第63話 侵略の予兆
俺はハンターズを追いかけて海底神殿の中央ドームのなかへ足を踏みいれた。
「なんだこれ」
ドームのは直径数百メートルにもおよぶ円形闘技場のようになっていた。
中央には湖が見えている。
(ぐぎぃ)
「なんか浮いてる?」
最初は大きな岩かと思った。
だが、思念体をつうじて得たグランドマザーの意見を聞けば、考えはかわった。
俺は湖にうかぶ金属でできた要塞が、俺たちが求めていた潜水艇なのだと納得した。
水面上に突きでているのは、潜水艇の上部だ。水面下には巨大な潜水艇本体と思われる黒い影が見えている。
と、その時、
緊急事態を知らせる警報が鳴りだした。
アルカディア市内の砂あらし混じりの放送ではなく、非常にクリアな音だった。
怪訝に眉根をひそめる。
「エイトくん」
「リーシェンか」
ドーム脇からこちらへ来る。
彼の背後には見覚えのある人物がいる。
「ガアド、よかった、やっぱりまだ生きてたか」
「ボロボロにやられたがね」
彼はそういって、頬にあいた穴を手でおさえた。
「それより、エイト。そっちこそ生きているとはな。青年から聞いてはいたが、ゼロの手から逃れられたとは流石だ」
「エイトくんは終焉者なんだろう? たかが、ひとりの超能力者に討たれるわけないじゃないか」
リーシェンは「そうだろ?」と俺の肩にこぶしをあてる。
馴れ馴れしい。
そして、まず、ゼロって誰だ。
ガアドにたずねる。
「ゼロは氷室四天王のひとり。かつ、私兵部隊ハンターズのリーダーだ。お前のことを殺害したと尋問中に聞かされてな……正直、あせったものだ」
俺を殺した?
俺の体を氷象にかえて砕いた男のことか。
「四天王にして、狩人の長か。いつかおとしまえはつけさせないとな」
「はは、残念だけど、エイトくん。ゼロは僕がもらったよ」
「なに?」
「ちょうど、ゼロから逃げるガアドさんを見つけてさ、虚をついて拳を打ってみたら、案外いけちゃったんだ」
「いけちゃったってお前な……」
「注意力散漫、あるいはガアドさんに執心しすぎてたように見えたかな? あれはただ逃走者をおいかけてるって感じじゃなかった」
リーシェンはガアドへ視線をちらっと向けて意味ありげに話をふる。
ゼロとガアドは捕縛者と逃走者、それ以上に関係があるというのだろうか。
「詮索はよせ、青年。私はもう長いことアルカディアで生きてきた。言えないことのひとつやふたつ抱えて当然だろう」
「たしかにその通りだ。僕だって派閥間をまたぐときには、口を滑らせないように気をつけるもよだよ。失礼した許してほしい」
ガアドは重くうなずき、俺へむきなおる。
「私の娘とラナ、それとあのアルゴンスタは無事なのか?」
「もちろんだ。洞窟の反対側の船着場でまたせてる」
「そうか。では、急ごう」
ガアドはドーム外へつま先をむける。
「おい、待てよ」
俺は彼の肩をつかんだ。
「あのデカいのが、例の潜水艇ってやつじゃないのか。あれなら地上へ帰れるんだろ? 目の前にあるのにどうして放っておくんだ」
潜水艇のためにここまで来たんだ。
さっき神殿前でハンターズたちを引きつけ、その隙にリーシェンにガアドを救出させたのも、すべてはアレのためなんだ。
「予定が変わった。あの潜水艇は奪えない」
「は? そんな話が、いまさら通るか。あんたは約束しただろ、俺とラナを地上へ帰してくれるって。オークションでファリアを助けてやったのを忘れたのか」
「その事は感謝している。だが、無理なものは無理だ」
ガアドは断固した態度で、潜水艇の奪取はできないと言い張った。
「最終シークエンス完了、ダイダラボッチ級超弩級潜水母艦 NEW HORIZON 潜水開始」
湖にうかぶ潜水艇が、騒々しいアラートとともに、水面下へともぐっていく。
俺は追いかけようと走りだすが、すぐにガアドに手をひかれて止められた。
土壇場でうだうだ言いはじめ、約束を違えたガアドに俺は怒りを感じていた。
「はあ……理由があるんだろ? どうしてか聞かせてくれ」
俺は冷静さをたもって、潜水していく船を見送り、プラン変更の仔細をたずねる。
ガアドは理由を聞かせてくれた。
ひとつ目は、氷室が開発した新型潜水艦 NEW HORIZON 号は、ガアドひとりが操縦できるサイズではないこと。
ふたつ目が、海の悪魔と呼ばれる海洋生物を内蔵するという、想像以上にリスクの高いシステムを採用していることであること。
「そして最後に、エイト、あの潜水艦がお前の故郷である地上の国へ、本格的に侵攻するための侵略艦だからだ」
「侵略艦…? あのデカい潜水艦で地上へ攻撃をしかける気なのか?」
背筋が凍るような思いがした。
強力なチカラをもつ超能力者。
人を殺すのに特化した銃兵器。
異世界人を奴隷にする危険思想。
このおぞましい海底世界を決して地上へいかせてはならないと魂がうったえてくる。
アルカディアの人類は、シャドーストリートで病人をほったらかしにし、水も酸素も生きる権利さえ金にかえて商売するやつらだ。
知識、思想、技術、文化、どれひとつをとっても、それは俺たちの世界にとって良い影響をあたえるのは思えない。
「ダメだ」
無意識につぶやいていた。
「あの潜水艦はここで破壊する」
湖にむきなおる。
水面にはわずかばかりの波紋しか残っておらず、潜水艦がもう海の深くにもぐってしまったことは疑いようがなかった。
「エイト……残念だが、やめておいたほうが賢明だ。あの船には″選ばれた人類″、つまるところ超能力者が1.000人にせまる勢いで搭乗する予定らしい。前アルカディア人口の1%に満たないが、個々の質は段違いだ」
「超能力者がもつ戦闘力の最大値はだいたいわかってる。大丈夫だ、ハンターズより弱いやつが1.000人あつまったところで俺には問題ない」
実際に勝てる自信はある。
「明らかに消耗してるだろう。それに、四天王はハンターズより強い。小峰マクレインは倒せたかもしれないが、やつは空席を埋めていたにすぎない。ほかの四天王は氷室にせまる強さをもっているはずだ」
「関係ない。やるべきことをやる。やりたいことをやる。そのための障害を突破するための力はもう身につけてるんだ」
「ほんとうに勝つつもりなのか?」
「やる前から負けること考える奴はいない。違うか、ガアド」
俺は言いきり、ガアドの瞳をみつめる。
青い目は憂うようにゆれていた。
「……わかった、やれるだけやってみよう」
ガアドは瞑目し、しぶしぶと意を決した。
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俺とガアド、リーシェンは燃えさかる海底洞窟を横断して、船着場までもどってきた。
「あ、パパ!」
「ただいま、ファリア」
父親の無事をしるなり、ファリアは目の端に涙をうかべて抱きついた、
ボロボロの父親のことを、至極心配そうにあんじて、すぐに手当てをはじめる。
「いきなり変なところにテレポートさせるんだもん、ひどいよ」
「すまない、ファリア。あの時は今生の別れだと思ったからね……それより、すこし話をしないか」
親子はすこし離れたところへと行った。
「エイト、無事だって信じてたわ!」
ラナが走ってきて、そのまま胸に飛びこんでくる。俺は膝をおって姿勢をひくくして、彼女の小さな抱擁をうけとめた。
「怪我はない?」
「大丈夫さ、ラナ。そっちは平気だった?」
「うん、なんの問題もなかったわ。ファリアが機械バラして爆弾工作してるのを、キングと手伝ってただけだし」
キングがのそのそ遅れてやってくる。
「ぐぎぃ」
俺は頭をなでてやり、思念体をキングの立派な角の根本にフィットするように置いた。
「あーあ、部外者はお邪魔しないほうがよさそうだー」
「リーシェン、暇なら潜水艇の準備をしとけよ。すぐにあのデカイ潜水艦をおいかけるならな」
「エイトくん、俺にだけ雑じゃない?」
リーシェンはぶつくさ言いながら潜水艇のなかへ入っていった。
「潜水艦? もしかして例の海の神秘につかまるない潜水艇がみつかったの?」
「うん。だけど、いろいろと問題があって」
俺はラナにNEW HORIZON 号の話をした。
ラナはソフレト共和神聖国が狙われていると知り、ショックを受けているようだった。
と、同時に、まんまる瞳をカッと開いて、するどくして、ひどく怒った。
「許せないわ、そんな潜水艦ぶっこわしてやるのよ! エイト、やっちゃいましょ!」
「だよな。ラナならそう言うと思ったよ」
肩をすくめて、ラナの頭を撫でる。
「身内から止めてもらいたかったが……」
ガアドは残念そうに言いながら、近づいてきた。
「わたしたちは負けない。絶対にね」
ラナは薄い胸をはり、ガアドを威嚇するように乳歯をむいてこわい顔をした。
「いいだろう。その件についてはもう反対しない。時間に猶予はない。これからの事を話そうか、エイト、ラナ。それでいいかね?」
俺たちはうなずく。
発進準備がととのった潜水艇にもどり、今後の方針を決めるための会議がはじまった。
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