第31話 ストレート・フラッシュの行方

 第20話を第21話に合体させたので、『第20話ガンスリンガー』が差し代わったいますが、内容に変更はございません。─────────────────────



 ──オオツキの視点


 白紙の札をひいた5人のプレイヤーが座る席。

 カジノ常連の勝負師オオツキは、なんの偶然か、紛れこんだ素人の青年2人の無様さに笑いを堪えていた。


(トーシロどもが。『ラックアップ』もなしでカジノで勝負しようなんざ、自惚れてんじゃねぇわい)


 オオツキは知っていた。

 カジノとは『運命力の戦い』をする場所であることを。


 薄く笑いながら、すぐとなりのエイトとか言うガキの、焦りの表情をおがむ。

 そして、無言でディーラーのサイキに2枚カードを渡して、新しい2枚と交換した。

 オオツキの手札は、ただいまやってきた2枚を手札に加えることで♠︎9♣︎9♦︎9❤︎9となり、強力な役であるフォーカードが揃っていた。


 これはすべてオオツキによって、引き起こされた″必然の結果″だ。

 とはいえ、オオツキがイカサマをした訳ではない。ゲームを取り仕切るカジノ側とその秩序を守るディーラーによって、誰にもイカサマなど出来ないようになっている。


 もう一度、述べよう。

 アルカディアのカジノは『運命力の戦い』をする場所である。


 個人の持つ運命の力、それを試す場所。

 もちろん、技術的・心理戦を繰り広げる舞台ではあるが、遊戯大会のポーカーはカジノが真に想定した″強運の者″を選抜するようになっている。


 それは、手札のカードを見る前に、アンティ(賭け金)を決めなければいけない事や、勝負から降りる事ができない、ゲーム進行の部分に現れている。


 こんな事が勝負として成立するのは、そもそもアルカディアにおいて『運』と呼ばれるものが、科学的に解明されているためだ。


(たまにいるんだよな。科学の力には頼らず、自分の運命力を試したいとかほざく青臭い奴らが)


 第7ゲーム終盤。

 ディーラーの合図で、手札を一斉に公開し、オオツキは余裕のフォーカードでこのゲームを制した。


 それもそのはず。


 ラナとエイトをのぞいた、プレイヤーたちは皆が『ラックアップ』の使用者だからだ。

 

 『ラックアップ』

 それは喫煙者の常態運命力を上昇させる超能力を発現させる″コカスモーク″の一種だ。

 この能力のあつかいに長けると、運命力を自在に引き寄せる事ができるという。

 これは『豪運』の二つ名で呼ばれる、あらゆる運命をねじ曲げる超能力者の遺伝子情報をもとに作成された製品だ。


 コカスモーク。

 それは氷室グループの供給していた、今では販売禁止の製品だ。超能力者でない者にも、生物進化をもたらす事で能力を与えることができる麻薬性タバコである。

  何十種類とあり、アルカディアの市民の多くは、この悪魔のタバコの喫煙によって特殊な能力をもっているのが常識である。


 もっとも、外部から来た人間は知らないが。

 

「なんで、勝てないだ…?」

「エイト、もう強行しない? ここにいたらいつか机叩き割っちゃいそうなんだけど」

「ラナさん、落ち着いて」


 オオツキは隣でドツボにハマってる青年たちを嘲笑う。


「なに、これはただの運試しさ。わしと君たちの間にあるのは、ただの運の差だけだよ、ククク…ッ」


 オオツキはそう言って、アンティのチップ額をいくらにするか、迷っているエイトの肩を叩いた。

 存外にしっかりしてる肩の筋肉に、オオツキがビックらしていると、エイトは何やらあたりをキョロキョロ見渡して、視線をオオツキに向けて微笑み、手をどかした。


「そうだよな。運試しなんだ。運が強い奴の手札が勝つ。まだ勝負はわからない」

 

 エイトはそう言うと、手元にある全てのチップを前へ押し出しアンティした。


 これには他のプレイヤーや、ラナも驚きを隠せないでいた。


(なぜ、ここで全額? いや、違う、ただ血迷っただけだ……ククク、ただ一度のゲームで主役を気取ろうとするバカめが)


 オオツキは苦い顔をして「わしも少し勢いをあげようかな」と言って、アンティの額をなんと8,000チップに引きあげた。


(クク、主役はわしだよ、エイトくん)


 第8ゲームが始まった。


 冷めた眼差しで見てくるエイトを尻目に、オオツキは含み笑いをしながら、サイキから配られた手札を確認する。

 意図して残存する運命力の多くを消費して引き寄せた手札は、それはそれは素晴らしいものだった。


(万が一にも、このガキの勝ちはありえないよう、わしの運の本気を見せてやるわい)


 オオツキの手札は、

 ❤︎7❤︎8❤︎9と続いて、♠︎3♦︎Qだ。


 数字を連続させて揃える5枚揃える事でストレートの役を狙える。

 さらに同じスート──柄・マーク──で揃える事でフラッシュの役を狙える。

 

 ストレートもフラッシュも、それだけで十分な勝ち手札となり得るくらい強い役だが、この2つが同時に起こった場合はもっと凄いことになる。

 すなわちストレート・フラッシュだ。

 これが出ると実質的に負けることは、まずない。


(ストレート・フラッシュが成立する確率は、実に1/70,000。こいつを『ラックアップ』の能力で引き寄せるのは骨が折れるが、このガキには差を見せつけられる)


 一度に全てを揃えるのは厳しいゆえの、二段構えだった。


 オオツキは体内のマナニウムの働きを意識しながら、いらない2枚のカードをサイキへ渡す。

 交換されてきた2枚のカード。

 オオツキはそれらをめくり……そして、ニヤリと微笑んだ。

 ❤︎6❤︎7❤︎8❤︎9❤︎10──確率の壁を超えてたのだ。その綺麗なストレート・フラッシュがオオツキの手のなかで、手札開示の時を待つばかりである。

 

(勝った……! あとは手札をオープンするだけだ!)


 オオツキは勝利を確信した。


 と、その時。


 ──ジャワ


「うわあ?! なんだぁあ?!」


 遠くのテーブルから煙が上がった。

 どうやら、何かが引火したらしく、一瞬だけ火の手が上がったとの事だった。


(『パイロキネシス』のコカスモークの使用者がうっかり手を滑らせたか……)


 オオツキの読みは正しく、突然の騒ぎはすぐにおさまった。

 超能力が身近な存在であるアルカディアの人間にとって、この程度のハプニングは、不思議現象でも何でもないのだ。


「っと、どうしたね、エイトくーん?」


 オオツキはうつむいて、元気なさそうなエイトを見る。

 

(大方、オールインしたのに、手札がブタで絶望してるってとこか! ククク…っ!)


 オオツキはもう噴き出して笑う寸前だ。


「では、皆さま、手札の開示をお願いします」

「あいあい、どうぞ〜」


 サイキの言葉で、オオツキは堪えきれない笑いとともに手札を開示する。


「フフ……へただなぁ、エイトくん。へたっぴさ! 勝負の出所がへただよ」


 オオツキはクククッと怪しく笑い、自分のアンティした8,000チップの倍額を、勝利の報酬としてプールから引き寄せる。


 しかし、


「オオツキ様、第8ゲームの勝者はエイト様でございます。手をお離しください」

「…………へ?」


 プールされたチップは、オオツキの前から、となりの青年の手元にごっそりと移動した。


 すると、エイトはニヤニヤ笑いながら「いや〜悪いっすね〜。調子出てきちゃって!」とおどけて自分の手札見せた。


 そこには❤︎6❤︎7❤︎8❤︎9❤︎10──さきほどオオツキが成立させた手札が、あたかもエイトの手札であるかのように置かれていた。

 

 否、それはエイトの手札だった。

 

 オオツキは数秒ほうける。

 そして、自分の手札を見下ろして、それが何にも役がそろってない、クソ雑魚手札である事を知って発狂しはじめた。


「なんじゃこりゃああああ?! お、おおお、おいぃぃぃい! ふふ、ふざ、ふざけるなぁああー?! このクソガキ! 貴様、なにかイカサマをしたんだな?! こんなのノーカンだ…ノーカン!ノーカン!ノーカン!」

 

 立ちあがり、手を振っての猛抗議。

 オオツキは怒りに震えて、エイトを指差す。


「このクソガキ、わしの手札と自分のゴミカードを入れ替えやがった! 完全なるイカサマだ! こいつはズルをしたぁああ!」


 オオツキは叫び散らすと、あたりのテーブルからも視線が集まってきた。

 公衆の面前で断罪してやらんと、オオツキは顔を邪悪にゆがめる。


「しかし、オオツキ様、どうやって?」

「そんなもの何らかのコカスモーク、あるいは超能力を使ったに違いない! そのストレート・フラッシュはわしが揃えたんだからな!」

「左様ですが。だとすれば、オオツキ様はこのテーブルを監督する私が、エイト様の全手札入れ替えのイカサマを見逃した、とおっしゃりたいのですか?」

「ッ、あ、いや、それは……」


 サイキの目がわずかに明るい紫に発色し、それを見て、オオツキは言い淀んだ。

 

(そうだ……イカサマの存在はカジノの沽券こけんに関わる。カジノはイカサマを未然に防ぐが、それゆえに一度起こってしまったイカサマを追求しない…!)


 超能力はびこるアルカディアのカジノにおいて、イカサマはする事より、許した事のほうが悪い。これは海底都市の法だ。


 そのことをオオツキより早くに承知していたアルカディア市民からは、この騒ぎたては全て、彼による彼自身の無能を露呈させるだけのイベントに過ぎなかった。


「ぐぅ……ぅぅ!」


「んだよ、騒がしい奴だな」

「騒ぐだけ騒いで、結局、自分が運命力を過信して負けただけのことだろ」

「このカジノは超能力者にだってイカサマさせないのにね。見苦しいわね、フフっ」


 軽蔑と嘲笑。

 オオツキはうなだれた。


 ────────────────────────────────────



 ──エイトの視点


 ポーカーは順調に第10ゲームを終えて、白紙札のテーブルは俺の勝利で幕を閉じた。

 

 最終的な手持ちは1万7,000チップだ。


「おめでとうございます、エイト様。では、少々こちらの席でお待ち下さい。他のテーブルとの調整をいたします」


 サイキはそう言って、どこかへ行った。


「ねぇねぇ、エイト。後半勝ちまくってたけど、あれどうやったの?」


 ラナがこしょこしょ話をしてくるわ

 吐息が耳たぶを温める感覚が、妙に恥ずかしい。って、違う。何を考えているんだ俺。


「んっん」


 俺はとなりで、絶望の顔してるオオツキに聞こえないようにラナに、何をしたのか答える。


 やっていた事は、単純だ。


 オオツキの言った通り、俺は自分の雑魚手札と、なぜか毎回毎回、素晴らしい役ばかりそろう彼の手札を交換していたのだ。


「でも、どうやって?」


 ラナは目を丸くして聞いてくる。

 俺は薄く笑って、手のひらの上におさまるほどの、ちいさなちいさなカードを縦に入れられるくらいのポケットの入り口を作って見せた。


 カード交換のトリックは、マクスウェルからもらった空間スキルによるものだ。

 まず、トランプが入る薄いポケットの入り口を俺の手のなかに生成。

 そして、二つ目のポケットの入り口をオオツキが隠す手のなかに生成する。

 あとは異次元のトンネルを介して、好きなように料理するだけだ。

 2点空間をつなぐスキルに〔収納しゅうのう〕を練習しておいてよかった。


 ちなみに、途中に起こったミニ火災は俺がポケット空間から、海底火山で回収した溶岩を少しだけこぼした結果だ。

 最初は不安だったので、あのような仕掛けわ使わせてもらった。

 2回目からは俺のイカサマを警戒してがっちり手札をガードしてくれるオオツキのおかげで、余計に外側から何が起こっているのかわりづらく、俺の手札交換も実にスムーズに行えた。


「あれ、空間を繋ぐって…さらっとヤバい事してない?」

「スキルが凄いだけだって。師匠のおかげだよ」

「ふーん。エイトって……そんなできるタイプだったかなぁ…」

「ふっふふ。まあな!」


 ラナの称賛を受けて鼻が高い、

 

「そっか…やっぱり、エイトはちゃんと前に進んで、成長してるんだね……」


 ラナの寂しげにつぶやき。

 俺は気分良くなってたが、ラナは全く別のことを思ってるのだと悟る。


「ラナ、何か悩んでるなら──」


 話しかけようとした時だった。


 カジノ全体、否、アルカディア全体に響き渡るほど大きな警報が鳴ったのは──。


「なんだなんだ?」

「この警報は緊急事態? リヴァイアサン級の深海生物があがってかたのかー?」


 アルカディア市民たちは存外に落ち着いた様子であった。

 それは、警報の意味がわかっていない。あるいは警戒が鳴る事が無さすぎて、何をすれば良いのか分かっていない様でもある。


 解放とともに、ヂィリという砂嵐音が聞こえて放送がはいった。


《緊急事態宣言を発令。緊急事態宣言の発令。地上から持ち帰られたアナザーが脱走。至急確保せよ。繰り返す。地上から持ち帰られたアナザーが脱走。至急確保せよ》


 ああ。またあの言葉だ。

 何言ってるかわかったものじゃない。


 俺とラナは顔を見合わせて、まわりの人間たちが常備している、ダイヤル式の翻訳機を通して聞こえてくる声に耳を傾ける。


「逃げ出した奴隷って……ウォルターオークションの超高額奴隷のこと?」

「小峰マクレインが買ったんじゃなかったのか? あの『ガンスリンガー』が奴隷に脱走を許すなんてな」

「何かあったんだろ。こんな警報初めて聞いたし」


 この感じは……小峰マクレインとの一悶着がうえのリーダー達とやらに伝わったらしい。

 ん、でも、小峰マクレインが死んだ風には伝えられていない?

 隠すつもりなのか?


「エイト、どうする?」

「ここまで来たんだ。最後まで行こう」

「オーケー。それでこそ、だよ」


 身を隠したいところだが、ファリアへの手掛かりがすぐそこにある。

 今更引けないさ。それにラナだった変装してるんだ。すぐにバレる事はないだろ。


「お待たせしました。エイト様」


 しばらくすると、サイキが戻ってくる。

 

「VIPルームへご案内します」

「ウ・チェンとの遊戯はこのまま出来るのか?」

「はい。本カジノのセキリュティは万全ですので緊急事態宣言のことはご心配なく」


 よかった。

 ウ・チェンには会えそうだ。


 あたりを見渡す。

 3階フロアにいた皆が、ボーイ達の案内で走って階段を降りて、カジノを出ようとし始めている。


「ラナ、これを持ってて」

「これは?」

「俺の『液体金属』の一部だ。あとで合流するのに役立つから」

「なるほど。それじゃ、エイト。また後で」

「気をつけろよ」

「そっちもね」


 ラナは人混みに紛れて、カジノの外へ向かった。


 ──しばらく後


 俺たちのテーブル以外、ほとんどの人間が階段下へ向かった頃。

 各テーブルのディーラー達は、それぞれの勝者たちを連れて移動し始める。


「……ん、俺たちはいかないのか?」


 しばらくしても動き出さないサイキに俺は話しかけた。

 テーブルには白紙札のテーブル勝者である俺とそのテーブル監督者の彼だけだ。


「残念ながらエイト様は、VIPルームのゲームに参加することが出来なくなりました」


 厳格な声だった。


「……」


 押し黙る俺の前。

 サイキはポーカーで使ったトランプを、細かな手つきでテーブルの上を滑らせる。

 ひとしきりテクニカルなシャッフルをし終えると、彼はテーブルの上にトランプの山をそっと置いた。


 彼はトランプの山をうえから叩く、

 同時、サイキの体を″見えない力″がほとばしり、風が彼を中心に巻き起こり、場の緊張感とオーラが爆発的に高まっていくのを感じた。


 俺はため息をつく。

 なんか、嫌な感じだ。


「……あー、サイキさん? もしかして、イカサマしたのに怒ったとか?」

「いえいえ、お客様。実に見事な手腕です。この私、氷室阿賀斗ひむろあがとにすらイカサマをさせない事で有名です。この手のカウンター役に自負があったのですが、いやはや世界は広い──そうは思いませんか?」

「……そうだな。こんな海の底の街なんかより、世界はずっと広いぜ」

「フッ、そうですね」


 サイキの手のひらに吸い寄せられるように、バラバラと順番に重力に逆らってトランプが浮いていく。

 

「それでは、エイト様。少々お付き合いください。第11ゲーム、スタートです──」


「………チッ、お前が『ディーラー』かよ」


 涼しげに微笑むサイキは、トランプを1枚指先に挟んで取ると、目つきを変えた。


 彼の瞳は紫色に発光していた。

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