第36話

 カリスは大会議室に進み入ると、うやうやしく一礼した。

「まずはお悔やみとお礼を述べさせてください。先代のオランジェ王が崩御されたこと、心より残念に思います。そして、ユーゼ陛下がご即位されるにあたり、わたくしとグラディウス殿に恩赦を賜われたこと、心より感謝申し上げます」

「十年以上も王国のために働いてきた二人が、まさか叛乱なんて起こすはずがないからね。僕が陛下に進言して、恩赦を出していただいたんだ」

マロンが得意げに胸を張った。昔と同じような親しげな口調。今や宰相となった心の余裕にも思える。よもや復讐などできまい、とたかを括っているのだろうか。しかし、自分の姿を見て取り乱したからには、マロンとて平常心ではないのだろう。

「もちろん、わたくしたちに叛乱の意志などありませんでした。しかし、当時は責任ある弁明もできないまま王都を去った身です。その点は誠に申し訳ございませんでした。寛大なご処置により、こうして列侯会議の場でもご報告をすることができます」

カリスはマロンをちらっと見ただけで、あとはまっすぐユーゼ王だけを見て続けた。

「ニコラウス、その辺にして本題に入れ」とデスラがカリスを下座へ促す。

「——それでは、改めまして、外交特使カリス=ニコラウスよりご報告申し上げます」

ざわざわと出席者が騒ぎ出す。

「外交特使だと? そんなもの、余は任命した覚えはないぞ」

「わたしも聞いたことがありません。デスラ殿、どういうことですか?」

マロンが説明を求めた。

「儂が外交局に着任してすぐに、先代のオランジェ陛下が任命くださったのじゃ」

カリスは懐から書面を取り出すと、それを広げて掲げた。

「わたしは、外交局局長の全権限について、委譲を受けました」

「当時、ニコラウスは罪人じゃったが、犯罪者を特使にしてはいけないという規定もなかったからの。特に問題もなく、承認されたというわけじゃ」

「そんな馬鹿な——」

「しかし、先王がお亡くなりでは確かめようがない——」

貴族たちの間に動揺が走る。

「…………それで、カリスは外交特使として、向こうの世界で何をしてきたんだい?」

マロンの表情が引きつっている。きっと、カリスが異世界からの侵略者を手引きしたかもしれない、などと考えているのだろう。

 カリスの目的はこの世界を魔物の恐怖から解放すること。臣民を危険に晒すなど、本末転倒も甚だしい。

 カリスは大きく息を吸い、それから外交の成果を一気に発表した。

「我がグライプ王国は、向こうの世界百九十四カ国と基本条約並びに通商協定を結びました。これにより、ヒト、モノ、カネが互いを行き来することになります。加えて、主要な国際機関、国連、IMF、WHOなどに加盟しました。各機関へは毎年資金の拠出が必要になりますが、王国の財政状況を説明し、可能な限り額を抑えています」

周りは何が起こったのかわからないという顔で、ただただ唖然としている。

「——それで、具体的には、これから一体どうなるんですか?」

マロンがやっとのことで口を開いた。

「王国は向こうの世界に門戸を開いた。それだけのことです」カリスは言葉を続けた。「ただ、何もかもがこれまで通り、というわけにはいきません。例えば、我が王国に他国の人を受け入れる時は、その人の安全を保証しなければいけません。魔物に襲われるなどもっての他です。これからは、王国は義務として、魔物の危険を制御しなくてはならない」

「——他には?」

「わたしの推測ですが、今の政治体制を変革するよう、他国から圧力があるでしょう。この国のように、王侯貴族が国家を支配する体制は野蛮だと考えられています。それに、向こうの人は人権意識が高い。民衆が抑圧されている状況を絶対に快く思いません」

「それは……、向こうには王がいないということか?」

ユーゼ王が身を乗り出した。

「いえ、向こうにも王がいないわけではありません。ただし、『国王は君臨すれども統治せず』という原則のもと、国王は市民の権利を侵害しません。我々もそのような政治体制を目指す必要があるでしょう」

「…………嫌だ」ユーゼ王の手がワナワナと震えている。「余はそんなこと認めんぞ! やっと父が亡くなって、自分の番が回ってきたのだ!!」

「そうだ!」と貴族たちが口を揃えた。

「そんな約束事は破棄する!!」

カリスは首を振った。

「今さら手遅れです。向こうの先進国は、すでに我が王国で事業を起こすべく動き始めています。わたしはホテル会社の人間とこの世界に戻ってきましたが、彼らは早速この世界に土地を購入するつもりで、今ごろ街で交渉してます。ちなみに、ホテルというのは、大規模な宿泊所のことです」

「ならん! 止めさせろ!」

カリスは無視して続けた。

「十日後には世界一の大国の元首、合衆国大統領が来訪されます。彼らの兵装はこの世界を百回以上壊滅できるほど強力です。決して怒らせない方がいいでしょう」

「カリス=ニコラウス!!」

「もちろん、こちらから向こうに行くこともできます。我が国の発展のために、早急に優秀な若者を集めて留学させるべきです。二十年もあれば、向こうの科学技術に追いつけます。これからは、他国に学んだ人間がこの国の支えになります」

「おのれ!! 国を売ったか?! ニコラウス!!」

「わたしが国を売ったのではない!! これまで、あなちちが国を私物化してきたのだ!!」

王、そして貴族たちを睨みつける。

「あなちちの怠慢で、今までどれだけの臣民が命を落としてきたか、考えたことがあるのか?!」

しん、と全ての王侯貴族が黙り込む。顔には諦めの表情が浮かんでいた。

「カリス……、このまま生かして返すわけにはいきません」

怒りとも哀しみとも取れる歪んだ笑みが、マロンの顔に貼りついている。

「マロン、わからないのか? 最早わたしの生死に関係なく物事は進んでいくんだ。止められない」

カリスはジャケットの内側に拳銃グロック17を忍ばせている。いざという時には、それを抜く覚悟はできている。

「衛兵! この気違いをつまみ出せ! この世で最も残酷な方法を使って処刑してやる!!」

——バタン!!

大会議室の扉が開かれた音だった。

「そこまでだ。陛下、諸侯には、大人しく従っていただく」グラディウスが仁王立ちして睨みを利かせていた。「グライプ城は我々が制圧した」

「グラディウス?」

こんなことはプランCに含まれていない。——が、カリスはいち早く事態を察知した。

「おう!! おかえり、ニコラウス」

「これは、もしかして……」

「クーデターってやつだな。俺には貴族の気持ちがよくわかる。簡単に地位を捨てられるわけがないさ。だから、ちょっとばかり後押ししてやろうってこった」

かつてのグラディウスの部下たち、国軍の兵士が会議室に雪崩れ込んだ。

「それにしても、この俺に恩赦を出すとは、舐められたもんだ。おかげで、ゆうゆう計画を進められたぜ」

「おほん!!」咳払いの主はデスラだった。「それでは、ここに臨時軍事政権の樹立を宣言する。暫定的に儂が元首となるが、制度が整い次第、可及的速やかに民主的な方法で正式な元首を選出する」

ユーゼ王、マロン以下、王侯貴族たちは抵抗虚しく連行された。

「カリス! 止めて! ねぇ、わたしとカリスの仲じゃないか! 宰相のわたしに対して、こんなこと……、こんなこと!!」

「マロン、お前がその才能を正しく使えていれば……」

扉が閉まり、大会議室にはカリス、グラディウス、デスラの三人だけが残された。

「——まさか、クーデターを計画していたなんて、思ってもみませんでした」

「ケイコちゃんが向こうの世界の政治や歴史に詳しくての。国の置かれた環境が大きく変わるなら、体制も変える必要があると学んだのじゃ。おかげで、お主が帰るのを待つ間、暇にならずに済んだわい」

「そうでしたか」

「そんなことより、ニコラウス、ちゃんとマモルたちに謝って来たんだろうな?」

「いや……、それが、忙しすぎて。探せなかった」

「何だと?!」

「今、思えば、ケイコに三人の連絡先を聞いておくんだった」

「ケイタイデンワってやつか?」

「そう」

「お前、後でケイコに怒鳴られるのを覚悟しとけよ」

「きっと怒るだろうな」

「ケイコだからな、当たり前だ」

その時、兵士が呼びにきたので、グラディウスは会議室を出て行った。

「デスラ殿、これからわたしはどうしましょう?」

「よければ、外交局局長と魔物対策局局長を兼任してくれ。政府機能を止めるわけにはいかんのじゃが、人材が足りん。あと、新体制を整備する手伝いも頼む」

「わかりました。忙しくなりますね」

「まったくじゃ。さっさと次の元首を決めて引退したいわい」

二人は早速仕事に取りかかることにした。

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