第35話
カリスとグラディウスを謀反人に仕立て上げてから四年、マロン=グラーゼは宰相に上り詰めていた。
先代のオランジェ=グライプ国王は急逝。妹婿のユーゼ=グライプが後を継いでしまえば、前宰相ル=リシューを追い落とすのは造作もなかった。
失脚した時の奴の顔を思い出すと、今でも笑いがこみ上げてくる。この世の終わりを迎えたように、まるで生気が無かった。まあ、一族丸ごと貴族の地位を失ったのだから、無理もない話だが——。
この勢いで要職をグラーゼ家の人間で固めていく。そうすれば、王族でなくとも、自分は、そしてグラーゼ家はこの国の権力の中心となるだろう。
「グラーゼ宰相、列侯会議のお時間です」
「わかりました。すぐに向かいますね」
相変わらずの人懐こい笑顔で秘書に答えると、大会議室へと足を向ける。
これから、マロンが就任して初めての列侯会議が開かれる。常任出席者の内、マロンを除いてグラーゼの血縁者は六名、およそ半数を占める。
これではほとんど親族会議だな、と思わず笑みがこぼれる。
大会議室に入ると、すでに国王を含めた全員が揃っていた。
「初日からお待たせしてしまい、大変失礼しました。この度、宰相を仰せつかりましたマロン=グラーゼです。力の限り務めさせていただきます」
出席者の面々を見渡し、軽く頭を下げた。
「それでは、今月の列侯会議を開催します」
あらかじめ定められた議題に沿って、会議は進められた。財務局からは収支報告、人事院からは人事異動の審議。魔物対策局からは、マロンの跡を継いだスタット=グラーゼによって、魔物被害状況と異世界転生者派遣状況が発表された。毎月の決まりきった内容ばかりだ。
(何も変わらない。この安定がわたしの求めていたもの。そして、この安定こそ、王国とグラーゼを守護していくものなんだ)
発言を聞きながら、マロンは視界の端にデスラを捉えた。かつては、カリスの計画を潰したことに憤慨し、自分に歯向かうかもしれないと警戒した。——が、結局そんなことは起こらなかった。聞けば、前任のリシューに懇願して今の職位を手に入れたという。誰だって自分が可愛いものだ。年も年だから、守りに入ったのだろう。……彼は彼で、安定を欲したのかもしれない。
(まあ、仮に貧しく権力ないデスラ家が騒いだところで、こっちは痛くも痒くもないんだけどね)
程なく全ての議案が捌かれた。
「みなさん、ありがとうございました。これで今月の列侯会議を終わります」
宣言して席を立とうとした時、就任以来、列侯会議で一言も口を開いたことのないデスラが手を上げた。
「すまんの。飛び込みで申し訳ないが、外交局からも報告がある。よろしいかな?」
「ご報告、ですか?」
「左様」
一人の局員も擁さず、外交する相手すらいない外交局が、一体何の報告をするというのか。マロンが視線を送ると、ユーゼ王は小さく頷いた。
「——いいでしょう。お願いします」
許しが出ると、デスラは立ち上がって大会議室の扉を開いた。
「外交局からは、この者に報告させる」
扉の先に立つ人物、それが異世界の人間だということは、身につけているものを見てすぐにわかった。
マロンは異世界転生者の衣服を見るのが嫌いだ。この世界の人間と異なり、体のラインに沿ったものを着ている。細く立体的なアームホールの縫製や、腰のシェイプを実現する身ごろの裁断など、それらは否応なく彼我の技術差を意識させる。パッと見で劣等感を抱かせる製品など、不愉快極まりないものだ。
——だが、大会議室のすぐ外に立つ人物を前に、いつものそんな感情は微塵も湧き起こらない。なぜなら、知った顔がそこにあったからだ。
「カリス=ニコラウス!!」
マロンは思わずその人物の名を叫んでいた。
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