第11話

 オランジェ王の居城兼王政府本部たるグライプ城正門を出ると、王都を出る南門に向けて目抜き通りとなっており、両脇には様々な商店が並び活況を呈している。ウェッソン武器店もその並びにあり、カリスの自宅はウェッソン武器店の裏手集合住宅の一部屋だった。

 自宅に戻ると、早速カリスは計画の企画書を読み返していた。

 計画実行のプロセスはここにある。残る問題は明らかだ。

(とにかく資金集めをしないと)

ベルとハフマンは平民なので期待はできないが、デスラ、マロン、グラディウスには後日出資の依頼に行くつもりだ。

 しかし、列侯会議で明確に否決された計画に大掛かりな資金提供をすることは、貴族としての彼らの立場的に難しい。やはり、メインの出資は民間から募る必要がある。

(これといった当てはないけど、まずは、この辺りの商店を回ってみるか……)

貧しく十分な防壁のない地方と比べて、王都は石壁に囲まれて安全だ。商人たちに魔物の危険性を訴えても共感は得にくい。もちろん、デスラやグラディウスのように、正義感と義務感を持つ人もいるだろう。だがやはり、商人を説得するには経済合理性が必要だ。

(先ずは親方にでも頼んでみるか)

 カリスは企画書を持って家を出た。目的地はすぐ裏手のウェッソン武器店だ。

 魔物を狩って売る、という経済活動が一般的になれば、武器業界に新たな需要が生まれる。まずは彼らに出資を頼むのがいい。

「親方、話があるんだけど」

店に入るなりカリスは主人のスミスを捕まえた。十年程前まで、カリスはこのウェッソン武器店で住み込みで働いており、スミスは育ての親と言ってもいい存在だ。

「んだ? どうした、カリス? お前、仕事はどうした?」

ちょうど客が途切れていたらしく、スミスは快くカリスを迎えた。相変わらず目つきは悪いが、顔をしわくちゃにして笑うと、それも一つの愛嬌に見えてくる。

「仕事は辞めてきた。それで、ちょっと事業を起こしたいんだけど、資金の相談をしたくて——」

「ちょ、ちょっと待て! 辞めただって? 王国政府の局長なんて、超エリートじゃねぇか! なんで辞めちまったんだ?」

スミスが細い目を目一杯開いて驚いた。

(そういえば、忙しくて、親方には局長から降格されたことも話してなかったな)

カリスは事の経緯を説明し、企画書も見せた。

「——なるほど、それで俺から資金を調達しようってことだな?」

カリスは頷いた。

「ふむ、問題は2つだ。先ず、ウチが出せる資金には限りがある。ここ数年の軍縮の煽りを受けちまってな。国軍への納品が減ってるんだわ」

「他の武器店にも当たってみるつもりだけど、どこもそんなに厳しいのか?」

「ああ、今、武器業界はどこもつらい。他の出資元も考えないといけねぇな」

「わかった」

「来週、武器店の組合、ギルドの会合があるから、そこで話せ。いちいち、他の武器店を回る必要がなくなる。俺から話しといてやる」

「ありがたい、助かるよ親方」

「もう一つの問題だが、この企画書には夢がない。お前の目的は魔物の掃討だろうが、金を出す商人は必ずしもそうじゃない。この計画に金を出すことが、どんな利益を生むかイメージが出来ねぇ」

「ああ、それはわかってる。どうしたらいいか、アドバイスがほしいんだ」

「そうだなぁ——」スミスは天を仰いだ。

「『この事業を進めるこれだけ儲かる』って、具体的な数字があるといいかもな」

「わかった。来週の会合までに何とかする」

「おう、頑張れよ」

カリスは一安心して店を出た。とりあえず、やるべきことができたからだ。デスラたちの前では何とか平静を保っていたが、何もせず独りで自宅にいると、たぶん列侯会議での悔しさが溢れて身悶えすることになるだろう。

(絶対に事業を成功されて、王侯貴族たちを見返してやる!)

カリスは心に誓った。

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