第11話 ダイダラボッチ海峡横断


 たくましい巨大ダンゴムシのキングに乗り、海底を進むこと数時間が経過した。


 もはやここにはまったくと言っていいほど明かりがない。


 だからと言って明かりを灯すわけにも行かなかった。


 時折り聞こえてくる、重く低い唸り声は巨大な深海生物が近場にいる証拠であるからだ。


 ただ、俺はそれほど困りはしなかった。

 暗闇のなかでも大きな問題なく耐え忍べていた。


 というのも、からだ。


「キング、少し左手に修正するんだ」

「ぐぎぃ」


 俺はキングの甲羅の左側をぺしぺしと2回かるく叩いた。


 すると、キングは少しだけ頭を左にかたむけて、行軍の進行方向を変えてくれた。

 ただ今の修正は、俺の『索敵結界網』からの伝達をもとに、右側に脅威があると判断したからだ。


 『索敵結界網』というのは、俺が暗闇の海底を横断するために編み出した技だ。


 液体金属を1ミリかそれ以下の粒として、360度カバーするように広く展開することで、粒に触れた存在を感知する事ができる。

 肉眼がまったく役に立たない暗闇の世界で俺は六つ目の感覚器官を手にいれたのだ。


 もし巨大な深海生物がせまって来ていたら、30メートルの距離までなら事前に回避する事ができるだろう。


 幸いにも、まだあの怪物が半径30メートルに入ってきた事はないが。


「よしよし。順調順調……ん?」


 ダンゴムシ団を引き連れて進んでいると、おかしな感覚に襲われた。


「寒くなくなってきた? むしろ、ちょっと温かいような……」


 深海で温かいなど、ありえるはずがない。


 何かの錯覚に違いない。


 温かさを感じてからしばらくはそんな風に思っていたが、俺は少しして、自分の考えを改める事にした。


 俺とキング率いるダンゴムシ団の前に現れたのは、赤いひかりであった。


 その明かりはだんだんと強くなっていって、暗闇に慣れた俺の目は久方ぶりのまぶしさに光を拒んだ。


「これは……まさか、海底火山?」

「ぐぎぃ」


 明かりが漏れだす巨大な海底の割れ目をのぞきこむと、ずっとしたに赤々と火照る地面が見えた。


 数百年前の冒険家が書いたとされる有名な冒険譚で、言及されていたのを覚えているが、まさか……本当に存在していたなんて。


 俺は感動に震えていた。


「あの溶岩も回収できるかな? 記念に持って帰りたいな」


 俺はそう思い、空き部屋のポケットを開いてその入り口を溶岩の中に突っこんだ。


「ラナ、びっくりするだろうな……」


 きっと驚くに違いない。


 俺は土産話をするのをわくわく楽しみにしながら、ポケットを閉じて海底のお土産として溶岩を回収することに成功した。


「にしても、デカい海底火山だ。これは迂回しないといけないな」


 俺はキングに飛び乗り、その背中を叩きダンゴムシ団の行軍を再開させた。


「左から大きく回り込こんでっと…………あれ?」


 海底火山を避けていくと、俺の索敵結界網に何かが引っかかった。


 30メートル後方だ。


 俺は恐る恐る背後を確認してみた。


「ぐぎぃ!」

「ぐぎぃ!」

「ぐぎぃ、ぐぎぃ!」

「グワァァアアアア!」


 臓腑の振動するおぞましい声が海底火山に響き渡る。


 ダンゴムシ団の最後尾に、巨大な海竜がくっついてきていた。


「キング! 全速前進だっ!」

「ぐぎぃ!」

 

 キングの背中をバシバシ強く叩いて緊急事態を知らせる。


 キングは速度をあげてくれた。


 ただ、いかに巨大といえどダンゴムシなので、その速度には限界がある。


 海竜を振り切れない。

 俺は理解した。


 背後をもう一度振り返れば、そこでは無残にも口にくわえられ、甲羅ごとぺろりと食べられてしまうダンゴムシたちの姿があった。


 最後尾にいた奴らから、次々に丸呑みにされてしまっている。


 追いつかれれば、今度は俺たちの番だ。


「まずい、どうすればいいんだ」


 敵は巨大な深海竜だ。

 発光群生地ちかくにいた個体よりかは、はるかに小さいが、それでも20メートルは下らない。


 あんな怪物が人間に倒せるはずがない。


「グワァァア!」

「ぐぎぃ!」


 俺はダンゴムシたちの悲鳴を聞き、馬鹿なことを考えはじめていた。


 やめるんだ。

 エイト、そんなアホな事するな。

 それは選択肢としてありえないだろ。


 理性の自分に全力で止められたが、それでも俺はやっぱり、ダンゴムシたちを助けたいと思ってしまった。


「ぐぎぃ!」

「ん、キング、お前も戦うっていうのか?」

「ぐぎぃ!」

「わかった。いっしょにやってやろう」


 俺とキングは方向転換して、ダンゴムシ団を岩陰すれすれでUターンさせる事で、火山深海竜から仲間たちの身を隠させた。


「いってくる」

「ぐぎぃ」


 俺はポケットから魔槍を取り出して手に持ち、岩のうえに登った。


「グワァァア!」

「俺が相手だ、かかってこい!」


 せまりくる体長20メートル越えのスーパービッグモンスターに逃げ出したくなる心を強く持ち俺は深く腰を落とした。


 魔槍を両手にがっしり持ち、思いきり引き絞る。


 全身全霊の魔力を込めた。

 すると魔槍はその黒身に刻まれた幾何学模様をオレンジ色に発光させて、輝きだした。


 ビリビリとスパークを起こして、熱くなるほどに燃えあがり、俺は手に火傷しながら槍を構えつづける。


「グワァァアアアア!」

「ここだ!」


 突っ込んできた火山深海竜が数メートルの距離にせまったタイミングで、俺は空気の層を前方に長く伸ばした。


 そして、俺は魔槍を投げつけた。


「≪ラナ・ファイナルビーイング≫」

「グワァァア、ア!?」


 水中なら水の抵抗力で破壊力をだせないが、あくまで空気の層のなかで投擲された魔槍は、勢いよく火山深海竜の頭に突き刺さった。


 瞬間、膨大な熱量が槍より発生して、大爆発を起こした。


「ぐっ!」


 なんとか踏ん張ると、俺の目の前には赤黒く染まった海が広がっていた。


 どうやら、あの深海生物を爆散させてしまったらしい。


「勝てか、のか」

「ぐぎぃ」


 俺はほっと一息ついて、どっかに飛んでいってしまった魔槍を手元に召喚し直した。


 巨大ダンゴムシたちが岩を登ってきて、俺の周りを囲むように集まってきた。


「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」

「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」

「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」

「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」

「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」

「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」


「後ろのやつらを助けられなかった……」


「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」


「え? それより、助けてくれてありがとうって?」


「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」「ぐぎぃ」


 どうやら感謝されてるらしい。

 こいつら良いやつだ。


 にしても、このダンゴムシたちは知能があまり高くないせいか、俺がたくさんこいつらの子ども食べてる事は気にしないんだな。


「……キング、いくぞ」

「ぐぎぃ」


 俺はモヤモヤした気持ちをいだきながら、キングにまたがりダンゴムシ団の行軍を再開した。


 身を挺して、肉壁となっていった者たち、そしてご飯を恵んでくれた恩に報いるためにも、ここの奴らの面倒は俺がみてやろう。


 それがせめても贖罪しょくざいだ。

 

 絶対に見捨てなど、するものか。

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