第27話 5歳差と待ちわびた冒険


 ──時間は現在に戻る


「──って事があって、わたしはこの海底都市に連れて来られたのよ」


 ラナは「間抜けな話だよね」と自嘲気味に笑った。

 

「ぅ、ぅぅ」

「? エイト?」


 俺は溢れ出る感情の奔流に、ラナを抱きしめてもみくちゃにしたい衝動に駆られた。

 俺のことをずっと、ずっと、ずっと探してくれていたなんて……しかもそれが、大切な相棒だからだって?

 そんなの、苦しい時間を過ごしたラナには悪いが、あまりにも嬉しすぎる。

 

「エイト、泣いてるの?」

「ぅぅ、だって、ラナが俺のこと諦めずに探してくれてたって聞いて……俺、もう……ずっと、暗いなかでひとりで、生きてきて…」

「エイト…エイト、よしよし、頑張ったね、よく頑張ったね、えらい、えらいよ…!」


 ラナは儚げな表情で、目の端に涙をうかべ、俺の頭を抱きしめてくれた。

 ラナの香りだ。

 浜辺で拾われて、アングレイ家でラナと同じ布団で寝てた時の香りだ。

 もうろうとした意識で、俺はラナの豊かな胸に身を委ねた。

 可愛い、良い匂い、柔らかい、優しい。

 もうそのすべてが会いたくて、触れたくて仕方なかったものたちだ。


 ──しばらく後


 ひとしきりラナに癒されて、心が落ち着いた。

 そうすると、かつて地上で冒険者をしていた頃と同じような、なんとなく気まずい感じが戻ってきて、俺はスッと距離を空けた。


「んっん……にしても、ラナって本当に大きくなったよな」

「ん? 何が?」

「何がって……いや、そういう話じゃなくて、もろもろ成長したってこと。地上じゃ、本当に5年も過ぎてるのか」

「んー、そういえば、エイトは記憶のなかとあんまり変わってないよね。むしろ、幼くなったような気さえするわ」


 ラナは俺のほっぺたを指でつつく。

 俺は気恥ずかしくなり、すこし遠ざかった。


「ふふ、精神年齢もすこし差が出来ちゃったかな?」

「からかうなよ。俺たちは対等、相棒だろ? ラナが5歳年上になったからって、幼馴染なのは変わらないし、俺たちは俺たちだ」

「ふーん♪」


 ラナは面白がって、俺のとなりに座ってくる。

 成長した幼馴染の姿は、思春期の俺にはいささか目に毒すぎる。あるいは薬か。

 さっきの、夢見心地な体験も、今となっては顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「えいえい、どうしたどうした、情緒が子どもなんですかー? ふふん、この2匹のドラゴンを乗りこなすドラグナイト・プリンセスの相棒がこんな事で動揺するなんて、情けないわ、うん。だからたくさん鍛えないと」


 ラナが楽しそうに、ズイズイせまってくる。ほんとうにフェアじゃない。


「やめろって、遊ぶなよ、近いっ、こんなのズルいだろ、勝手に大人になって……!」

「なんですか、それ、エイト君。どっちが勝手に海の底に引きこもってんですかー?」

「ぅ、ごめん…ごめんなさい…」


 俺が精一杯あやまり、ついでに歳の差つかっていじめないで欲しいとお願いする。

 そうして、ラナはずいぶんと歳下になってしまった俺をからかうのをやめてくれた。


「にしても、どうして海底と地上で流れる時間が違うんだろうな」

「ずっと昔、何かの本で読んだことがあるわ。『大量の水は神秘を内包する』……不思議な力の宿る泉、空間移動に使われる池、外国の魔術師は″水″を魔術の触媒に多用するらしいよ。だから、きっと海っていうのは、ただそれだけで途方もない神秘の力を溜め込んでいるんだと思う」

「ふーん……もしかしたら、アルカディアの人類が簡単に地上へあがってこれないのも、海の神秘が関係してるのかもな」

「どうだろうね。まっ、ここの人間たちは地上に憧れてるけど、行動に移さないでいるのは確かみたいだよ」

 

 俺とラナはいくつかの疑問を解決するためにも、とりあえず行動を起こすことにした。


「それで、エイト、どうやったら地上へ帰れるかわかる?」


 ラナは立ちあがり聞いてくる。


 俺はラナにガアドの事を話した。

 彼の娘ファリアを助けることで、地上へ帰るための手段を教えてくれること。

 その道中で、俺はラナを見つけ、助けに来たということ。

 ここに至るすべての経緯を話した。

 

「ふふ、そっか。迷わず速攻で助けに来でくれたんだ。ありがとね、エイト」

「…まあ、相棒だから当然さ」


 俺は腕を組み、薄く微笑む。

 

「あ、そうだ。ラナに返すものがある」


 俺はポケット空間から、魔槍を取り出してラナに渡した。


「うっわあ……懐かしい…」

「今まで助かった。武器がないと不安だし、それはラナが持っててくれ」

「でも、そしたらエイトの武器は無くなっちゃわない?」

「ふっふふ、俺は良いもの色々もってるから」


 俺はポケット空間から『液体金属』を取り出して、それを空中で自由自在に変形させて見せた。

 

「なんか新しい能力手に入れてる……そっか

、流石はわたしの相棒」

「これで少しは対等になれたかな?」

「そんな…昔から対等だったじゃん、わたしたち」


 ラナと話しながら、俺たちは身を隠していた倉庫から出た。

 と、その時、倉庫のすぐ外に、たまたま通りかかった人間と目があってしまう。


「っ、その格好は、ど、奴隷か……?! なんだその槍は──」おののくアルカディア市民。

「とうっ!」


 ラナはその善良かわからない市民へ、素足のまま飛び蹴りして、一撃で気絶させた。


「エイト、運ぶの手伝って」

「ん? ああ」


 俺はラナに言われて、男を倉庫のなかに運びいれる。

 ラナは男の紳士服を脱がしはじめた。

 なるほど。市民に変装する、と。


 ラナの着替えが見れる……すこしだけ期待して、生唾飲み込んで見守る。

 ふと、ラナがニヤニヤした顔で、こちらへ向き直ってきた。


「のぞいちゃダメだからね?」

「ッ、の、のの、のの、のぞかねーよ!!」


 いちいち楽しげに、大人の女性の余裕を見せてくることに、だんだんイライラしてきた。いや、イライラしてるのは単純過ぎる俺の思考を読み切られている自分の情けなさか。

 クソ、どうして、こんな力関係になってしまったんだ。許さん、海の神秘め。

 

「よいしょっと。どう、似合ってるかな?」ラナは物陰からぴょんっと飛び出て聞いてきた。

「…カッコいいと思う」本音では別の感想を言いたかったが、それを言うとからかわれるので言わない。


 ただ実際に、髪を縛って、紳士服を着たラナは驚くほどイケメンになってはいた。

 女性的な顔立ちは、服の効果で中性的になって、槍さえ持ってなければ、十分に街に溶け込めるだろう。変装という意味では、少々、顔が綺麗すぎて目立つのがネックか。


「やっぱり、槍はいったん消しといたほうがいいんじゃないか?」


 俺はラナに提案してみた。

 すると、ラナは「うん、まあ、そうだよね」と気まずそうな顔をした。

 俺はラナの反応の意味を、すこし考えてから思い至る。


「スキルが使えない、のか」

「実はね。あとレベルも喪失してるから、たぶん足手まといになるかも……」


 今のラナは人間の肉体の限界値までの性能はもっていても、そこから先、女神の祝福による″追加の基礎力″も〔魔槍まそう〕もない。

 当然、魔槍の召喚はできないし、魔力粒子に還元することも出来ない。


「ラナの能力を奪った超能力者のせいか……たしか名前は」

「ウォルター。ウォルター・ブリティッシュ。ハゲたジジイの超能力者よ」

「ラナの力を取り戻すためには、そいつを倒さないとか。んー、ファリアを助けるか、能力を取り戻すべきか、どうか……」


 俺は肘をだいて思案する。


「そっか……あの人魚の子も売られて……うん、助けよう。その子の身が優先よ!」

「でも、それじゃ、ラナの身が危ないんじゃ──」

「ていっ!」


 ラナの膝蹴りが俺の溝落ちを襲う。

 わりと痛い。


「ぐぶっ」

「わたしなら大丈夫。敵が超能力者じゃなければ、さっきの通りよ」


 ラナはそこで寝てる男を指した。

 幼馴染なので知っている。

 彼女はかなり頑固なので、一度こうと言い出したらその意思を変えさせるのは不可能だ。

 少なくとも俺は、ラナにだけは昔から逆らえないので意見を変えさせられない。


「わかった。まずは、ファリアを助ける。そから、ラナの能力を取り戻す、いいな?」

「うん! それじゃエイト、わたしたちの冒険に出かけましょ!」


 ラナの顔には、洞窟探検に挑む子供のような無邪気さがあった。

 長年、立ち止まっていたと思っている彼女にとっては、こんな状況さえも待ちわびた新しい冒険なんだ……俺と出掛けるための。


 俺はまた泣きそうになる気持ちをおさえて、ラナの動き出した時間を祝福した。

 

 ……ところで、彼女はずっとこのままなのだろうか。

 なにかの偶然で歳下くらいまで小さくなってくれたり、してもいいと思うのだが……。


「ん? どうしたのエイト?」

「いや、なんでも、ないっす……」


 微かな望みは捨てずにおこう。

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