第37話
「何ということじゃ……。この老骨にあと五年も働けというのか……」
オランジェ共和国初代首相デスラは頭を抱えた。
「まあ、民意ですから、諦めてください」とカリスが笑う。
「家に何体の積みプラがあると思う? 百体じゃぞ?」
「プラモデルですか?」
「そうじゃ、ミリタリーものとガンダムが半々じゃ。引退したら作ろうと思っておったのに……」
先日、王国で初の選挙が行われ、デスラ率いる共和党が第一党となり、総裁デスラが首相に任命された。
「ちょっとずつ時間を見つけて、コツコツ楽しむしかないですね」
「もっと、本も読みたいのじゃがのう……」
デスラは日に四、五冊の本を読む。異世界の知識に自由に触れることができるようになり、彼の知識欲はますます加速。
仕入れた情報を政治に取り込むことで、オランジェ共和国は急ピッチで体制を整えていった。
コンコン、というノックの後に振り向くと、グラディウスが姿を現した。
「デスラ殿、相談があるのだが……」
「おう、なんじゃ?」
「ニコラウスもいたのか、ちょうどいい。一緒に聞いてくれ」
「すまない。わたしはそろそろ出かけないと。ダボス会議というのを視察する予定なんだ」
「来年からは、儂らも参加するんじゃったな」
「はい、帰ったら報告書にして提出します」
「ちょっと待て、ニコラウス。これ、例のものだ」
グラディウスからメモ書きを受け取り、カリスは執務室を後にした。
こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ窓口は、今のところ日本にしか発見されていない。学者が言うには“次元の切れ目”ということらしいが、未だ詳細は解明されていないという。
カリスは成田からスイスに飛んだ。
機内でグラディウスから受け取ったメモ書きを取り出す。そこには、三件の電話番号が走り書きされている。ホクト、マモル、ミナミの連絡先だ。ケイコが言うには、三人とも東京に住んでいるはずとのこと。視察から戻ったら、会いに行くつもりだ。まだ、あの夜のことを謝っていない。
今年のダボス会議は熱狂の渦となった。そして、その中心はカリス。
オランジェ共和国が窓口を開いたことにより、世界には倍近い需要が生まれ、経済界はこぞってカリスたちの世界に進出しようとしている。
連日のミーティングでもみくちゃにされ、カリスはヘトヘトの状態で、帰りの飛行機に乗った。
成田に到着すると、早速ホクトたちに電話すべくスマホを取り出す。
「局長、お手洗いに行きたいのですが……」
護衛がトイレに行った隙に連絡してしまおうと、急ぎ画面を起動した。
(——なんだこれ?)
見れば、グラディウスから百件近い着信があった。
何か重大なことが起きたのかもしれない。
カリスはグラディウスにかけ直してみた。あっちの世界では、携帯は使えない。しかし、直近の着信はほんの数十分前、まだこっちの世界にいるかもしれない。
ちなみに、グラディウスはメールもLINEも使えない。どうにも覚えられないから、らしい。
ほんの数回呼び出し音を聞いた後、カリスは電話を切った。それは、グラディウスが出なかったからではなく、グラディウスがかけてきた理由がわかったからだ。
——目の前に、マロン=グラーゼが立っていた。
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