第19話 奴隷アナザー

 

 ステージのうえに現れたのはラナだ。


 すこしばかり見た目が大人びているが、そでも幼馴染の顔を見間違えるはずもない。


 騒々しく会場がざわめくなか、司会は俺の気など知らずに競りをスタートさせる。


 焦燥感が覆いかぶさってくる。

 どけ、お前らそこどけよ。席の間をぬって歩き出そうとするが、ラナには届かない。


 最低額は破格の2000万Aドルから始まった。


「これは地上への切符と変わらない価値を持ってるんだ! 俺は2億出す!」


 どよめく観客すべての視線を集めて立ち上がったのは、たくましい髭をたずさえた男。


 競りも何もない。

 大富豪の全財産による殴り合いだった。


「2億3000万!」

「3億1000万!」

「5億3200万!」

 

 俺が動揺しているあいだに、競り合いはヒートアップしていき、ついには『地上のアナザー』こと俺の幼馴染は12億で競り落とされてしまった。


「なんと競り落としたのはあの伝説の『ガンスリンガー』小峰マクレイン!」

「ぐっ、こんな時に限ってなんであんな大物が……!」

「超能力者だ……相手が悪かったな…これは諦めるしかない」


 ラナの落札を皮切りに、ウォルターオークションは終了を迎えた。


 人々が去っていくなか、俺はステージのうえで項垂れる少女のもとへ向かう。


 ラナは生気のない表情で足元をぼんやりと見つめていた。


「こら、近づくな」


 警備員に止められ、俺はもう数メートルの位置で連れていかれるラナを見つめる。


「ラナ……ラナ…!」


 俺はかすれる声を絞り出す。

 だが、ラナが振り返ることはなかった。


「何がどうなってる……なんで、ラナがこんなところに」


 俺は訳もわからず動揺していた。

 だが、すぐにラナへ向けて液体金属の粒を放つことにした。


 見失ったら大変だ。


 俺は人が解散していくオークション会場を見渡す。

 ファリアの落札者も見失ってはいけない。


「落札した品はどこで受け取れる?」


 俺は警備員にとっさに尋ねる。


「品物を落札された方ですか? それなら、後ほど会場裏で、直接受け取れる事となってると思いますが」


 会場裏、その言葉を聞いてすぐさま俺は向かった。


 中央発電区の地図を取り出し、このオークション会場を迂回する、


 すぐに会場裏とやらが、どこにあるのかはわかった。

 

「ほら、とっとと歩け! お前はわしの奴隷じゃろうが」


 会場裏におもむくと、そんな声がさっそく聞こえてきた。


 俺はとっさに反応して声の方へ向かう。


 声の主人は老齢の男。

 そいつは手に持つ鎖のさきに首輪で繋がれた、おさない少女を手で平手打ちしていた。ラナではない。思わずホッとする。


 しかして、俺は衝動的に走りだしそうになった。それは、非行に対して自分が安心を覚えたことにたいして負い目を感じたからか。わからない。


 俺は理性でもって、歯を食いしばり、グッと堪えて我慢する。ここは深海、別の世界。


 俺の常識の外側にある人の営みだ。


「……あの子は、なんで殴られたんだ?」

「あ?」


 俺はすぐ隣にいた、会場裏で落札者の様子を野次馬している者へ話しかける。


「そんなもん、アナザーだからだろ。いや、あいつは混血児か。小せぇもんな」

「アナザーだったら鎖に繋がれて、頬を叩かれても許されるのか…?」

「? わけわかんねぇ事聞くにいちゃんだな……あ、もしかして、別の区画から来たのか。その若さじゃ、小さい頃からアナザーを見てないってこともあるえるっと。なるほどな」


 男はひとり納得したように、うなずき、得意げに話しはじめる。


「いいか、にいちゃん。にいちゃんくらいの世代だと、もう実感もわかねぇだろうがな、アルカディアはアナザー達の住む地上を手にいれることが究極的な目標としてあるんだぜ?」

「らしいな。それは知ってる。手前勝手な侵略だろ」

「そうさ。だが、手前勝手ってのも違う。アルカディアには侵略するしか残されていないのさ……。アナザーは敵だ。共存できない人間だ。これは立場の問題さ。あと顔か? あいつら俺たちより相対的に美しく、綺麗で、可憐だしな。元から海中にいたアナザーたちが奴隷にされるのは必然ってこった」

「……混血児って言ってたが? あれは海底人類とアナザーの子供ってことだろ? 少なくとも海底人類の子どもでもあるんじゃないか?」

「まあ、そうだな。だが、アナザーは何代経ってもアナザーだ。……それに、ほら、こんな狭い世界じゃ不満もたまる。″共通の敵″を持っておかないと、爆発しちまうぜ」


 男はそう言って「アナザーに情けはかけんなよ? お前も痛い目見るぜ」と言った。


「ほら、お前らどけ! 小峰マクレイン様が通るぞ!」


 男と話していると、野次馬たちをどけて堂々たる足取りの男が、会場裏にやってきた。


 無精髭をはやし、髪型に無頓着な男。

 瞳は鷹のように鋭く、さりげなくあたりを警戒しているのがわかる。


 小峰マクレイン。

 ラナを落札した男だ。


「……」

「ん」


 ふと、小峰マクレインと目があった。


 彼は俺の数秒見つめ、すぐに歩き去る。

 気に止める価値もないと思われたか。


 小峰マクレインはあたりに護衛者をつけながら、オークション開催者側の要人たちと軽く挨拶をかわした。


 小峰マクレインは上機嫌なのか、不機嫌なのかわからない淡白な印象をくずさず、何かを話し、やがてオークション側から鎖の手綱を受け取った。


 鎖に繋がれているのはラナだ。


 俺は行動を起こすべきなのか思案し、機会を伺うことにした。


 無闇に実力行使をするのは賢くない。


 ざわめく野次馬たちをかき分けて、小峰マクレインは鎖につながれたラナを手繰り寄せて、その肩を抱いた。


「やめて…」

「おっと」


 ラナはボソッと喋り、小峰マクレインの体をわずかに突き放す。

 だが、ほとんど力がない。

 相当に疲れて、弱っているのか。


 俺はラナがどうして奴隷の身に甘んじているのか不思議でならなかった。


 こうなる前に魔槍を召喚でもして、対抗する機会はあったのではないか、と。俺は考えていた。


 だが、現実は違う。

 魔槍は召喚されなかった。


 なにかがあったんだ。


「あんたみたいな強い女は好きだぜ。跳ねっ返り娘をしつけるほど楽しい事はない」

「……」


 小峰マクレインはニヤリと笑い、ラナの手をつかむと会場裏から去っていった。


 俺はすぐに奴のあとをつける事にした。


 

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