第20話 再会


 小峰マクレインの後をつける。

 

 俺たちは都市の明るさで視界の効く深海に囲まれた耐圧ガラスのドームへやってきた。


 透明な壁の向こう側で、海底での作業をする潜水服を着た人間や、そのまわりを泳ぐ小魚が見える。


 天井を見上げればひたすらの闇なのに、この海底だけは明るい。不思議なものだ。


「ここら辺でいいだろう」

 小峰マクレインは、付き従っていた護衛者たちを遠ざけ、つぶやいた。


 深海のど真ん中、ガラスのドームから小峰マクレインの指示ひとつで退場していう護衛者たち。彼らは俺の横をぬけて、さっていった。

 俺は嫌な予感がしながらも、10メートルほど後ろの物陰から小峰マクレインの一挙手一投足を見逃さないよう観察していた。


「まるで素人じゃねえか」


 小峰マクレインはつぶやき、胸ポケットから取り出した葉巻に、ジッポライターで火をつけて吹かしはじめる。

 俺は勘付かれていると悟り、自分からガラスのドームへ足を踏み入れた。 

 小峰マクレインが振り返ってくる。

 かたわらのラナはうつむいたままだ。


 彼は葉巻を吹かしながら、こちらを見つめ、品定めするようなその瞳を俺は見つめ返した。


「アナザーの女が欲しいってか? わからねぇな……俺が誰か知らないわけじゃないはずだろう」

「あんたが誰かなんて知ったこっちゃない」


 俺はポケットから魔槍を取りだした。

 瞬間、小峰マクレインの隣にいたラナがピクッとして、顔をあげてこちらを向く。


「……えい、と?」


 ラナは覇気なくかすれた声をだす。


「ラナ。話はあとでゆっくり聞かせてもらう」


 俺は魔槍の魔力と同じ色の、そのオレンジ色の瞳を見つめて言った。一刻も早く彼女を助ける。その事しか俺の頭にはない。

 小峰マクレインは葉巻を吹かしながら、じーっと俺の顔を見つめてくる。

 ヂリヂリと、葉っぱが赤く照り、炎の明るさがおさまると、無性髭をたずさえたワイルドな口から煙がはかれた。


「はあ……そうか。地上の人間が一夜にふたりも紛れ込むなんて……アルカディアが変わろうとしてんのかねぇ」


 小峰マクレインは葉巻を口にくわえ、腰のホルダーから銃を抜きやすく、ジャケットをめくった。戦闘態勢か。


「エイト、エイト! やっぱり、生きてたんだ……」

「しーっ、嬢ちゃんは黙ってな」


 茫然と立ち尽くすラナへ、小峰マクレインは片手をかざす。

 すると、ラナは小さくうめき、まぶたを閉じた。ドームの端っこへ追いやられるラナを見ながら、俺は眼前の男が、何かしらの不思議な力を使えるモノだと推測する。


 鋭い目線が俺を射抜いてくる。


「で、俺を殺すかい?」


 俺は魔槍をまっすぐに構えることで、敵への答えとした。


「そうこなくちゃ──欲しいもんてに入れるためにりあうのが男ってもんだ」


 楽しげな呟き。

 小峰マクレインの全身を目に見えぬチカラが包み込んでいくのを感じとる。

 俺は魔槍をまっすぐに、地面を踏み切って突撃した。


「遅いねえ──」

「ッ」


 気がついた時、小峰マクレインは銃を抜いていた。

 否、もう撃っていた。

 俺は立ちどまり、槍の柄で弾を受ける。


「ぐっ!?」


 その時、俺は手元にずしっと急激な″重さ″を感じた。

 これが銃の攻撃による衝撃力だと思い知らされながら、ガラスドームの床を3メートルほど滑って後退する。


 今の弾、ほとんど見えなかった。

 酒場で撃たれたモノとは別物ってわけだ。

 当たったら──タダじゃ済まないかも。


「?」


 小峰マクレインの銃の威力に慎重になっていると、おかしな事に気がつく。

 目の前の男が、目を見開き俺を見ているのだ。


「何十年ぶりだろうな。俺が初弾で人を殺せなかったのは」

「そんなに不思議か?」

「ああ…不思議だねえ。お前、今の重たくなかったのかい?」

「? 重たいさ。だが、そんな小道具頼りの攻撃なんて、所詮はちっこい鉄を飛ばしてるだけだろ。脅威じゃないね」

「ほぉ、言うねえ。この銃弾はマナニウムの恩恵にあやかった特殊な弾丸でな、。つまるところ、お前が受け止めた重さは、本来の弾丸の重さの約7,000倍なんだけなあ…おかしな事にまだお前は生きてる」


 7,000倍。

 その数字がどんな意味を持つのか俺は知らない。

 だが、虚をつく事が出来たらしい。


「どうした、小峰マクレイン。怖いか? さっさとラナを返せば、見逃してやってもいい」

「いや、まったく? ──むしろ楽しくなってきた」


 小峰マクレインは肩をすくめる。


 瞬間、彼の目つきは変わり、同時にその体は照準をつけて狙う事なく、腰だめで5発もの弾丸を連射をしてきた。


 俺は魔槍を素早くふりまわし、弾丸を弾く。


 しかし、2発弾いた段階で体幹をくずしてしまい、続く3発、4発、5発を体にマトモき喰らってしまった。


 小峰マクレインは銃をクルクル回し「あっけないもんだ」と言って、銃口からのぼる煙をふいた。

 一方、俺は──


「痛ってぇええ!?」


 あまりの激痛に驚き、火傷とともにをおさえていた。


 今まで経験した事がない痛み。

 強いて言うなら火傷に近い感覚。

 すごく熱かった。

 だが、思ったよりかは大丈夫だ。

 こんなの受けたって、


「ただ痛えだけじゃねえか!」

「ッ、痛ぇ? そんなんで済むわけ──チッ、駆逐艦を沈める弾丸だぞ、どうなってやがる!」


 距離をつめると、小峰マクレインは苦しそうな顔をして、カラダを包みこむオーラを増加させた。


 俺は一撃必殺の槍を突き出す。

 だが、彼は膝をうまく使って槍先をそらし、銃の尻で俺の顔面を殴ろうとしてくる。


「3,000万ジュールの拳骨だ!」

「意味わかんねーよ!」


 俺は頭突きで小峰マクレインの銃尻と真っ向勝負した。


「ァ゛っ!?」


 頭突きの衝撃に苦しそううめき、拳を押さえて小峰マクレインは銃を取り落とした。俺のおでこが勝ったらしい。


「痛った…」


 俺もかなり頭が痛くなった。


 それでもすぐに攻勢を立て直す。

 俺は槍の尻で、小峰マクレインの側頭部を打ち、ひるんだところへ、槍先を直上から振り下ろしてトドメを刺しにかかる。


「舐めるなよ…っ、異世界人!」

「っ」

 

 小峰マクレインの目の色が、青く発光しだした。


 すると、彼の手に″見えないチカラ″を収束させて集中していくのがわかった。

 信じられない事に、彼は俺の槍に速度が乗るまえに、素手のまま掴みかかってくる。


「ぐっ」

「掴んだもんは離さねえ!」


 結果、槍は振り下ろされる前に小峰マクレインき完全に止められてしまう。


 魔力を帯びて強化されている魔槍の刃を受けとめるとなると、やはりこの小峰マクレインという男は普通じゃないらしい。

 しかし、こんな事で諦める俺じゃない。


「そっちも【槍使い】舐めんな……ッ」

 

 俺は呼吸を整えて、魔槍を全身の力をつかって思いきり引きぬいた。

 小峰マクレインの手から指が2、3本取れ、ひるんだ隙に2歩だけ間合いをあける。


 そして、俺は腰を落として、槍先に全集中力をそそいだ。


 ──ありし日の海岸での修行風景が蘇る


 ラナと共に、必死に基礎を極め続けたどり着いた技のひとつに『二重槍にじゅうそう』がある。


 本来は息もつかせぬ二連撃を指すこの技。


 だが、海辺の岩壁に同時に二つの穴を穿つラナの勇姿を見て、俺だっていつか、そんな絶技を使えるようになりたいと願っていた。


 現在の肉体スペックと、積みあげた槍の技術の基礎力、海底で密かに練習し続けた時間をもってすれば俺にも絶技が成せる。


「すぅ……『多重槍たじゅうそう・八式』」


 研ぎ澄まされた感覚。 

 俺はゆったり流れる世界で、ひと刺しに八つの魂を込めて解き放つ。

 時間が現実に引き戻された時。

 遅延させていた事象の渋滞は一気に現実に追いついて精算される。


「ぁあ?! なな、なに、が……?」


 一撃で8つの大穴を穿たれた小峰マクレインの死体が、血肉をひきずってガラスドームの壁に叩きつけられた。


 驚く事に、彼は即死せず、胸から下が千切れているというのに、まだ意識が保たれているようだった。


 小峰マクレインは、口をパクパクさせ、諦めたようにうなだれる。


「数奇なもんだ。今朝、起きた時はこんなところで俺という存在が終わるなんて、思いも寄らなかったぜ……」


 小峰マクレインは息も絶え絶えに言った。


「人生、何があるかわからない。気がついたら海底に煌びやかな都市が現れたりする」

「ははぁ…たしかにその通りだな…異世界人。……冥土の土産に聞かせてくれねぇか」

「なにをだ」

「お前がリーダー達の恐れていた……アルカディアを破壊するっていう……『終焉者しゅうえんしゃ』なのか……?」

「『終焉者しゅうえんしゃ』? いや、まったく分からないな。俺はたまたまこの都市に辿り着いた……ただの海底探検家だ」

「そうかい、関係ないやつに俺は消されたわけか……でも、悪かねぇな……」


 小峰マクレインは薄く笑うと、銃をこちらへ投げてきた。


「コルト357.アルカディア・エディション」

「長いな……コルトと呼ぼう」


 俺は銃を腰裏のベルトにはさむ。

 使い方はだいたいわかるし、役に立つ時が来るだろう。


「どうして銃をくれるんだ?」

「なに、俺にはもう必要ねえってだけの事だ…」


 小峰マクレインはそう言うと、もう喋ることはないと言う風にうつむき静かになった。


 俺はガラスドームの端でスヤスヤ眠るラナに急いで駆け寄った。



 ─────────────────────────────



 俺はラナを連れて人気のない倉庫に飛びこんだ。


 物陰でラナを横たえて、俺はその隣で彼女が目覚めるのを待つ。


「ラナ…」


 時折り待つのがじれったくなり、彼女の肩を揺すった。けど、寝てる女の子にペタペタ触るのはいけないような気がして、大人しく待つことなした。


 彼女の顔をじーっと見つめる。

 やはりラナだ。

 これは間違いなく幼馴染のラナ・アングレイに違いない。


 黒く長い髪。

 形の整った鼻と、綺麗な肌。

 いつか竜にまたがり、槍を振ることになるだろう『灯台の都市』の顔であり華だ。

 

「だけど……なんか、いろいろ成長してるような……」


 俺は眠るラナを観察しながら、そんなことをつぶやいていた。

 どことは言わないが、ラナの部位は凄まじく豊かな発達を遂げている。

 身長も俺と同じくらい高い気がする。

 また、顔にも幼さは消えて、大人びた印象が強くあった。

 俺が海底にいる間に、ずいぶんと変わったらしい。


 ずっと一緒にいた身としては、ラナの成長観察記録が途絶えてしまったようで、悲しい気持ちになった。

 いついかなる時も、となりで彼女の横顔を見ていたかったのに……無念だ。


「ん、んぅ……」

「っ、ラナ、ラナ起きた?」


 待ちわびた時が来た。

 もぞもぞ動きだす彼女を見おろす。

 やがて、まぶたが持ち上がった。


「大丈夫? ラナ? どこも痛くない?」


 俺はラナの手を握る。

 すると彼女は弱く俺の手を握り返してくれた。


「エイト…」

「ラナ……おはよう」

「…あはは、そうだね、すごく長い夢を見てたみたい。今ようやく……目が覚めたよ」

 

 ラナは静かに起きあがる。

 安堵する表情に、俺もまた穏やかな気持ちになった。

 ラナがゆっくりもたれ掛かってくる。

 俺はすこし躊躇し、迷ったが、彼女の肩をそっと抱きとめることにした。体は大きくなっているが、俺は不思議と彼女がかなり痩せているように感じた。


「ん、そういえば、小峰マクレインは?」

「あいつなら、もう倒した」


 俺は小峰マクレインから貰ったコルトを出して見せる。


「凄い……、あの男、強かったでしょ?」

「うーん、それほどでもなかったかな。楽勝って感じ」


 本音では結構、強かった。

 小道具でもあれほど強力になると馬鹿にならない。死ぬかと思ったし……。

 が、ラナの手前だ。すこし無理して格好つけたっていいだろう。


「小峰マクレインは超能力者のひとり。それを倒せるなんて、エイト、本当に強くなったんだね」

「海底に長いこといれば強くならないと生きてけないからな」


 俺の言葉にラナは「そうね、本当に長かったよね……」と遠い目をして天井を見上げた。


 俺はラナの綺麗な横顔を眺め、質問してみることにした。


「どうして、海底都市に?」

「もちろん、エイトを助けるために決まってるよ。わたしの大事な相棒を見捨てるわけないでしょ?」


 ラナは気恥ずかしげに、頬を染め、にへーと愛らしい笑みをうかべる。

 あまりにも眩しくて、俺は自分の顔が耳まで熱くなってきてる事に気づいた。

 とっさに目を逸らす。危なかった。


「そ、そっか、ふーん。ふふ、そうだよなあ、俺たち相棒だもんな〜」

「ねえ、エイト。何があったのか、聞かせてくれない?」

「俺も聞きたいことがたくさんあるんだけど……まあ、いっか、俺から話そう」


 ラナはおしりをスライドさせて、俺の隣にぴったり肩をあわせて来る。

 俺の話を興味ありげに聞く態勢だ。


 俺は2ヶ月近く前の出来事を思いだし、ひとつずつ簡潔に話していった。

 夜、ジブラルタに呼び出されたこと、彼と喧嘩になり、そのまま海から突き落とされたこと。

 目が覚めたら、そこは深海20000メートルの世界であり、冷たく、暗く、重く、空腹と疲労で死にかけたこと。


「あ、そうそう、実は俺さ、伝説の英雄マクスウェルに会ったんだ」

「? 海の底にマクスウェルがいたの?」

「そうなんだ。どういうわけか深海で昼寝してたとか、なんとか……」

「海の底で眠るなんて、流石は伝説と呼ばれるだけあるってことかな?」

「さあ、どうだか…」


 正直、師匠については謎が多すぎる。

 世界を救うとはなんとか、スケールの大きな話をしていたし……。

 まあ、またいつか会えるだろうし、その時にでも明らかにすればいいだろう。

 

 俺は話をつづけた。

 ダンゴムシを食べていた部分は脚色でごまかして、少ない食料で一生懸命生き、巨大な深海生物に襲われながら、壮絶な冒険の果てにこの海底都市にやってきたと、演出込みで語り聞かせた。


 ラナは俺の冒険を楽しそうに聞いてくれた。


 特に海底火山の話をしてあげたら、ラナは目を丸くして驚いてくれた。

 おみやげの溶岩をあとで見せてあげると言うと、案の定「どうやって?」と聞かれたので、俺は訓練の末に獲得して進化したスキルについても教えてあげた。


「エイトは凄いな、ひとりでどんどん強くなって……エイトはこの5年間、ずっと前に進みつづけてたんだね……」

「ラナ、俺は別に…………ん?」


 ラナの寂しそうな、悲しそうな声に俺は何か気の利いた言葉をかけようとした。

 しかし、ラナの『5年間』という謎の言葉が俺の気をひいて離さない。


「ラナ? え、5年ってなんの……」

「わたしは進めなかった…エイトが消えて、海の底にいるって信じていたけど、わたしは16歳の頃のわたしより、何ひとつ成長してないの…」

「ら、ラナ?」


 俺は彼女の横顔が、深海にやってくる前のあの快活な笑顔でないことに不安を抱いた。

 そこにあるのは、美しく華麗な、けれど天空の太陽のような明るさではなく、湖面にうつる月のような冷ややかなモノだ。


 ラナは変わってしまっていた。


「エイトが海に落ちたって聞いてから今日まで……いろんな事があった。ねえ、エイト、長くなるけど、聞いてくれる?」

「……聞くよ」


 ラナは過ぎ去った時間を話し始めた。





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