第66話 愚かなアルカディア人


 謎の少女を追いはらった俺たちは、酸素街の港へと帰ってきた。


 重症のリーシェンをガアドに診せる。

 彼はコカスモークを使い、止血と回復能力の加速を行うことで質の高い治療を行なった。


「絶版のコカスモークだ。高くつくぞ」

「金ならあるよ、ガアドさん」


 リーシェンはスマホを手にとると、素早く画面を操作した。

 吸い殻をはき捨てて、自身のスマホを手にとるガアド。


「何してるんだ」

「金を受け渡しだ。アルカディアじゃこいつひとつあれば済むのだよ」


 便利なものだな。

 俺のもできるのだろうか。

 

 スマホをポケット空間から取りだした。


 すると、


 ──トゥルル


 いきなり、着信が鳴った。

 前に着信が鳴ってうるさかったからポケット空間に入れっぱなしにしてたんだった。


 俺は着信に出る。

 

「誰だ」

「超能力者様! いつもなんで電話に出ないんですすか?!」

「ああ、東部採掘場の…………フラ、フラ……で、用件はなんだ」

「フラッド・エインリルです。別に覚えなくても構いませんよ。ってそんな事じゃなくて、大変なんです、超能力者様! 実はあずかっていたアルゴンスタたちがいっせいに移動しはじめたんですよ!」

「なに? あの3匹を逃したのか?」

「すみませんっ、でも、相棒のトムが追いかけてます!」


 よかった。

 落ち着いたらグランドマザーに会わせてやろうと思ってたんだ。


「それだけじゃないんです、超能力者様」

「まだあるのか?」

「はい、実はさっきお話しした発光する植物から、ちいさなアルゴンスタ達がかえりましてみんなして例の3匹と同じ方角へ、向かい始めたんです!」

「ぇ……その方角って」

「アルカディアです、アルゴンスタたちがみんなアルカディアに向かい始めちゃったんですよ!」


 俺はスマホを話して、耐圧ガラスの向こう側にひろがる、暗い海をみつめる。


 直感的にさとっていた。

 グランドマザーが何か始めたのだと。


「超能力者様? 超能力者様、聞いてらっしゃいますか?」

「ああ、聞いてる」

「俺は、俺はどうしたらいいですか?」

「……とりあえず、相棒とともにアルゴンスタたちの動きを観察しろ」

「っ、でも、採掘場のことがありますし…」

「俺は氷室阿賀斗とは知りあいだ。口添えしてやるから、採掘場のことはいったん放っておけ」

「っ、さすがは不遜で生意気な態度の超能力者様です! まさかうちの社長とお知り合いだったなんて!」

「ぶっ飛ばすぞ」


 適当にごまかして、フラッドは海底探索用バギーでアルカディアへとやってくる事になった。


 スマホをポケット空間に放りこむ。


「エイト、NEW HORIZONが寄港するまで休憩しておけ。疲れてるだろう」


 ガアドが缶ジュースを渡してきながら言う。


 俺はひと眠りしようと思い、潜水艇のなかへむかう。


 が、聞くことを思いだした。


「そういえば、ハンターズを見た」

「ハンターズ? 統括港都市が沈んだとなれば酸素街は次のアルカディアの玄関として機能する。先んじて部隊が動いていても不思議じゃない」

「いや、それが、すこし様子がへんだった。ハンターズを指揮する立場だとか、なんとか」

「指揮官、ゼロよりも高位だと。限られてくるな」

「黒髪黒瞳の俺よりすこし若い女の子だ。あいつはもうハンターズを引き上げさせたって言ってたんだ。どういう意味だと思う?」


 ガアドはひじを抱いて思案する。


「そいつは氷室雪乃かもしれない」

「? 氷室、ユキノ?」

「氷室阿賀斗の娘だ。独立志向が強く、父親である氷室阿賀斗の傘下から離れたがっていると聞いたことがある。もしかしたら、彼女は忍びない親殺しを、おまえに代行してもらおうとしているのやもしれない」

「親殺し、つまり、自分が氷室グループのトップになりたいから、終焉者の俺に殺させるシナリオってことか」


 なんて小賢しいやつだ。

 可愛い顔してるから見逃したが、とんでもない悪魔じゃないか。


「氷室雪乃がハンターズをさげさせたなら、残る障害は少ない。よかったじゃないか、エイト、私たちにも運が向いてきているぞ」


 手放しで喜べることではない。

 不安要素をあとまわしにしただけの事だ。


 とはいえ、こっちは寄港した氷室阿賀斗をNEW HORIZONともども、襲えれば、それですべてのミッションは完了だ。


 地上へ帰れるというわけだ。

 悪くはない流れといえる。


「すこし休む」


 潜水艇のなかのソファで、身を横にして毛布をかぶった。


「ふあ〜疲れたわ〜」


 ナチュラルにラナが俺の毛布に潜りこんでくる。さらさらの黒い髪をなで、顔を押しつける。優しい香りがしてすごく落ち着いた。


「エイト」

「どうした、ラナ」

「アルッシー」

「……忘れてないよ。見つけたら必ず倒すからな」

「うん」


 俺はラナの頭をなでなでしながら、深い眠りに落ちていった。

 


 ──────────────

        ────────────



  ──2日後


「NEW HORIZON来ないな」


 俺たちは港で非常食をつつきながら、潜水艦の寄港をいまかと待ちわびていた。


「ラナ、あーん」

「はふん、むにゅむにゃ」


 パイン缶をラナに食べさせおえて、俺は立ちあがる。


 すこし離れた場所で、監視の当番をしているガアドのもとへ向かう。


「傷の具合は?」

「まあまあだ。痛み止めが効いてる」


 ガアドは頬の縫い目を指でさすった。


「リーシェンは帰ってきたか?」

「いいや。あれっきり微塵も気配はない」

「そうか」


 2日前、リーシェンは姿を消した。


 彼としては目的は果たしたし、これ以上俺たちと同行する理由がなかったため、当然の行動ではあった。


「惜しい戦力を無くした。『龍葬』のリーシェンといえば、アルカディアで最強の旧人類だ。超能力者殺しでも有名でな」


 たしかに強かった。

 超能力者じゃない人間だというのだから、なおのこと驚きだ。


「防衛ラインのチェックをしてくる。監視をたのんだ」

「任された」


 ガアドがレイガンを片手にたちあがる。


 ──ゴゴ、ォ


「ん?」


 奇妙ない音。

 大きな金属が擦れあうような振動。

 俺は耐圧ガラスの外を見あげた。


「あ」


 アホウな声をもらす。

 なぜなら、ガラスの向こうから、黒くて巨大な影が向かって来ていたから。


「なんか来るぞ!」


 叫ぶと同時に、俺はガアドをつかんで潜水艇のちかくへひきかえした。


「っ、あれはNEW HORIZON! まさか、港に突っ込んでくる気か!」

「めちゃくちゃすぎだろ」


 暴挙にもほどがある、何が目的だよ。


 俺は道中をラナを抱っこして潜水艇のなかへほうりこんだ。


「ファリア、キングを頼む」

「まかせてください、エイト様!」

「ぐぎぃ」


 残りふたりを乗せれば一応避難は完了だ。


 直後、NEW HORIZONは港へ激突した。

 大地に穴を穿たんとする槍のようだ。


 港ちかくの建物を軒並み破壊しつくして、地面に深々と突き刺さった。


 俺は思念体と協力することで、電磁バリアを張ることで衝撃から潜水艇を守りとおす。


 ──しばらく後


 すべてがおさまった時、あたりは浸水と火災によって混乱極まる状況になっていた。


「げほっ、けほっ」


 咳きこみながら、潜水艇の無事を確認する。


 船体にすこし傷はついたが、潜水航行するのに支障がでるほどではないそうだ。


「エイトっ、大丈夫だった?!」

「平気だと、思う、けほっ、ラナ」


 ぴゃんっと出てくるラナを抱きとめる。

 

「よかったです、エイト様がご無事で、でも、これはいったい……」

「NEW HORIZONは壊れたか?」


 ファリアとガアドも出てきて、終末のような光景の港を見渡した。


 見たところNEW HORIZON自体は港に突き刺さっているだけで、負傷らしい負傷はしていないように見える。


「エネルギーシールドか。あらゆる衝撃から船体を守る、氷室グループの次世代兵装だ」


 今の衝撃で潜水艦が無事となると、あの船自体の耐久力は相当高いと思えるな。

 

 外側から破壊するのは難しいか?


「いや、問題はそれより、なんで突っ込んできたか、か……ん?」


 訝しんで見ていると、NEW HORIZON上部の甲板から何者かが出てきた。


 否、複数人が出てきた。

 そいつらはお互いに銃を撃ちあっている。

 身のこなしから察するに常人ではない。


 ガアドはタバコケースから一本火をつけて吸う。


 そして、目にオーラを溜めて凝らしはじめた。


「……なるほど」


 一言つぶやきコカスモークを吐き捨てる。


「なにか分かったのか?」

「ああ。あれはパシフィック・ディザステンタの私兵部隊と、氷室四天王たちが戦っているらしい」

「……つまり、どういうことだよ?」

「どうもこうもない。やはりアルカディアはどこまで行っても、愚か者のあつまりというわけさ」


 ガアドは高笑いしはじめて、不気味なほどにご機嫌になった。


「エイト様エイト様、ファリアが思うにアルカディアの王が、NEW HORIZONを奪うために忍ばせていた間者が作戦を開始したんだと思いますよ」

「そんな……それ平気なのか? あの船はアルカディアにとってめちゃくちゃ大切な船なはずだろ?」

「ええ、だからパパは笑ってるんです。アルカディア人の愚かな性質、それは共通の敵であるはずのアナザーの世界に、足並みをそろえて立ち向かえない自分本位さですから」


 ああ、そうか。

 

 俺のなかで何かが合致する。


 アルカディアの科学も知識もエネルギーも確かにすべては恐ろしい。


 だが、何十年経っても地上へ進出できなかったのは、彼ら自身に問題があった。


 ガアドの言う通りだ。


 こいつらは勝手に滅ぶ。

 いつまでもいつまでも、自分たちで争って、自分勝手に生きて最期には終わる。


「エイト、これはチャンスだ」


 ガアドは少年のような煌々した目で見てくる。


「馬鹿どもの混乱に乗じて、氷室阿賀斗を暗殺しろ。そうすれば、お前のセカンドプランとやらは機能するようになるんだろう?」


 俺はうなずく。


「エイト、最後なんだからビシッと決めて来なさいよねっ!」


 小さなラナが薄い胸をはって魔槍を渡してきた。


「ラナ、終わらせに行ってくる」

「エイト」

「うん」

「アルッシー」

「……忘れてないよ、倒してくるから」


 ラナの頭をぽんぽんっとなでる。

 俺は槍を手にNEW HORIZONへとむかう。

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