第67話 数奇な旅路



 アガトは思う。


 この世界にはバカしかいないのか、と。


「CEO、ディザステンタの『ソラリス』たちは依然第7、第3エンジンルームに立て篭っています」

「目的はサイドモジュールの奪取か」

「そのようです。点検用コンソールから『エンジニア』の能力をつかってクラックしようとしています」


 アガトは思案する。

 戦略がいささか足りない、と。


「第7はジャクソンに対処させろ。船首にはマクレインを置いて近づけさせるな」


 素早く指示をだし、携帯を手にとると四天王のひとりに電話をかけた。


 しかし、電話の相手は5度コールが響いても出なかった。


「雪乃め……」


 携帯をしまいアガトは操縦室をあとにした。


 無言の返答はなによりも明確に、彼女の裏切り行為を示しているものだった。


「俺より終焉者を選んだか」

「CEO、どちらへ?」

「第3エンジンルームは俺が対処する。A級職員をすべて上部第7-3隔壁のうしろへ避難させておけ。──凍死させたくない」

「かしこまりました」


 秘書の女性はうやうやしく一礼して、全体へ指示をとばしはじめた。


 ただいま、地上侵略艦NEW HORIZONは危機的な状況にある。


 それは、順調に海の悪魔をほかくし、船底の格納庫に収納したあとに起こった、ディザステンタ派の潜水艦ジャックのせいだ。


 彼らの目的はNEW HORIZONの奪取、およびアルカディアへの叛逆市民として、氷室金属鉱山株式会社・最高経営責任者:氷室阿賀斗を拘束することにある。


「不毛な戦いが本当に好きな男だ」


 アガトは私兵部隊ソルジャーズが入り口をかためる第3エンジンルームへとやってきた。


 アイコンタクトひとつでソルジャーたちを下がらせて、鋼鉄のハッチを凍結させる。


 彼は拳で軽くたたいて砕き破壊した。

 

「マナニウム合金製エネルギーシールドといえど万能ではない。粒子運動を完全に停止させれば、そこに破壊する余地は生まれるというものだ」


 アガトは足元を凍結させながらエンジンルームへ堂々として足取りで降りていく。

 

「くだらない戦いは終わりにしよう、ディザステンタの傀儡人」


「っ、氷室阿賀斗……!」

「むこうから出てきやがった!」


 エンジンルームから潜水艦のコントロールを奪おうとしていた、刺客たちはアガトの到来に身をかたくした。


 ──3秒後


 サブエンジンルームでは白い息をはき、敵を一掃したアガトの姿だけがあった。


 アガトは刺客たちからタブレットを奪い、片手で高速でタップすると、エンジンを再起動してクラッキングプロセスを白紙に戻させた。


「やれやれ」


 タブレットを凍らせ、粉々に砕いてアガトはエンジンルームをあとにする。


「死体をマナニウム炉にでも突っ込んでおけ」

「かしこまりました」


 ソルジャーズにあと処理を命じた。

 

 つぎにするべきは、現在の刺客の掃討状況を知るために、空間にうつしだされる拡張モニターで船内をチェックすることだ。


「ん」


 アガトはふと足をとめた。


 彼の気をひいたのは本来動いているはずのマナニウム炉第六号機が稼働していないせいだった。


 マナニウム炉はNEW HORIZONの心臓、入れる者は氷室阿賀斗が許可したS級職員と、四天王、そしてアガト自身だけだ。


 乗っ取られるはずがないエリア。


 どういう事か。

 操縦室の近くにある、メイン調整室に確認するべく連絡をとろうとする。


 ふと、アガトは第7エンジンルームがまだ制圧完了していないことに気づいた。


 四天王ジャクソン、別名『サムライ』の名で知られる氷室雪乃の直弟子がむかったエリアだ。


 かの少年の剣と制圧力なら、とっくにエンジンルームを取り戻していてもいいはずだ。


「……っ、まさか、そうかお前もか」


 アガトは何かに気がつく。


 しかし、すこしばかり遅かった。


 彼が対処するよりもはやく、マナニウム炉第六号機がオーバーフローを起こして大爆発を起こしてしまったのだ。



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        ────────────



 ──エイトの視点



 魔槍を片手にNEW HORIZONを塔の壁をかけあがるように登っていく。


 若干斜めっている、その甲板のうえでは超能力者たちが死闘を繰りひろげていた。


 流れ弾で飛んでくる火炎を避ける。


 ん、あれは──、

 

「病みあがりにこの数は厳しいぜ」


 甲板のうえでリボルバー拳銃を連射して、超能力者たちに1発も外さずに当てる男。


 小峰マクレインだった。


 明らかに死んだ気がしたが……。

 今にして思えば不思議なことはない、か。


 ウォルター・ブリティッシュ同様、やつもまた高い不死性をもっているってことだ。


 身体をまっぷたつにしたくらいじゃ、死にはしないのだろう。


 俺は甲板のうえを無視して、ハッチから潜水艦のなかへ侵入した。


「誰だ、貴様は!」

「ん」


 さっそく銃で武装する兵士と遭遇してしまった。


「俺は……助けに来たんだ氷室阿賀斗を」

「は?」


 もしかしたら、居場所を教えてくれるかも。そんな淡い期待をいだいて演技する。


「意味のわからないことを!」


 兵士はすかさず銃を撃ってくる。


 ダメだ、こりゃ。


 俺は銃弾を電子フィールドで受けとめて、兵士に撃ちかえすことで無力化した。


「ぁ、ぐ、ぁ…」

「悪く思うなよ」


 かたむいた潜水艦のなかを兵士たちを、軽くひねりながら進んでいく。


 途中、船内の案内図のようなものを見つけたので、俺は案内にしたがって、船の前の方、かつ上の方を目指すことにした。


 たびたび爆発がおき船内は大きく揺れる。


 困難を乗り越えて、そこらじゃう迷いながらも、潜水艦の船首のほうへたどり着いた。


 扉に書いてある文字は読めなかったが、なんだか立派部屋にやってくる。


 潜水艇でいうところ、操縦室ってやつだろう。


 部屋にはたくさんのモニターや、計機があり、ここが潜水艦の中枢部分にあたるエリアだということもわかった。


 モニターの明るさだけが頼りの広い部屋のなか、黒いスーツ姿の男があるいていた。


 背中が開く、身長は2mありそうだ。

 青いネクタイをしていて黒髪は、ガッチリとかたまってオールバックにされている。


 男はモニターを見ていた。

 なにかよくない事が起きてるらしい。

 彼の顔は余裕がなく、表情はけわしい。


 モニターには巨大な倉庫で暴れまわるタコのような生物をみつめて、大きなスマホを操作する手をとめていた。


「…………それが海の悪魔か?」


 満を辞して声をかける。

 男はこちらへゆっくり顔をむける。

 またのっそりとモニターに視線を戻した。


「あれはクラーケン。アナザーたちが3万年前の海から見つけた最古の神海生物だ」


 男はそう答え、こちらへ向きなおる。


「ここまで入られるなんて思わなかった。船内はそんなに警備が手薄だったか」

「お前が氷室阿賀斗だな」

「だとしたらどうする、終焉者」


 目を閉じて、俺はゆっくり歩を進める。


 ここら辺でひとつハッキリさせよう。

 せっかくトップに会えたんだから。


「俺はあんたを殺しにきた」

「そうだろう。そういう瞳をしている」

「だが、終焉者じゃないんだ。少なくとも俺はアルカディアを滅ぼすためにここへ来たつもりはない」

「さして面白くもない冗談だ。君が終焉者でなければカジノをめちゃくちゃにし、マクレインを襲い、ウォルター・ブリティッシュを潰し、ハンターズを壊滅させた言い訳をどうやってするつもりだ。俺が氷漬けにしたあの海洋生物だって、君が解放したことは、わざわざ言及するまでもなく承知している」


 いや、そうなんだけど。

 そうなんだけど、違うんだ。


 改めて罪状をならべられて、今更、終焉者じゃないと言ったところで信じてもらえないと俺は思いなおした。


「終焉者、君のために裂いてあげる時間は残念ながら1秒としてない」


 氷室はつめたく言い放つ。


「どうして? 本来ならアルカディアは全勢力をもって長年恐れつづけた終焉者を撃退するべきじゃないのかよ」

「その通り、本来は……な。君はディザステンタよりよほど聡明らしい」


 彼は視線を手元のタブレットにもどして、しきりに何かを操作する。


「ディザステンタは偽りの王だ。奴のせいでアルカディアの異世界進出は半世紀遅れた。見たまえよ、その結果がいまの惨状だ」

「惨状? 都市の衰退のことか」

「市民たちは世代交代をし、この土地を自分たちの故郷だと思い、居心地良さすら覚えはじめた。私たちは本来、急進的侵略活動のためにおもむいたというのに、その使命を忘れてぬくぬく都市を築いた。今思い出しても、身の毛のよだつ堕落である、と言わざるおえない」


 氷室は「そうは思わないか、終焉者」と同意を求めてくる。


 そんなこと言われても、俺は彼らの事情など知ったことではないので答えられない。


 ただ、興味はある。

 なんで彼らはこの世界へ来たのか。


「あんたら別の世界から来たんだろ」

「こそこそ歩きまわって知識をたくわえたらしいなアナザー。アルカディアの観光は楽しかったか? 君たちの石と木、藁とレンガで出来た超前時代的の建物とはえらく趣向が違っていたことだろう」

「たしかに凄かったぞ。見るもの見るもの、すべてが新しい。……時にずっとモヤモヤしてた質問なんだが、金属をあんなにつかって、もったいなくはないか? あれだけあれば、たくさん剣も鎧も鋳造できるだろうに」


 俺の質問に氷室はいっしゅんほうけた表情をして、すぐに愉快に笑いはじめた。


「ははは、最高の冗談じゃないか! ……私たちはこんな原始人のような人間たちから国土の一つも奪えずに70年も指をこまねいていたのか! ああ、なんという屈辱! なんという無駄な時間だ! これでは地球に残してきた社員に顔合わせできない!」


 彼はタブレット端末をちかくに置いて、こちらへ体を向ける。


 崩れたオールバックをかるく撫でつけて歩み寄ってきた。


「なあ、終焉者、話をしよう。君たちの世界のことを生きた言葉で教えてくれ。どれくらい″弱い″世界なのか興味が尽きない」

「断らせてもらう。あんたの俺たちを馬鹿にした態度はムカつく」

「そう言うものじゃない」


 氷室の目の色が水色に輝いた。

 同時に彼の体をオーラがつつみこむ。


 爆発的にふくれあがるチカラの奔流は、鉄の床に真っ白な霜をおろして、一瞬で俺の足元まで氷つかせてしまった。


 反応する隙すらなく、俺の体は巨大な氷に呑まれて氷漬けにされた。


「『白の救世主』などと呼ばれたこともあった。もうずっと昔の話だが」


 指一本動かせない。

 これはただの氷ではない。

 氷室阿賀斗というアルカディア最強の超能力者のオーラが具現化したものだ。


 熱で溶けることはなく、意思ひとつで形状変化して敵を凍てつかせる。


「終焉者、私たちに世界を譲るよう地上のアナザーたちにコンタクトをとってはくれないか?」

「っ、意味わからないこと言うな」

「平和的な解決をしようと言っているんだ」

「こんな巨大な兵器をつくっておいて、平和的な解決? ふざけるのも大概にしろ」

「ふむ、そうか。私がふざけているように思えるのか」


 氷室は全面モニターをきりかえて、丸くてウネウネした不思議な映像をみせてくる。


「これはディザスタウィルスの視覚モデルだ。君にもわかるよう簡単にいえば、病気の原因だよ」

「なんでこんなものを……」

「決まっている。交渉のためさ。終焉者である君が異世界側への無条件降伏を受けさせなければ、私はこのウィルスを地上に散布する」


 病気の原因……散布するとどうなる?


「ディザスタウィルスは感染力、致死性に優れた危険な病を発症させる。名は粉塵病」

「なにを、言って……粉塵病…?」


 言ってることが難しい。

 病気を意図的に引き起こすと言っているのか?


「いきなり、何を言っているんだ」

「いきなりじゃない。異世界に来た当初から考えていたアイディアだ、終焉者」

「異世界に来たとき…」

「ふむ。一から説明しよう。実を言うとね、私たちの故郷はこの病原体のせいで、土地が枯れて、滅亡の危機がせまっているんだ」


 氷室は困ったような顔していう。

 同情でも誘おうと言うのか。


「故郷が住めなくなったから、俺たちの世界をいただくとでも? そんな身勝手がとおると思ってるのか、海底に住んでた人々を根絶やしにしてまで!」


 自分勝手すぎる物言いに腹がたつ。


「仕方がないことだ。私たちは進化してしまったんだから。文明は消費の大味をしめた。朝も昼も夜も、大量の資源とエネルギーを使いつづけなければ、私たちの生活は保てないんだよ」


 大量のエネルギー。

 東部採掘場ではデカイパイプと設備をつかって、永遠と濃い魔力溜まりから、エネルギーを汲み上げていると言っていた。


 フラッドやトムの話によれば、あれは採掘場のわずかひとつに過ぎず、海底には同じような施設が10個以上あるらしい。


「その点、異世界はすばらしい。海中のマナニウム濃度は日本海のアベレージと比べて約2,000倍だ。もし異世界の海水をペットボトル一本分地球へもちかえれば、それだけでひとつ財産を築けるレベルなんだぞ」

「そんなに水が欲しいなら、海水をいくらでも持って帰ればいいだろ。なんでわざわざ、侵略する必要があるんだ」

「わかってない、何もわかってない。人間のもつ底知れぬ貪欲さ、その残酷なまでの執着をまだアナザー人類は知らないとみえる」

「残酷なまでの執着……」

「マナニウムの発見は、すなわち超能力の発見だった。地球上では第三世界へつながるエネルギー資源をめぐって、それはそれは酷い戦いがあったさ。それが、どうだ? 次元ひとつ越えたお隣の世界には、俺たちが血と尸をさらしてまで争っていた超資源が、捨てるほど溢れていると言うではないか」


 彼らは見つけてしまった。

 自分たちの欲しいエネルギーが、潤沢にみなぎっている俺たちの世界を──。


「不幸なことに異世界飛行は失敗におわったがね。出現地点の計算を間違えたせいだ。俺たちは暗い海の底に閉じこめられることになったが……まあ、ここまで自分たちの力で何とかやってきたさ。時間はかかったが」


 嘘だ。


 神殿に住んでた人々から奪い、奴隷にし、この安全で豊かな土地を奪ったんだろう。


「お前は最低だ。最悪だ」

「先住民が打倒されるのは、歴史の常だろう。可哀想な俺たちをたすけてくれよ、アナザー」


 虫唾が走る。


「勝手な常識をおしつけるな、クソ野郎。それは少女を鎖につないでオークションで競売にかけていい理由にはならないだろ」

「さて、それはどうかな。どのみち何が正しかったを決めるのは戦争の勝者だけだ。……いつの時代も、どこの世界でも」


 氷室は笑みをふかめて、モニターのディザスタウィルスを指し示す。


「ディザステンタの私兵を片付けたら、我が社は地上への進出を目指す。ウィルス散布から数年でユーラシア大陸サイズの土地を無人化できると踏んでいる。免疫をもたないアナザーならもっと早いかもしれないが」


 NEW HORIZONが地上へでたら、本当に最悪なことになる。


「ふざけ、この……ッ」


 疫病を人為的に発生させる?

 させるわけがないだろ!


 俺は身体にふれている氷を〔電界碩学でんかいせきがく〕でバラして、酸素と水素へ変換させていく。


「ほう、原子の理解があるのか。私たちの科学を1マイクロメートルほど学んだようだ」


 全身の筋肉をりきませて氷を砕く。


 そうして出来た隙間から溢れだした危険な気体に、ポケット空間から溶岩をかけた。


「氷結に耐性があるのかな。それに空間に穴を開けるとは。実にユニークな能力だ」


 いちいち評価すんな。


「いってろ!」


 称賛する余裕をみせる氷室をまきこんで、俺は自分ごとあたりを爆破した。


 赤い衝動が燃えひろがり、破壊の炎熱は操縦室のおおくを破壊しつくすだろう。


「だが、君の想像するようにはならない」

「っ」


 俺の想像は裏切られた。


 生み出された熱が、氷室の手のまえに収束していくのが見えたからだ。


「氷を生成する能力が本当に″タダ氷をつくりだす能力″なのかと疑ったことはあるかな? 私は疑わない人間を軽蔑する」


 彼はそういいながら、手のなかにの炎を玉にして俺は投げつけてきた。


 とっさにポケットを開いて炎の球を飲みこむ。


 お返しに氷室の顔のまえでポケットを開いて、火炎の球を彼にぶつけた。


 彼は羽虫を払うよう、火球も払いのけた。


 こいつ氷の超能力者じゃないのか?


「氷の生成は熱操作の応用にすぎない。私は普段から氷をつかって、つまらない邪魔者を制圧しているわけだが、どちらかと言うと炎のほうが得意なんだ。理由はごく単純。炎

エネルギーの加法だから。マイナス計算より頭が疲れない」


 氷室は空気が割れるように音とともに左足付近に水色の氷柱を召喚して凍結させ──他方では、右肩から先を赤いオーラでつつみ、右手のうえに火炎球を作りだしてみせた。


「これまで戦った超能力者と同じにしない方がいい。俺が他者を明確に違う生物と考えるように、君も氷室阿賀斗という存在をまったく別の生物と考えたほうがいいだろう」


 この男のオーラの厚さ……尋常ではない。

 海底都市でこれまで戦ったすべての超能力者のオーラの濃さを足してもまだ足らない。


「さて、理科の授業でもはじめるか」


 氷室は澄ました笑みをうかべた。

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