第12話
翌日、カリスはグライプ城を訪ねた。昨日辞めて、今日行くのは何とも気恥ずかしかったが、用事を先延ばしにする理由もない。
先ずはハフマンに会いに、総務局へ向かった。
「業務中に申し訳ない」
「いえいえ、大丈夫ですよ」ハフマンは仕事の手を止めて、カリスを応接スペースに案内した。
「早速、事業に取り掛かるつもりですね? で、わたしは何をすればいいですか?」
「魔物取引市場とハンター拠点を建設するために見積もりを取った業者、——ルオ商会でしたっけ? そこに列侯会議会議の顛末と、今後はわたしが民間として事業を進めることを伝えておいてほしいのです」
「わかりました。お安い御用です。それだけですか?」
「ええ、今のところは」
「頑張ってください。応援しています。……正直、昨日、わたしはあなたの熱意に驚きました。まさか副局長の職位を捨てて辞めてしまうなんて」
「わたしにとって、魔物対策局での職位は手段あって、目的ではありませんから」
それでは、と挨拶してカリスは総務局を立ち去った。
まだ用事が残っている。できるだけスムーズに片付けたかった。
次は財務局のベルだ。
「ちょっと相談があって、お時間いいですか?」
「大丈夫です」
ベルはカリスを局内の打合せスペースに案内した。
「実は、資金調達のために、あの計画を武器商人のギルドで説明することになったのですが、計画が彼らにとって利益になることを数字で示したいと思いまして。何か知恵はありませんか?」
「なるほど……」
「事業を始めたところで、『魔物の市場規模がどれくらいになるか』なんて予想ができません。それで行き詰まってしまって……」
「そういう時は、幾つかシナリオを提示してやればいいですよ。わたしたち財務局の人間の常套手段です。例えば——」
ベルは市場規模について複数のケースを想定し、その場合に見込まれる民間ハンターの数を割り出した。
「彼らが武器を購入し、刃こぼれなどで一年毎に買い換えると想定すれば……、ざっとこんなところですね」と次々と数字を書き込んでいく。
「すごい、もう出来た!」
「普段からこんな仕事ばかりしていますから」
普段はあまり表情を変えないベルが、少し照れてはにかんだ。
「ありがとうございます。とても助かりました」
「昨日の今日でこんなことを言うのも変ですが、ニコラウス殿は辞めて明るくなったというか、今の方が自然体な気がします」
「そうですか? 自分ではわからないですけど。それからニコラウス殿はよしてください。もう副局長でも王政府職員でもないので」
「わかりました。では、そろそろ仕事に戻らないといけないので失礼します。また何かあれば相談してください」
ベルが席を立ち、カリスも財務局を出た。
「さて——」と気合を入れる。次の三人には金の話をしないといけない。
先ずはデスラと話すことにした。科学技術局に向かい、近くの局員に声をかける。
「デスラ局長はご在席ですか?」
「局長は異世界転生者と面談中です」局員の男はにべもなく答えた。
そういえば昨日まで自分も面談していたんだったな、と変に感慨深い感覚になる。
「いつお戻りでしょうか?」
「もうしばらくしたらお戻りになるでしょう。それに、午前の面談はこれで終わりです」
「そうですか。後でまた来ます」
異世界転生者との面談なら、マロンも一緒のはずだ。カリスは先にグラディウスに会うことにした。
国軍本部で兵士に取り次ぎを頼むと、すぐグラディウスの所に通された。
「おう、早速来たか。何の用だ?」
「資金提供のお願いに来ました」
「幾らほしい? 幾らでも出す……と言いたいところだが、金は当主の親父が握っているからな。限度はある。一千万万キヤルでいいか?」
いやいや、とカリスは手を振った。
「そんなに出していただくわけには……。列侯会議で否決された事業に多額の出資をするのは、将軍の立場にも障るでしょう」
「水くさいことを言うな。列侯会議などクソくらえだ。俺は出すと言ったら出す」
「そこまで仰るなら……、ありがたく頂戴します」
「初めから素直に受け取れ。実家から送金させるから、到着したら連絡する」
「ありがとうございます」
国軍本部を退出し科学技術局に戻ると、デスラが局長室で待っていた。
「資金の相談かの?」
「はい、それと、ゲドラフの干し肉のレシピをいただけないかと」
「レシピはすぐに用意しよう。あれから試したんじゃが、シャッコーのマリネも美味かった。それも持って行くがいい」
デスラは戸棚のフォルダから数枚のレシピを取り出すと、手近な局員にそれを写すよう指示した。
「ウチは貧乏貴族での。金はあまり出せん。せいぜい百万キヤルがいいところじゃ」
「すみません。恩にきります」
「どうじゃ? 計画は上手くいきそうか?」
カリスは昨日と今日の経緯を話した。
「そうか。でも、くれぐれも用心せいよ。何か邪魔だてがあるじゃろうて」
「はい。……ところで、デスラ殿の愛馬の件、犯人はわかりましたか? 昨日までバタバタして、碌なお気遣いもできなかったのですが……」
「うむ——」デスラは椅子に深く腰掛け直した。
「あの朝の状況は、内部の者の犯行を示しておった。実はあの日から使用人が一人行方不明での。ヨーゼフという男じゃが、奴が犯人で間違いないじゃろう」
「そうですか……。手配はされましたか?」
「一応な。じゃが、どこぞの誰かが裏にいるのだとすると、きっと匿われておるんじゃろう。あまり期待はしておらん」
「そうですか、それは残念ですね……」
カリスはいとまを告げて、科学技術局を後にした。残りはマロンだ。
魔物対策局に足を運ぶと、昨日までの同僚が声をかけてくる。カリスは一通り周りに挨拶してから、局長室の戸を叩いた。
「どうぞー」と中から声がする。
中に入るとマロンが書類から顔を上げた。
「カリス! どうしたんですか? もしかして、戻って来てくれる気になりましたか?」と勢いよく立ち上がる。
「いや、そういうわけじゃなくて——、実はマロンに折り入って頼みがあって。おっと、マロン局長とお呼びした方がいいかな?」
「やめてください! そんな呼び方したら怒りますからね。で、頼みとは何です?」
「実は、あの計画を進めるにあたって、資金の提供をお願いしたい」
「わかりました。わたし個人の財産では足りないでしょうから、実家の父に相談してみます」
「ありがたい、助かるよ」
「どうやって進めるつもりですか?」
カリスはデスラにしたのと同じように、昨日と今日の経緯を話した。
「今後も計画の進捗を聞かせてください。何か協力できることがあるかもしれませんし。あの計画はカリスの発案ですが、わたしの計画でもあるんですからね」
「わかったよ」と応じて、マロンとは別れた。
持つべきものは仲間だな、とカリスは家に帰りながら、つくづく実感した。彼らの助けで、想定していたよりも上手く物事が運びそうだ。
ただ、課題が無いわけではない。そもそも魔物に需要が無ければ、いくら立派な建物を建築したとしても、何の意味もない。カリスは、デスラから受け取ったレシピを取り出した。
まずは魔物料理を流行させることが必要だ。
(サンプルを持って、飲食店や精肉店に売り込まないとな……)
だがそのためには、魔物を調達しなければならない。自分一人で狩りをするのは危険だ。
(さて、どうしようか?)
カリスは急に足を止めた。一瞬、自分の閃きが馬鹿馬鹿しく思えたが、そんなことはない。というより、それしか方法はない。
(明日から早速実行だな)
カリスは再び歩き始めた。
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