第21話 相棒が死んだ


 ──5年前


 エイト・M・メンデレーが突如として行方不明になった報告はアクアテリアスの冒険者ギルドにすぐ知れ渡った。


 将来を期待されていた『竜騎士クラン』のメンバー欠員は、ある者たちにとっては垂涎もののであった。


「おい、あのエイトが死んだらしいぜ」

「ついに竜騎士姫についてた腰巾着がくたばったか。へっへへ、これ俺にもワンチャンあるかもな」

「馬鹿いえ、新しい席なんてみんな狙ってんだ、お前なんかがラナちゃんの隣に立てるかよ」


 アクアテリアス冒険者にとって、エイトの失踪は事件だった。

 だが、悲しむ者は多くはいなかった。

 誰も彼もが、麗しき乙女のとなりの空いた席を遠巻きに狙い、そこへどうアプローチするか強かに狙っていた。


 エイトの死はそんなイベントでしかなかった。


 ────────────────────────────────────────


 ──数日後


 ジブラルタはアングレイ家をたずねていた。

 ラナに会うためだ。

 エイトが死んだという報告を聞いてからというもの、ラナは家から出てこなくなってしまっていた。

 実際は違ったが、表向きはそうなっていた。


 何度も叩かれるドアの音。

 ジブラルタは何日も飽きもせず、ラナに会いたがっていた。

 

 ──ガチャ


 ラナは玄関を開けて、壁に寄っかかりながらジブラルタを迎えた。


「ラナ! ようやく顔見せてくれたか!」

「ジブ、悪いけど今は何も考えたくないわ」

「エイトのことは本当に残念だった。だけど、だけどな、生きてる俺たちは前を向かないと、そうだろう?」


 ジブラルタは沈痛そうな面持ちで、失われた仲間の命を惜しむように言った。

 ラナはそんなジブを黙って見つめる。


「俺たち『竜騎士クラン』は期待されてる。俺とラナ、それにカイン。前に進まないと。きっとエイトだってそれを望んでるはずだ」

「……エイトは、生きてるわ」

「あ? んっん……それは、どういう意味だ?」


 ジブラルタは疲れた様子のラナへ聞き返す。

 ラナは瞳を閉じて、ほっといたらそのまま眠りそうなほど安らかな顔で言う。


「エイトが消えた晩に、魔槍が召喚されたの」

「へ、へえ……」

「酒癖が悪いわけでもないエイトが、かりに喧嘩だったとしても武器を手にすることはない。その時の、恐怖がここに響いてくるの」


 ラナは自分の胸のうえに手をおいた。

 最近、膨らみはじめた豊かな胸を見て、ジブラルタはごくりと喉を鳴らす。


「いや、今もかな……ずっとずっと、海の深く……どれだけ深いかもわからない場所に、魔槍は沈んでる」

「っ、まさか、召喚できないのか!? だから落ち込んで冒険者を──」

「そんな問題じゃないの、ジブ。わからない? エイトは死んでなんかないの」

「……はあ」


 ジブラルタはため息をつく。

 ラナの言葉に理屈レベルの根拠は存在しないのだ。

 ただ、感じる、そう信じたい、そんか主観で彩られた虚構によって目の前の女は幻の世界に生きようとしてる。ジブラルタはそう感じ、厄介な事になったと思った。


「まあ、そうだよな、立ち直るには時間がいるよな」

「……ジブ、ひとつ聞いていい?」

「ん、なんだ、ラナ」

「例の晩に、エイトは魔力放射を使ったらしいのよ。いっしょに飲んでたんでしょ。何でかわかる?」

「…さあ? あいつも俺も酷く酔ってたからな。目を離した隙に、消えちまったから詳しくはわからねえな」


 ジブラルタとラナの間に、妙な緊張感があらわれ出した。

 ジブラルタは何か嫌な予感がして「そ、それじゃ、また様子見にくるぜ」と言い残してそうそうにアングレイ家をあとにした。


「チッ、俺たち【竜騎士】同志、仲良くやろうって言ってやってんのによ。あの女……」


 ジブラルタは機嫌悪く悪態をついた。


「……」


 一方のラナは、ジブラルタが帰るなり、家の裏口から浜辺に出た。

 デニムのポケットに手を突っ込みながら、浜辺を散歩し、穏やかな海を眺める。


 海鳥が飛んでいき、潮風の香りを感じながら、ラナはかつてエイトを拾った浜辺にたたずむ。


「エイト……」


 ラナは水平線を眺めながらつぶやいた。


「前へ、進まないといけない、それはわかってるけどさ……でも、相棒はいっしょに歩かないと……わたしたち、まだ始まったばかりなのに」


 込み上げる感情を、ラナは深呼吸して抑えこむ。


 受け入れられない現実は、いつだって想像の外側からやってくるものなのだ。


 それは、竜騎士姫として強く、気高く、たくましく育てられたといえど少女であるラナにも同様だった。


 この時からラナの時間は止まってしまった。



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 エイトが死んでから1週間後。

 冒険者ギルドには槍を背負い、クエストに旅立つラナの姿があった。

 

 いつだって進み続けていたエイトの姿。

 才能がない、センスが悪い。

 そんな風にへこたれ、ふてくされながらもラナの家で実に6年間もひたむきに進み続けて、ラナの父親を根負けさせた相棒。

 ラナは努めて明るく振る舞い、冒険の数々をこなしていった。


「あの、ラナ、そろそろ、新しいメンバー入れないっすか?」


 ある日のクエスト終わり。

 『竜騎士クラン』のカインは、リーダーのラナに進言していた。


「まさか、永久欠番だなんて言わないっすよね?」

「……その話やめない? 新しいメンバーを入れる気はない。はっきりと、そう言ったはずだけど」

「あ、ごめんっす。いや、俺もこんなこと言いたくないっすけど、ジブラルタがラナを説得しろってうるさくて……」


 カインは弱音を吐いて頭を下げた。

 彼は交渉術に長けており、エイトが生きていた頃は、彼とカインの二人で『竜騎士クラン』の雑務はまわっていた。

 ラナはその負担に、カインが文句を言ったのだろうと推測していた。

 だが、どうやら違ったらしい。

 ラナはどうしてジブラルタが新メンバーにこだわるのか、不思議でならなかった。


 だが、冒険者稼業復帰まで、2人にはいくばくか気まずい関係が続いていたために、ラナはこの時は深くは言及しない事にした。


 ──長い時間が経った頃


 エイトの死は過去のものとなり、ラナも『灯台の都市』も、冒険者ギルドも日常にもどっていっていた。

 死んだ者を置いて回り続ける歯車。

 淡々と冒険者を続けるかたわら、ラナの胸中に渦巻いていた希望が大きくなる事件が起こった。


 早朝、家裏の浜辺でいつものように海を眺めていると、遥か海のしたで魔槍による魔力放射が行われたのだった。


 それはエイト失踪から実にが過ぎてからの出来事だった──。



 


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