第71話 墓参り


「気づいてるのか、俺の記憶が戻ったことに」

「目が違う。今のお前は俺が鍛えたプロフェショナルの目だ。迷いはあるが」


 指でノックして灰を落とし、ガアドはまた煙草を口にくわえる。


 俺は自分のなかで整理がついてない。

 何から聞くべきかわからなかった。


 手探りのまま質問する。


「母さんは、マリシアは、死んだのか」

「ああ。ゼロに撃たれてな」

「やっぱりあの記憶は本物だったのか……最後の言葉とか、覚えてない、のか?」

「何も。ほぼ即死だ」

「そうか……」

「死体も埋めた。ああ、そうだ、地上へ帰る前にいっしょに墓参りにいくか?」

「墓があるのか?」


 ガアドの提案に乗ることにした。


 ラナとファリアにすこし離れるとつげて、キングに護衛者としての任務を与える。


「俺はあんたに鍛えられた。幼少の頃から銃と人の殺し方を教わった。アルカディアの都市の図も、コンピュータ言語も学んだ気がする」

「気がする? はは、その程度にしか覚えてないのか。残念だ。あれほど時間と労力を費やしたのに」

「ほかには何を?」

「いろいろだ。とにかく何でも。機械言語、クラッキング、爆薬の作り方、銃の組立、解体、撃ち方、体術……数えきれんほどの技と知識をさずけた」


 ガアドいわく、俺に教えた90%近くの知識や技術は失われてしまったらしかった。

 

「終焉者は8歳〜9歳で地上へ送り出すことになってる。なんでも『拝領の儀』に間にあわせるためらしい」

「それは、女神ソフレトが10歳の子供たちを神殿へ招いて【クラス】と〔スキル〕をあたえる儀式のことだ」

「なるほど。だからあんなに小さい子供に出来るだけの教育をほどこせと彼らは言ってきたのか」


 彼ら、という言葉がひっかかる。


「そもそも、終焉者の計画はいつ始まったんだ? あんたはアルカディア人なのに、どうして崩壊を招くようなことをした?」

「……もう着くぞ」


 ガアドに言われ顔を前へむける。


 酸素街の港から20分ほど歩いたところ。

 こじんまりとした、ちいさな墓地がある。


 そこは大きな陸橋の下にあり、薄暗く湿っていた。


 しかし、不思議なことにある墓のまわりには土がしかれて、草がはえ、墓のまわりを取り囲むように綺麗な水が溜まっていた。


 淡い光をはなつその墓石が、マリシアの墓だという。


「母さんがここに眠ってるのか」


 言われても実感はわかない。

 なにせ時間にして8年近くも忘れていた存在だ。


 いまさら肉親と言われても、顔も見れない相手を親だなんて納得できるわけなかった。

 

「なんか書いてあるな」


 俺は墓石に言葉が刻まれているのを見つけて、ひざをおって文字に指をあてる。


「『すべては海に還る 

  永遠の別れなどない』」


「マリシアがよく言っていた言葉だ。神殿の民たちが蒼海学でとなえた思想らしい」

「どういう意味なんだ」

「あらゆる生命は死後、海に溶ける。母なる大海はすべてを受けいれ、生きる者のそばにありつづける。……そうだな、おおかた人が終わる時は、死ぬ時ではないということだ。生きてれば、また海という世界のどこかで会える」

「……まあ、神秘のチカラで地上と時間の流れを歪めてるくらいだしな、海って」


 墓石からはなれて、俺は目を閉じて、再会の挨拶と──そして、長い別れをつげる。


 生まれ育った都市を滅ぼすために戻り、すべての使命を終えました。

 俺は地上へ帰ります。


「行ってきます」


 最後にそうつげて立ちあがる。


 ガアドはうなずく。

 俺はともに歩きだした。


 ふと、俺はマリシアの墓石の横にメンデレーと刻まれた墓石があるのに気づいた。


「これは?」

「知る必要があるな。エイト、それは──」


「それは、その男の罪だ」


「っ」

「!」


 俺とガアドは突如聞こえてきた第三者の声に身構える。


 黒いコートを着た男。

 銃を構えながら一定の距離から狙いをつけて来ている。


「ゼロ」


 ガアドは名を呼んだ。

 やはり、生きていたか。


「ハンターズは引きあげたってお前の上司が言ってたが」

「これは私の我が儘だ。雪乃様には申し訳ないが、私が忠誠を誓っていたのは氷室阿賀斗社長ゆえな」

「その社長はもうとっくに″終わらせた″ぞ」


 俺の言葉にゼロは眉根をひそめる。

 

「知っている。この数時間、お前の行動は別艦から常にマークしていた」

「別艦? 氷室雪乃の船か」

「旧時代のリーダーたちに敗走を選ばせるとは。その不思議な魔法のおかげだろうか」

「ああ。なんならお前も同じように無力化できるが」


 俺は手のひらに灰色の光を集める。


「母親の復讐のつもりか?」


 問われてみて、復讐したいわけではないと、俺は思った。


 ゼロへの敵意は俺にはない。

 あるのは疑問だけだ。

 

「どうしてお前はガアドに固執する? 俺の母を殺した時も、そのまえからずっと因縁があったんだろう?」

「エイト、それは──」


 ガアドが口を開きかけると、ゼロが彼の足元に発砲した。


 薬莢がカランっと地面のうえに落ちる。


「私から話そう。エイト・M・メンデレー、お前はどうやら知らないらしいからな」

「嘘を吹きこむなよ、ゼロ」

「嘘つきに言われたくないな、ガアド」


 ガアドとゼロは睨みあう。


「まず初めに私の名はゼロ・メンデレーという。そこにいるガアド・メンデレーの最初の息子だ」

「っ、息子? ゼロが?」


 ガアドの顔を見ると、彼は渋い顔をしていた。


 本当らしい。


「やはり教えてなかったか。人間のクズめ」

「うるさい黙っていろ。私以上のクズが」

「ほう、よほど、ここで死にたいらしい」


 ゼロはガアドの頭を狙い、発砲した。


 ガアドは首をふって避ける。


 ああ、この動き。

 懐かしい。

 俺の父ガアドはああして弾丸を避けるのが得意だったな。


「終焉者、そこのガアドという男は、お前の前にも7人の子供をもうけている。4人の女とな」

「すべて終焉者を生み出すことに同意した同志たちとその子だ」

「毎晩、違う女を抱いたことに変わりはないだろう、親父殿」

「それは本質的な問題ではない」


 ちゃかすように煽るゼロ。

 断固とした態度で非を認めないガアド。


 不思議と息のあうふたりに見えた。


「エイト、あの男はお前の兄6人を殺害した張本人だ」

「? それはどういう意味だ」

「私は多くの子供をもうけて、お前と同じように終焉者として鍛えあげようとしていた。だが、やつはほかの腹違いの兄弟たちと、その母親をすべて虐殺したんだ。その後も20年にわたって私は終焉者を育てようとしたが、やつは時期がくると必ず私の子供を殺しにやってきた」

 

 ガアドは怒りを顔にあらわし、ゼロを糾弾する。


「叛逆市民を処理したまでのこと」


 ゼロは肩をすくめる。

 

 この男は最初の終焉者候補だった。

 なぜ裏切ったんだ?


 俺はたずねる。


「ゼロ、お前はあくまでアルカディアに敵対する側の人間だったんだろ?」

「軍拡プロパガンダにほだされたんだ」


 ガアドが苦い顔で耳打ちしてきた。


「違う。私は洗脳から覚めたんだ。親父殿、私はあんたのことを本当に尊敬してた。間違った世のなかを変えるため、レジスタンスを結成して誇りある意志を研いでいるのだと」

「事実だ」

「すべて嘘だった。自分だけ良い思いをしたいから、都市を地上のアナザーたちに売り渡そうとしていた、ただ、それだけの話だったんだ」

「それは間違いだ、ゼロ。私は世界を変えたかった。この間違えた人類を終わらせたかったんだ。お前は本当にアルカディアのありかたが正しいと思ってるわけじゃないだろう」

「思ってるさ。深く信じている、心の底から。そもそも、故郷のために戦い、故郷を守ろうとするのは当然の意志だろう」

「それこそが洗脳だとなぜ気がつかない。私はな、お前に軍主導のCMにうっとりさせたり、ポスターの前でディザステンタの敬礼ポーズを真似してほしくて、8年間も鍛えたのでは断じてない。馬鹿者が」


 ガアドは一息に言いきり肩で息をする。


 ゼロは揺れる瞳で「そうか」と語尾を小さく受け応えた。


「……まあいい。エイト・M・メンデレー。これでわかったはずだ、お前は私の代替案にすぎなかった。他の兄弟6人もだ。名前に数字のエイトがつけられてるのも、それが、これまでに死んだトゥー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブンたちがダメだったから、8番目の息子を用意しただけにすぎない。その男はな、俺たち子どもに故郷を滅ぼさせる重荷を背負わせ、自分だけ地上の世界へ逃れて、美しいアナザーたちを抱き、贅を尽くそうとしていたクズなのだ。母親を子どもをもうけるための肉袋としか考えず、子どもにはまともな名前をつけず、愛情もなく家畜でも育てるよう毎日厳しい訓練を課していた」

「飛躍するな、ほとんどデタラメじゃないか、ゼロ。私は使命に向きあっただけのことだ。逃げだしたお前とは根本的に違う」


 ふたりの言いあいは、長々とつづいた。


 俺の記憶のなかでガアドとマリシアは、俺の名前をどうするか悩んでいた。


 ガアドのなかで葛藤があったはずだ。

 数字や名前には意味がある。


 現に女子に生まれ、終焉者としての使命を背負わないファリアのことは、今日まで大事に大事に育ててきたのだろう。


 ガアドに落ち度はあるんだろう。

 若い頃の彼は終焉者たちを平等に育てていた。賢かったゼロは不信を抱いたはずだ。


 だが、ガアドはゼロの言うような堕落のため、故郷たるアルカディアを滅ぼそうとするような人間でないことを俺は知っている。


 俺は兄弟たちが眠る墓をみつめながら「もういい」と、はっきりした声でつげた。


「ガアド、俺はあんたを手放しで良い人間だなんて思えない。今まで記憶のことを黙っていたし、終焉者としての使命を果たさせたいのか、失敗させたいのかわからない言動も多かった」

「ふ。と言ってるぞ、親父殿」


 ゼロが鼻を鳴らす。


「だが、ゼロ。俺はお前にガアドを殺させはしない」

「……なぜだ? 今まで散々利用されてきただろう。お前はただの計画続行のための人形として育てられ、人生を台無しにされたはずだ。くだらない叛逆のため──」

「そんなに悪い人生じゃなかった」


 俺はゼロの目を見ていう。

 彼は「なに…?」とちいさく困惑した表情で聞きかえした。


「訓練の日々はたしかに思うところはあるが、地上へ送られてから、俺はたくさんの幸せを手に入れた。この深海の冒険だって、本音を言えば楽しかった」

「……」

「自分の親を、何十年も恨み続けてきたあんたには、わからないかもしれないが、人生なんてそう簡単に台無しにできるもんじゃないぞ。全部、あんたの心構えしだいだろ」

「……俺がガアドに心を囚われていたと?」


 ゼロは激しい怒りを宿し、全身のオーラを増幅させる。


「ふざけるなよ……っ! あやつり人形風情が! 劣等文明の猿めが!」


「親父、さがってろ」


 俺はガアドを背後に守るように、怒れる復讐者の前にたちふさがった。

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