魔物対策局カリスと異世界転生者(旧タイトル:異世界転生者がウザすぎる)
@a5065478
第1話
「本日付でカリス=ニコラウスを魔物対策局の局長に任命する」
リシュー宰相から辞令を受け取る。
「ありがとうございます。若輩者ですが、全身全霊をかけて勤めます」
ようやくここまで来た、とカリスは思った。貴族出身ではないカリスが、若くして魔物対策局局長になるには、人一倍の努力と運が必要だった。
一般公募で王国政府の職員となり、希望通り魔物対策局へ配属され、これまで大きな失敗をすることなく仕事をこなしてきた。昨年には、勇者派遣制度を改革する企画をまとめ、実施に漕ぎつけてもいる。これらの実績が、切れ者という評判を呼び、若干29歳の貴族ではない平民出身者が局長になるという快挙に繋がったのだ。
宰相との挨拶もそこそこに魔物対策局に戻ると、後輩のマロンが満面の笑みで出迎えた。明るい金髪のくせ毛は、まるで陽の光の頭に乗せているようだ。家柄もよく、女性職員の憧れの的になっているのもよくわかる。
「おめでとうございます! ニコラウス局長!」と"局長"の部分を強調する。
「ありがとう。マロンの助けがあってこそだ。わたしのことは今まで通りカリスでいいからな」
「了解、カリス」
マロン=グラーゼ卿は貴族でありながら、平民のカリスを「同じ局の職員だから」と自然に接してくれる。珍しく気さくな貴族だ。逆に言えば、平民を蔑む貴族出身者がそれだけ多い、ということだが……。
「カリス、早速だけど、昨日、異世界から転生してきたパーティーは七組。この後、午前に二組面談して、残りは午後。今日中に全組とも陛下との謁見を済ましてしまう予定です」
「わかった。すぐに取りかかろう」
そう言って、局長の椅子に座ることもなく、マロンと面談室へ向かう。歩きながら、勇者一行7組分の支度金を財務局から調達するよう、別の部下に指示を出した。
魔物対策局の仕事は、魔物被害に関する調査・分析。そして、それを受けた対応案の策定・提言だ。調査の方は、王国全土からの報告を分析し、それを月一度の列侯会議に発表している。しかし、対策はというと、異世界からの転生者に金を持たせ、勇者一行として魔王討伐に送り出すということだけで、実質何もしていないのと同じだった。
『異世界より転生した勇者が魔王を打倒することによってのみ、王国は魔物の恐怖から解放される』
古くからそう言い伝えられてきたが、眉唾物だ。少なくともカリスは信じていない。そもそも、魔王なんてものが本当に存在するかも怪しい。魔物はただの人肉食の獣で、とても統率されているようには見えないからだ。
実際、これまで一万組近くのパーティーを派遣したが、「魔王を打倒した!」という報告を一度も聞いたことがない。だから、こんなことを続けていても、魔物を絶滅することなんてできない。
たがその一方で、異世界転生者は修行せずとも魔法が使用でき、基礎的な戦闘力も高い。加えて異世界の特別な知識を持っている。そういった意味では、魔物を倒すのに適任なのも確かだ。
結局のところ、可能性は低いがやらないよりはマシ、というのが、王国政府の多数派意見であった。
面談室には一組目のパーティーと、王国科学技術局の局長・補佐が待っていた。
「お待たせして申し訳ありません。魔物対策局局長のカリス=ニコラウスです」
カリスはパーティーの正面に座った。
「まずは隣にいるマロン=グラーゼより、魔王討伐出立までの段取りをご説明します」
カリスに促され、マロンは今後の予定を簡単に説明した。その内容は、面談の後に王との謁見があること、謁見後に支度金を受け取ることなどだ。
「武具・防具の調達は、城下のウェッソン武器店が良いでしょう。品揃えが豊富です。仰っていただければ、部下の者に案内させます」とカリスは付け加えた。
「あ、いらない。自分たちで行くから」
勇者を名乗るタクヤという男は、面談なんか面倒だと言わん態度である。
「そうですか——。ところで、いつごろ城下を出発されるご予定でしょうか?」
「ちょっとわかんないな。このあたりを見物してみたいし。二、三日後かな? なんでそんなこと聞くの?」
「いえ……、我々としては一刻も早く魔物を駆逐していただきたいものですから——」
「大丈夫だって! 俺たちに任せろよ!」たタクヤが自信満々に笑う。
「それは心強いですね」と作り笑顔で返したが、カリスはこれまで何組ものパーティーから同じようなセリフを聞いてきた。
(どいつもこいつも自信だけは一人前だな)
「それでは——」と気を取り直して続ける。「次に科学技術局から幾つか質問をします」
これまでつまらなそうに話を聞いていた科学技術局局長が、「やっとか来たか」という表情で口を開く。
「科学技術局局長のトマス=デスラと申す。我々の世界は、あなたたち異世界の方々から多大な科学的知識を頂戴してきた。例えば、火薬の製造法、電気の性質、世界が球体であることだ。この一覧表の他に、何かご存知の科学技術があれば、ご教授いただけないかの?」
デスラは数枚のリストをタクヤに渡した。
異世界転生者の科学的な知識は、王国発展に大きく貢献してきた。ただ、応用にあたっては問題が多く、例えば電気の存在と性質はおおよそわかっていても、転生者たちの言う“電気を使って動くカラクリ”のようなものは実現出来ていない。地を這う鉄の箱、空飛ぶ鉄の鳥、遠距離での会話を可能にするカラクリ、知能を持った箱、どれも話に出てくるだけだ。唯一、電気を使わないですむ銃火器は、王国科学技術局が転生者の話をもとに実現化に成功した。とはいえ、狙いが安定せず、連射性にも難があり、銃が弓矢にとって変わるには至っていない。
「別に、これ以上のものは知らないね」
タクヤがリストを突き返した。
「左様か」
デスラが事務的にそれを受け取る。
実際のところ、こういった面談で新たな科学的知識が得られることは稀だ。デスラも最初から期待していない。
「それではこれで面談を終わります。みなさんは、ここでもう少々お待ちください。係の者が陛下のところへご案内します」
カリス、マロンと科学技術局の二人は、面談室を後にした。
「デスラ殿、ご報告が遅れました。本日付で局長に就任しました」
カリスは戻る廊下を歩きながら、デスラに軽く頭を下げた。
「聞いておるよ、ニコラウス。お主は優秀だからな。妥当な人事だろうて」
デスラははげ上がった頭と、白く豊かな顎髭を交互にさすった。経験深く穏やかな目には、いつも知性の光が宿っている。
「科学技術局にはいつも面談に同席いただいていますが、新たな知識が得られることは滅多にありませんね。この点について、どのようにお考えですか?」
カリスはジッとデスラの眼を見据えた。
「お主は儂に何を言わせたいのかな?」
「我々が面談する異世界転生者は、様々な知識を持っているものの、それを実際に作ったり使ったりすることができません。例えば、空飛ぶ鉄の鳥を知っていても、作って飛ばすことが出来ないのです」
「そうじゃな」
「銃火器も、あなた方、科学技術局が製造に成功したのであって、彼らが持ち込んだり、作成したものではありません。彼らがもたらしたのは、"そういうモノを作ることができる”という発想だけなんです」
「お主の言いたいことが大体わかったぞ。異世界転生者たちが無能だと言いたいんじゃな? 確かにそうかもしれんが……。しかし、当の魔物対策局局長がそのような考え方でいいのか? 一体これからどうするつもりじゃ?」
「我々の職務は魔物への対策を立案・提言することです。今後は転生者派遣に頼らない方法を考えていきたいと思っています。ご協力いただけないでしょうか?」
「儂らの職務は王国の発展に貢献する科学技術を調査・研究することじゃ。できれば、それ以外のことには係わりたくないわい」
デスラはカリスの眼を見返した。
「……そうですか。それでは今後も面談でお世話になりますが、よろしくお願いします」
「お互いにな」
デスラは補佐を連れて科学技術局に戻って行った。
「デスラ卿が乗ってこないとは意外でしたね。聡明な方ですし、異世界転生者に魔物を駆逐することなんてできないと理解されているでしょうに。本当に科学技術にしか興味がなくて、魔物の掃討には無関心なのでしょうか?」
魔物対策局に戻り、カリスとマロンは一息ついていた。次の面談まで少し時間がある。
「わたしたちの企画に関わりたくない、ということなんだろう。魔物対策局がパーティー派遣以外の施策を講じるなんて、前例にないことだしな。ただ面倒なだけなのか。それとも、わたしたちの立案能力に期待していないのか。それはわからないけど」
カリスは茶をすすった。
この世界を訪れる異世界転生者たち。様々な科学的知識を持ちながら、いくら求めても、それを実際に作ったり使ったりすることができない。
かといって、彼らに嘘を言っているような素振りはない。地を這う鉄の箱、空飛ぶ鉄の鳥、遠距離での会話を可能にするカラクリなどなど——。彼らの世界には本当に存在するのだろう。
異世界の中にも、カラクリを作成できる能力の高い者や、そうでない者がいてもおかしくない。だが、どうやらこの世界に来るのは、後者のようだ。
(この世界に来ている転生者は、向こうの世界で仕事にあぶれた、暇な奴らなのかもしれないな)
どちらにしろ、この世界を魔物の恐怖から解放するような力が、彼らにあるとは思えなかった。
「そういえば、さっきのパーティーも、すごく頭悪そうな話し方でしたねー」
マロンがカリスの考えを見透かしたようなことを言った。その顔はとてもにこやかだ。
彼は笑顔で毒舌を吐く。自分が能力を認める者には礼を欠かない。だが、そうでない者にはとことん辛辣だ。彼の気さくな性格は、一部の人間にのみ向けられているものだった。
「そうだな。あんな奴らのために、税金が使われると思うとウンザリする」
「まったく、その通りです」とマロンがうなずく。「ところで、デスラ卿を計画に巻き込むのは、もう諦めるつもりですか?」
「いやいや、もう一度、話をしてみるよ。あの人はプランAの鍵だからな」
「確かに。デスラ卿がいないと始まりませんものね」
ゴーン、ゴーンと鐘楼の鐘が鳴った。
「次の面談の時間です」
「行こう」
二人は、本日二組目のパーティーとの面談に向かった。
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