第22話 魔槍の絆

「え?」


 ずっと忘れていた感覚に、初めラナは戸惑った。

 それまで忘れかけていた、相棒との思い出がラナは自分の胸中に蘇ってくるのがわかった。


「ダメっ、エイトは、死んだ、死んだんだから、過去に囚われてはいけない、前に進まないと、あいつならきっとそうする……」


 その日、ラナは浜辺のうえで膝をかかえ、じーっと海を眺めつづけた。

 疑問が浮かび上がっては、意識してそれを打ち消す。そんな時間がつづいた。


「……生きてるの?」


 日も落ちてすっかり暗くなった頃。

 ラナはもうわからなくなっていた。

 それまで、半年間、ラナは魔槍を召喚しなかった。召喚したら全てが終わってしまう気がしていたからだ。

 手元に槍が戻ってきたら、もうエイトの死は確定してしまう。

 ラナは怖かった。どこかにいるかもしれないエイトとの繋がりが完全になくなり、終わってしまうことが。

 生きてるのか、生きていないのか、その狭間の決断を強いられない、生温い波にいつまでも揺られていたかった。


 海の底にあって″誰かが触ってる″ようなあやふやな感触だけは今もある。それが海の潮によるものなのか、小魚が続いているのか、詳細なことはわからない。

 

 だが、魔槍は確かに放たれた。


「偶然の魔力放射なんてありえる? ……ううん、ありえるわけないよね!」


 ラナはぺちんっと頬を叩き、エイトが海底で生きているものと信じる事にした。


「きっと、寒いんだろうな、エイト。凍えてないのかな? あ、そうだ」


 ラナは魔槍との繋がりを強く意識して、より多くの魔力を供給することにした。その魔力は遠い海底で温かさとなって、きっと生きている彼に束の間の安泰を届ける──ラナはそう信じることに決めた。


 それからのラナ・アングレイは、冒険者を続けるかたわらでどうにかエイトを助ける事ができないか考えるようになった。

 ジブラルタには相手にしてもらえなかったが、カインは協力的であった。


 だか、そうそう簡単に、海底にいる人間を助ける方法など見つからなかった。

 

 最初に魔力放射を感じてから、また1ヶ月ほどの時間が経っていた。

 冒険者としてクエストに出かける回数を少なくして、エイト救出に心をさく時間を増やしても、有効な策は見つけられないままでいた。


 しかし、諦めようとした時に限って海底に沈んだ魔槍は魔力放射の痕跡を主人へと伝えてきた。

 その度に、ラナはエイトが生きている事を再確認し、それが「助けてくれ」という相棒からのメッセージだと考えるようになっていった。


 ラナは魔槍を召喚することだけはしなかった。

 その行動が極限環境下で生きるエイトの生死に関わるかもしれないと考えたからだ。

 あるいは″幻覚″かもしれない、魔力放射の知らせが終わり、夢が覚めてしまう事を恐れたのかもしれない。


「どうっすか、ラナ。エイトの反応ありますか?」

「また今朝、魔力放射をしたみたいよ。確かに感じたよ」

「そうっすか。……でも、エイトはどうやって深海で生きてるんすかね。見当もつかないくらい深いんでしょ? 空気もない、食べ物もない、おまけに水圧だって半端ないっすよ」


 カイトの言わんとしてる事など、とうにラナは考えていた。

 エイトの失踪からもう1年近くが経過している。

 そんな時間、深海で生きられる生物など魚以外にいるのだろうか。

 ラナにだってどうすれば生きられるのか見当がつかない。

 

「でも、生きてるって!」

「っ」


 ラナはモヤモヤした不安を吹き飛ばすように大声を出した。

 カインはピクッと震えて、肩を掴んで揺すってくるラナに「生きてます! 生きてますよね!」と言葉を肯定する。


「カイン、決めた。わたし潜ってみる」

「え?」


 ラナは覚悟を決めた。

 カインは全力で止めたが、頑固なドラグナイト・プリンセス様は聞いてはくれない。


 その日、ラナの素潜りチャレンジが始まった。


 ──更に1年後


 エイト失踪から2年が過ぎた頃。

 『竜騎士クラン』はポルタ級冒険者として大変な活躍を見せていた。


 ″とりあえず潜ってみる″という作戦を開始してから1年以上が経過していた。

 この間にラナは幾度となく、素潜りを練習してきた。

 

「いいっすか、ラナ。素潜りのアクアテリアスの公式記録保持者は女性で、名前をマリー・テイルワットって言います。聖女様です、強いです。この人は2時間かけて1,500メートルの深さまで潜ったらしいっす。この時のレベルが102。水面にもどってきた本人曰く『まだまだ潜れそう』らしいっす。絶対、今のラナならより深い海底を目指せます」


 カイトはウェットスーツを着たラナの背中に再度、確認のための情報をつたえた。

 ラナはうなずき、家裏の浜辺から夏の海へと入っていく。

 手には余計な体力を使わずに潜るための重りと、魔力の宿った普段からクエストに持って行ってる魔法の槍が握られている。お高い良い槍だ。

 

 ラナは胸元から『ステータスチェッカー』を取り出した。

 ビピッと音が鳴り、薄いガラスにラナのステータスが表示される。


 ラナ・アングレイ

 性別:女性 クラス:【竜騎士】

 スキル:〔魔槍〕

 ステータス:不安定

 レベル101

 体力 1913

 持久 1999

 頑丈 1396

 筋力 2678

 技術 2004

 精神 980


 すべてが高水準の優れたステータスだった。

 女神からの恩恵はラナの身体を一般人では辿り着けない高次元に至らせている。

 ラナは『ステータスチェッカー』をしまって、潜水のためのアイテムが入ったポーチがしっかりくっついてるか最終確認をする。


「それじゃ、ご飯でも作って待ってるっす」


 カインはそういって、アングレイ家へ「お父さーん、料理の時間すっよー」とわざとらしい大声で呼びかけながら入っていった。


 ラナは大きく息を吸いこみ、夏の海へと身体を沈めていく。

 重りを頼りに、海底を歩いて深いところをひたすらに目指す。

 ラナの素潜りとはそういうものだ。

 左右に豊かなサンゴ礁が見える。

 数メートル頭上の海面、さらにその遥か天空から降り注ぐ夏の太陽が、白い海底に光の模様を描く。

 こんな世界なら住んでもいいかもしれない、そんな事を考えながら、ラナはサンゴ礁を抜けた。崖が見えてきた。

 崖の下はまだ日の光が届いているが、それでもいっきに暗い世界になっている。


 ラナは腕時計のように左手首に装着された魔導具『深度計』に目を向ける。


(まだ水深15メートル。この棚を降りたら一気に70メートル……)


 ラナは経験からくる経路を確認しながら、マニュアルに沿ってどんどん潜っていった。

 海底にはところどころに休憩所が設置されている。

 これは過去にラナが来て「ここにあったら嬉しいな」と思うポイントに置いたものだ。

 ラナは休憩所のベンチに腰掛け、ポーチから海藻かいそうを取り出して口にふくめ、飴玉のようなものも口の中に放りこんだ。


 これらはそれぞれ体温の維持と水中での酸素の補給を目的とした魔法のアイテムだ。

 近年、外国との交易がはじまったソフレト共和神聖国にて普及し始めたばかりのもので値段はとても高い。

 だが、幸いにポルタ級冒険者はある程度羽振りが良いので、ラナにはアイテムを揃えることができた。


 ラナの素潜りという名の海底歩きは続く。


(水深100メートル…)


 ラナは『深度計』から顔をあげてまわりを見る。

 ほとんど真っ暗に近い状態だった。

 何度も経験しているので、驚くことではない。

 だが、暗い海の真ん中というのは、それだけで果てしない心細さを感じさせた。


 こんなところには住めないな、とラナは先ほどの考えを否定した。やっぱり、暗い海はそれだけで怖い。こんなの″無理″だ。


(エイト、どこまで潜ってんのよ…)

 

 ラナは肩を落とし消沈するが、すぐに気合を入れ直して、段差を飛び降りた。

 その先は水深200mの世界。

 そこにはもう光は完全に届かない。

 けれど、ラナは恐怖に負けない。


(まだ何も伝えてない、しなぁ……)


 ラナが頑張れるのは、すべてこの先に待っている大切な相棒に会うためだ。






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