第13話

 翌朝、カリスはウェッソン武器店にいた。

 待っていると、手頃な相手が入ってきた。先月面談した勇者タクヤが率いるパーティーだ。

(あいつらまだこの辺をウロついていたのか)

武器を物色している彼らに話しかける。

「タクヤさんですよね? お久しぶりです」

いきなり話しかけられて、タクヤは怪訝な顔をしていた。

「誰だっけ? ああ、城の、面接した人だ」

「カリス=ニコラウスです。その節はありがとうございました」

「で、何か用?」

「実は、王国政府を辞めて、これから魔物狩りを始めようと思いまして。もし、この近くで戦闘するつもりなら、わたしも同行させてもらえないでしょうか?」

「どうする?」とタクヤはメンバーの方を向いた。

「まあ、いいんじゃない?」と戦士らしき男が答える。

「じゃあ、いいよ」

「ありがとうございます」

異世界転生者と狩りをする、というのが昨日のカリスの閃きだった。彼らの戦闘力は当てにできるだろう。少なくとも、独りで狩りに出かけるより、よっぽど安全だ。

 武器を購入し、店を出て行く彼らについて行った。一行ら南門から石壁の外に出る。

(ここからは魔物の領域だ)

カリスの身体に緊張が走った。ソクラ村から王都に来て十年以上、これまで石壁の中から出たことはない。

 自分は魔物対策局にいながら、魔物の脅威にまったく触れることなく働いてきた。安全な石壁の中で、書物や外からの報告に頼ってばかり。今になって思い返してみると、そんなことで臣民に寄り添った仕事なんてできるわけがない。王国政府は、もっと庶民の苦しみを実感するべきだ。

「カリスさん、もしかしてビビってる?」 タクヤが聞いた。

「ええ、まぁ……」

「大丈夫? ってか、そもそも、カリスさん魔物を狩ったことあるの?」

「いや、今日が初めてです」

「マジで? 武器はちゃんと使えるの?」

「今まで、文官として働いてきたんで、剣を握ったこともないです」

「おいおい! よくそんな状態で狩りなんかしようと思ったな」

「わたしの目的のために、必要なことなんです」

「どんな目的だよ?」

「この世界から、魔物を一掃することです」

カリスの言葉を聞いて、パーティー全員が驚いた。

「スゲェ、そりゃまた、でかい夢だな……」

「剣も満足に振るえないクセにな」

マサヒロと名乗る剣士が茶化して言った。

「何も、世界中の魔物を倒して回るつもりじゃありません。ちゃんと、計画があるんです」

「へぇ、じゃあ、今日は魔物を狩ってどうすんの?」

「食べます。ゲドラフとかシャッコーとか、美味しいんですよ。

「え? そうなの? 魔物って肉食だから臭いんじゃないの?」

戦士のシンゴが急に興味を示す。

「調理次第です。ご馳走しますよ」

「それで、みんなが魔物を食べるようになれば、魔物が減っていくってことか。いいね、おもしろそう。とりあえず、ゲドラフかシャッコーを探そう」

タクヤが楽しげに言った。

 しばらく探索していると、ゲドラフのつがいを見つけた。——いや、見つかったと言うべきか。奴らは人間の匂いを嗅ぎつけていた。

「来ます!」

カリスは今朝、親方から買った剣を抜いた。

「そんな細い剣じゃ倒せねぇよ」

隣で戦士シンゴが巨大な斧を構えている。シンゴの腕はグラデュウスよりずいぶん細い。そんな大きな斧が振るえるのか、とカリスは訝しんだ。

 ゲドラフは赤い目を更に血走らせながら突進してくる。

「カリスさんは下がってな」

シンゴは正面からゲドラフに向かって行くと、脳天に斧を叩きつけた。

 見事な一撃。ゲドラフの目玉は飛び出し、歯も折れ、派手に鮮血が飛び散った。

 後ろから走ってきたもう一匹がそれを見て一瞬怯む。その隙を逃さず、魔法使いゴロウが火炎魔法を放つ。火ダルマになったゲドラフにタクヤが鋭い剣撃を加えた。

(異世界転生者がこれ程までに強いとは……)

あっという間に、二匹のゲドラフが絶命した。

「よし! じゃあ街に戻って食べてみようぜ!」

試行錯誤で血抜きをした後、ゲドラフの骸にロープをかけ、引きずって石壁の内側に帰った。


 魔物を引きながら王都を歩くのは、ひどく目立つ。

「なんだよ、あれ?」「ちゃんと死んでるよね」通行人のざわつく声が耳に入った。道の両脇にちょっとした人だかりができている。

(あれ? これはもしかしてチャンスなのでは?)

ちょうど、ゲドラフ二匹を自宅の台所で解体して調理するのは難しいと考えていたところだ。カリスは思い切って大声を張り上げた。

「どなたか広い厨房をお持ちの方がいたら、ご協力をお願いします! この魔物を調理したいと思います!」

叫びながら歩いていると、中年の男が声をかけてきた。

「こんなもの、本当に食べられるのかい?」

「ええ、実は美味しいんですよ」

「ちょっと信じられないが、面白そうだ。ウチの厨房を貸してやるよ。肉屋をやってるレイスってモンだ」

「良かった。ありがとうございます」

一行はレイスの精肉店にゲドラフを運んだ。

「一応、血抜きはしてあるんだな。俺に解体させてくれ。魔物を解体できる機会なんて、そうそう無ぇや」

レイスがゲドラフの死体と格闘している間、カリスは一旦家に戻ってレシピを取ってきた。戻ってみると、見事ゲドラフが巨大な肉片になっていた。

「で、ここからどうするんだい?」

両腕を血だらけにしたレイスが興味深々で目を輝かせている。

「手頃な大きさにして、ソミュール液に浸してください。しばらく置いた後、スパイスをたっぷり振って乾燥させます」

「干し肉にするんだな? スパイスの調合は?」

「この通りです」とカリスはレシピを見せた。

「ウチにあるモンで賄えそうだ」

レイスは手際良く肉を切り、ソミュール液につけていった。

「後は俺に任せな。何日か後に取りにくるといい。もちろん、俺も味見するがな」

「ありがとうございます」

そう言って、一行はレイスの精肉店を出た。

「なんだよ、今日、食べられるんじゃないのかよ」

シンゴが不平を言う。

「三日後にまた来ましょう。明日はシャッコーを狩りに行きませんか。それなら、その日のうちに食べられます」

「どうする?」シンゴがタクヤに聞く。

「せっかくだからそうしようぜ。じゃ、明日の朝、南門で」

一行に別れを告げて、カリスは自宅に戻った。

 机の上に企画書を広げて読み直す。実際に行動を起こすと、魔物対策局でただ想像を巡らしていた時とは、全然違うものが見えてくる。

 魔物の取引所やハンターの拠点なんて、必ずしも必要ない。もちろん、あるに越したことはないが……。

 何より必要なのは、魔物を解体できる大きな調理場、そして残った骨や皮、内臓を衛生的に処理できる焼却場だ。レイスの店には、それが揃っていた。三日後には大量のゲドラフの干し肉が手に入る。それを持って王都中の精肉店を回ってみよう。

 カリスは考えるのが楽しくなってきた。魔物を一掃する、という当初の目的を忘れたわけではないが、こうやって新しいことを始めるのは素直にわくわくするものだ。

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