号で脳が活性化され、徒党を組むことを本能的に為しているのか。


 自分の運の無さを呪った。

 いつも少しのところで失敗する自分。

 ディザステンタの懐への潜入任務も、ヘマをして敵に捕まり、父親を悲しませ、救出にかなり手間取らせてしまった。

 

 ファリアは涙を呑みこむ。

 やはり、自分ひとりでは何も成し遂げられないのではないか、と。


「ごめんなさい、パパ……っ」


 無意味な死はなによりも罪深い。

 命を賭けて救った父への懺悔。


 ファリアは恐怖と不安に淀む。

 そんな彼女のキングはじっと見ていた。


 ──ずっと昔


 海ができるより以前から生きる生物。

 誇り高く、長い時を生き、進化する。

 聖地を取り戻す戦士として育ったキングは、エイトとの過酷な遠征と、夢に見た聖地アルカディアで過ごした時間によって、高度に発達した思考を手に入れていた。

 

 それゆえ、彼は勇敢に戦う。

 不安に怯える仲間を救うために。


「ぐぎぃ!」

「っ、キングちゃん?!」


 キングが物陰から飛び出した。

 転がるフォルムで突進していく。

 勇ましい勇者の晴れ舞台だ。


 ライトニングの落伍者が気付いた。

 バチィっと空気を焦がす放電。

 閃光が煌めき──次の瞬間、丸まったキングを雷が突き刺していた。


「ぐぎぃ、ィイ!?」


 爆雷に吹き飛んで、キングがバウンドしていく。重たい身体が壁に当たって、彼はぐったりとしてしまった。

 自慢の甲羅はライトニングの衝撃に割れていて、そこから赤い血が流れている。


「キングちゃん……っ!」

「ぐ、ぐぎぃ、ぃ……」


 キングはゆっくりと意識を失っていく。

 シャドーストリートを抜ける為の出口には、もう落伍者たちはいない。


 ファリアの身のこなしならば、十分に抜けきれるだろう。


 彼女は何故キングが無謀な事をしたのかさとる。今のキングの行動のおかげで、ファリアの元へ寄っていた落伍者たちがキングに釘付けになっているのだ。


 彼は囮をかって出たのだ。


「ぐ……ぃ、ぎ…、ぃ…」


 自分の命の終わり。

 けれど、満足だった。


 仲間の道を開けたのだから。

 勇敢に戦ったのだから。

 それでまったく良いのだ。


 ただ、心残りがあるとすれば。

 自分を相棒と呼んでくれた彼に、自分の成長を見せたかったことか。

 

 武器屋で強大な敵から仲間を守った。

 死に怯える味方の為に活路を開いた。


 もう暗闇で守ってもらっていただけの、まるまる事だけが特技のダンゴムシではない。

 仲間の多くを見捨て、怪物たちから逃げるしか出来なかった弱き王ではない。


 そう、彼に、教えたかった。


「ぐ、ぎぃ……!」


 キングは最後の役目をまっとうする為に、起き上がる。

 落伍者たちは身走った目玉で、まだ動くアルゴンスタを見た。

 人数は6人。まだ六発雷が残ってる。

 総エネルギー量……未知数。

 食らえば蒸発してしまうかもしれない。


 だが、キングは引かない。

 彼は勇者だからだ。


「ぐぎぃい!」


 空気が焼きつき、閃光が走った。

 3発の雷撃がキングの周辺を撃ち抜く。

 甲羅が爆発し、節足が転がった。


「うぅ…キングっ、キングちゃん…!」


 ファリアは彼の思いを無駄にしない為に、唇を噛み締めてシャドーストリートの出口を目指す。

 物陰の隙間からキングのいた現場が見えたが、そこは真っ黒に焼けていた。生臭い焼けた有機物の臭いが充満している。


「……ぎ、ぃ、ぃ」


「…キングちゃん……っ」


 しかし、キングはまだ生きていた。


 立派な甲羅が破れても彼は声を轟かせる。

 自慢の足を折られても、なお勇ましい。

 もうコロコロ出来ないくらい歪に変形してしまった身体だけれど、心の形は変わらない。


「…、ぎ、ぃ……ぐ、ぎ……ぃ!」


 王の最期の咆哮。


「キングちゃん! もういいよッ!」


 ファリアは涙を浮かべて、キングを守るように立ち塞がり、レイガンを素早く構える。


「やらせないッ!」


 早撃ち3連射。しかし、殺せた落伍者は2人のみ。並外れた体の反応速度では、タイミングを測らなければ、当てられるものも当てられない。


 超人のフットワークで攻撃を避けた落伍者のひとりが腕をあげた。雷はリロード済み。


 瞬間、稲妻の閃光が走る。


 これは雷。

 先駆放電の秒速200kmの雷だ。


 アルゴンスタの甲羅で数発耐える。

 人間では直撃時の絶命は必定。


 ファリアは自分の愚かな行いを悔いた。

 キングがせっかく作ってくれた時間。

 すべてを無駄にするなんて。


 走馬灯を許さない必殺がファリアに貫いた。

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