第3話 空間神秘の継承者

 

「嘘だろ……! んむ!」


 自分の口に手をあてて、呼吸の音すら遮断する。


 ソイツがいるのは、ずっとずっと先に思えるのだが、影が大きすぎるため、距離感はつかめない。


「お前さん、ひとりならとっくに目をつけられて、何も始まらずに、人生終わったらところじゃったぞ。ほれ、黙ってついてこい」


 占い師は、いつのまにか手にもっていた″細い木の枝″を、差し向けていた遥か巨大な人型からはずして、ふところに仕舞いこんだ。


 彼が、あの枝で、なにかをして守ってくれたというのか?


 おとぎ話の魔法使いみたいに?

 

「はあ……やはり、アレを黙らせるのは骨が折れるのぉ」


 占い師はどうへぇ〜っと肩を大きくおとし、全力疾走したあとを思わせる疲労を顔に浮かべた。


「なんじゃ、メンデレー。はやく来い、ここは決して安全な場所じゃあないのじゃから」


 ほうける俺は、すぐさま彼の言葉にしたがい歩き始めた。


 しかし、体が重すぎる。

 俺は数分かけて3歩を歩くのが限界であった。


 俺はひそひそ声で「頼む……っ、待ってくれ……っ」と前をいく老人に頼んだが、彼は決して待ってはくれなかった。


 鬼畜じじぃである。


 スタスタ歩くモノ。

 のそのそ歩くモノ。


 両者の間は確実に広がっていき、ついには占い師は俺の視界から完全にフェードアウトしてしまった。


 どこまでも続く暗闇の向こう側に消えてしまった老人に、俺は見捨てられた気持ちが膨らんでいく。


 嘘だろ……どうして……。


「ぅ、はあ、はあ、ぅぅ……」


 涙が溢れ出て来た。

 鉛をつりさげられているよう重たい首を動かせば、巨大な人間の影が見える。


 どうにかなりそうだった。


 人類が経験する恐怖のなかでも、これほどのものは無い。そう断言できる孤独、未知の相乗。1秒でさえ、この海底では、俺の未来を保証されていないのだ。


 自分がどうして生きているのか。

 自分がなんてこんな目にあわなくちゃいけないのか。


 大声で泣きたい。

 それで、誰かひとりでも反応が返ってくるのなら、孤独から救い出してくれるのなら、そうしてしまいたかった。


 だが、声を出せば、に見つかる。


「はあ、はぁ、足を、足を、動かせ……」


 自分に言い聞かせて次の一歩を踏みだす。


 右足をだす。

 左足をだす。


 右足をだす。

 左足をだす。


 右足をだす。

 左足をだす。


 右足をだす。

 左足をだす。


 気が狂う怖さと恐さに耐え忍び、加速する精神的負荷にまっこうから挑みつづけた。


「はあ、はあ、はあ…………ぁ」


 ふと、未知の植物に照らされていた暗闇に変化が訪れる。


 完全に見捨てられたと思った、あの占い師が帰って来たのだ。


 黒い向こう側から、淡い光に照らされてだんだんと鮮明になってくる人影。


 よかった、あのじいさんも鬼畜を極めてはいなかったらしい。


 きっと、軽いいたずらだったんだ。


 俺は声をださず、その人影を待っていた。


 しかし、俺は違和感を覚えた。


 その者の歩き方が、やけに堂々としていたことが違和感の始まりだった。


 数分して気がつく。


 あれ、さては、占い師じゃない?と。


 俺はそう分かると、途端に恐ろしくなった。


 こんな海底20000mの世界に散歩してる人間が何人もいるわけがない。


 あの未知の人影は、本当に人間なのか?

 天をつく巨影さえいるのだ。

 人間じゃない可能性の方が、はるかに高いように思われた。


 恐怖に膝を下しそうになりながら、俺は槍を持ちあげた。


「ぐ、ぅ……っ、重た、い……!」


 重たすぎる槍に体幹を崩してしまい、俺はふたたび海底に座りこんでしまった。


 槍も落としてしまう。


 すべての終わりを予感した。


 俺はもう何もせず、人影を待とうと思い、その堂々と歩いてくる者が俺のもとへたどり着くまで、ただじっと眺めていた。


 距離が数メートルにせまると、相手の顔がよく見えた。


 光量が謎の植物の発光しかないので、正確ではないが、その者の髪の毛は深海のように真っ黒に見える。


 優しい目つきをしていて、瞳の色は紫色をしている。


 服は渋い茶色のレザーコートと、一律に調和のとれた″制服″を着ていて、ピシッとした役人、あるいは軍人のような印象を受ける。


 その男は俺の手前までくると、きょとんとした目でこちらを見下ろして来た。


 何も喋らない。

 ただ、見つめてくるだけだ。


 悪い人ではなさそうなのに、その様は不気味に過ぎる。


 よく見ると、彼のまわりには


 コートや黒髪は、わずかな水の流れにも揺れてまるっきり水中にいるのと同じである。


 俺はそのことから、彼が俺や占い師とはまた違う方法で海底にいるのだと気がつく。


「え、まさか、生身のまま深海20000mに?」

「っ」


 俺が質問すると、男は驚いたような顔をして……スッと右手を持ちあげた。


 その瞬間であった、男が突如として俺の首に掴みかかって来たのは。


 俺は「殺される」と直感したが、あまりにも素早すぎて何をすることも出来なかった。


 俺の体を左手で完全に固定した彼は、ニッコリ笑いうなずく。


 




 ーー爆発だった






 視界が一瞬途切れて、白い世界が襲ってくる。


「ぐあああ?!」


 顔面を襲う衝撃波に俺は口から吐血した。

 内臓が掻き回されるような強烈な痛み。

 思わず、俺はもがき、男が俺の拘束を解除するなり、海底に四肢をついて思いきり胃の中のものを不快感にまかせて吐きだした。


「ゔべぇぇぇえ! あぁ、ああ、な、ぁ、、ぁ、おうぇぇぇええ!」


「ふう、これでようやく喋れるか」


「ッ」


 俺は背後で聞こえる″その声″に慌てて振り返った。


 瞬間


「うゔ! な、なんだ?!」


 俺は強烈な眩しさに目をつむった。

 

「どうした少年。久しぶりのだろ? きっとまた、しばらくは会えないんだからたくさん見ておけよな」


「……は?」


 俺はその声に、おもわずアホウな声を漏らし、顔を覆い隠す手の隙間から天空を見上げてみた。


 太陽だった。

 あるはずのない光の王が、現れるはずのない天空に降臨していたのだ。


 いつのまにか体を圧迫していた、鉛の海原からも解放されている。


 体が驚くほどに軽い。

 今なら空さえ飛べそうだった。


「なんで、太陽が……」


 幻でも見ているのか。

 あるいは、今まで幻を見ていたのか。


 俺は現実離れした現象の連続に、ついていけずあたりを見渡した。


 そして、気がつく。

 はるか向こう側にある『青い巨壁』に。

 この『青い巨壁』は視界すべてを取り囲むようにして、どこまでの円形に続いている。


「ありゃ『海』だ。もう数分で戻ってくる」


 三度聞こえたその声に、俺はようやく反応する余裕を手にいれて顔をあげる。


 あの茶革のコートを来た男が立っていた。

 その姿はびしょ濡れで、着衣水泳を行って来たのかとツッコミをいれたくなるほどだ。


 男は近くの濡れた岩に腰を下ろす。


「な、なにが、起こってるんだ?」


 俺は本能的にいだく、抽象的疑問を余裕そうな顔で濡れた髪をかきあげる男へ、投げかけた。


「まあ、驚くのも無理はないよな、少年。ただ驚いている時間もないのもまた事実というわけだな。だから、簡潔に説明しよう。俺が今、こうして指を鳴らして、衝撃波でずっと彼方まで、あたりの海を吹き飛ばした。おわかり?」


 ーーパチン


 彼は指を鳴らして見せ、肩をすくめた。


 そんな事が可能なのか、とか。

 なんでそんな事をしたのか、とか。

 そもそも、あんた誰なんだよ、とか、


 聞きたいことは山積みだった。

 しかし、チラッと顔を横に向けて、彼のいう『海』がさっきより、すこし大きく見えることに焦りを覚えた。


 頭ではなく本能で、本当に時間はないのかもしれない、と深く理解した。

 

「理解がはやくて助かる。それじゃ、俺がここに来た目的をおしえよう」


 俺は黙って傾聴する。


「訳あって俺は海底で寝てたんだが、どういう縁の巡り合わせか、アダム……いや、君にも″占い師″とか名乗ったのかな? とにかく、占い師に起こされてな。こうして可哀想な少年を助けに来たんだ」


 男はよく剃られたアゴをしごきながら、うんうん、と自分でうなずいて話を続けようとする。


 しかし、ふと、彼は首を横へむけた。


 そのあと、地響きが聞こえ、足元がグラグラと大きく揺れはじめた。


「なんだ、ありゃ」

「ッ、あれはさっきの巨人……?!」


 遥かなる彼方かなた

 巨大な人影が立ちあがっていた。


 その人影は『海』よりも手前におり、男の言葉が正しいのならば、彼の生み出した衝撃波とやらで地面に寝かされていた事になる。


 巨人の偉容はどんどんと増していき、それが立ちあがると巨大な影で広い範囲が黒く染まってしまった。


 ーーパチン


 音が聞こえた。

 鈴の音のように軽やかで、大陸の向こうまで響いていきそうな″強さ″を感じる響きだった。


 ーー


 謎の現象が、また起きた。


 なんと、立ちあがった天をつく巨人の上半身が爆発四散してしまったのだ。


 空気が歪み、爆風が襲ってきて、俺は水のない海底を何十メートルも転がった。


「危なかったな、少年。今、光よりはやく攻撃を繰り出せる人間がいなければ、あいつの光線に蒸発させられてたところだ」


「はあ、はあ、死ぬ……死ぬ……っ、こんなところにいたら、死ぬ……!」


「落ち着け、時間がない。助けに来たって言っただろ? ……ああ、もう、渡すもん渡しちまうか」


 男はため息をつき、立ちあがると、ふところから占い師が持っていた″黒い小箱″を取り出して、俺の手に握らせてきた。


 俺は彼の分厚い手の温かさを感じて、精神に落ち着きを取りもどす。


 男は真摯な紫瞳で、俺の目を見つめて、口を開いた。


「占い師のアドバイスはいい加減なんだ。俺は今から本当に役に立つ3つの″贈り物″をしてやる」


「お、贈り物……?」


 男は黒い小箱を指先でトントンっと叩く。


「まずひとつ目が、あのじじいが勿体ぶってた、コレ。これは見たところアレだな。『液体金属えきたいきんぞく』。地球の友達が言ってた、超能力者ちょうのうりょくしゃ御用達ごようたしのはいぱーうぇぼん、ってやつだ」


「……???」


「ふたつ目が、少年のスキルについて。あのじいさんは気がついてたようだが……まあ、細かいことは抜きにして、少年のそのスキルは『そよ風を生みだすスキル』じゃない。本質は『そよ風を生みだす仕組みを操るスキル』だ。これも地球の友達が言ってたんだが……ああ、なんと言ったか…………………うん、忘れた。とりあえず、そんな感じだ」


「ぇ、ちょっと、待ってくれないかーー」


 訳が分からなすぎる。

 

 俺が頭の整理がおいつかずに口を開くと、男は俺の口にたてた人差し指をあてた。


「これが最後だ。今、少年に俺のスキルの片鱗を譲渡した。その名は〔収納しゅうのう〕。おそらく、持ち主が変わったことで効力は変質してるが大きくは変わらないはずだ。きっと、少年の役にたつだろう」


 男は早口に言い終えて、俺の口から人差し指を離して、俺に背中をむけ、ふところから懐中時計を取りだした。


「そろそろか」

「? な、何が、そろそろ、なんだ……?」

「ん? ああ、俺も時間が限られてるんだ。こう見えても、それなりに忙しくてな」


 男は疲れた笑みをうかべ、懐中時計をふところにしまった。


「さあ、それじゃ、贈り物パーティーはおしまいだ。もう『海』が戻ってくる。太陽は隠され、きっとまた孤独と寒さがやってくる」


 男は俺に背中をむけたまま言い捨てた。


 その言葉に、この夢のような邂逅の終わりをさとった俺は、慌てて男へすがりつこうとする。


 しかし、男はつかみかかる俺を見もせず、背を向けたままひょいっと避けてしまう。


「恐ろしい困難が待っている。君の人生にはまだまだ障害がたくさんだ。俺が与えたスキルをどう使おうと勝手だが、それは、この先に待つ困難を乗り越えるためのチカラだということを忘れないでくれよ。悪用は厳禁だ」


 男はそう言い、顔を横に向ける。


 ーーゴゴゴォォ!


「ヒッ……!?」


 俺は引きつった声をあげた。

 彼と俺の視線のさきに、もっともはやく戻ってきた『海』がせまっていたのだ。


「時間だな。俺はもういく」


 男の言葉に、彼が俺を置いてどこかへ行ってしまうのを直感した。


「ッ、た、頼む! 連れて行ってくれ!」


 男はこちらへ振りかえる。

 そして、ニコッと優しい微笑みをうかべ、


「それはできない」


 そう言った。


 絶望する俺へ、男は憐みをいだいた顔を向けてきていた。


「俺は世界を救ってくる。君は……君を待っている彼女のもとへ戻ってやれ」


 男は水のない海底に転がった魔槍を指差して言った。


「お願いします……連れて行って、お願いします……もう、嫌だ、恐いのは嫌なんです」


 俺は手をあわせて何度もお願いした。

 だが、彼が首を縦に振ることはなかった。


 ただ、ひとつ言葉を足してくれた。


「もし少年が″咲いたら″、いつか再会するかもしれない。その時まで俺たちはさようならだ」


 男は背中をむけ、スッと右腕をもちあげた。


 俺は別れを予感する、


 もう同行する望みがないことを理解し、同時に俺は、なにかひとつでも彼の事を知りたいと渇望するようになっていた。


「名前は…!あんたの名前を、教えて、ください……!」


 男は右腕をもちあげたまま答える。


「マクスウェル・B・テイルワット」


「ッ、あの、【伝説の運び屋】」


「そんな大層な……。ただの【運び屋】だ」

 

 男はそう言い、薄く笑い、指を鳴らした。


 ーーパチン


 瞬間、彼の姿が空間のねじれに吸い込まれるようにしてかき消えてしまった。


 直後『海』が戻ってきた。

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