第34話

 カリスは王都に戻っていた。

 グラディウス、ケイコとは近くの街で別れた。これから、二人で定住できる場所を探すとのことだ。「できるだけ王都から離れる」とグラディウスは言っていた。

 別れ際、カリスは自分でも驚くほど感傷的になった。一緒に旅をしてきた仲間と離れ、これからは一人で戦わなくてはならない。

「絶対に完遂しろよな」というグラディウスの言葉が頭から離れない。

 デスラ邸では、執事が全てを察した様子で出迎えてくれた。

 応接室に現れたデスラは、開口一番「やっと来たか。待ちわびたぞ」と発し、カリスに一枚の書面を手渡した。プランCのために偽造した公文書だ。

「確かに受け取りました。ありがとうございます」

「その様子だと、向こうの世界に行く手筈を整えたようじゃな」

「はい。この道具を使います」とカリスはケイコから譲り受けた腕輪を指し示す。

「異世界のからくりか」

「そうです。実際に転生者が使用するのを見ましたが、驚くべき技術です。ほとんど魔法と言っていい」

「実に興味深い。使うところを見せてくれんか?」

「もちろん。後でお見せします。ところで、ハフマンとベルの最近の様子はご存知ですか?」

「奴らなら、何とか研究所を切り盛りしておる。お主がいなくなってからも、何種類かの魔物について、利用価値を見つけ出し、商売に結びつけようと奮闘しているらしいわい」

「そうですか、それは良かった……」

カリスは心が軽くなった。王政府に危害を加えられているのではないか、と心配していたからだ。

「どうする? 奴らに会って行くか?」

「そうしたいのはやまやまですが、止めておきます。彼らが無事で、事業が上手く回っているのなら——」

「そうか……」

二人の間に沈黙が流れた。やっとここまで辿り着いたという感慨と、これから計画を実行に移す緊張・高揚が、胸に去来する。

「さて、儂はあと何年待てばいいのかの? いつ戻るか知れない人間を待ち続けるのは、なかなか辛いものがあるわい」

「二年か、三年か……。もしかしたら十年かもしれません」

「十年か……。儂は死んでおるかもな」

「長生きしてもらわないと困ります」

「わかっておる、冗談じゃ」

「——そろそろ行きます」

「おう、気をつけてな」

カリスは腕輪のボタンを押した。

「帰還する」

「ID、氏名を仰ってください」

腕輪から、あの時と同じ声がした。

「ID567014キタムラケイコ」

「ID、氏名、確認。座標、特定」

「それでは、デスラ殿、どうかお達者で」

次の瞬間、カリスの視界は眩い光に満たされた。


 光が遠のいた後に現れたのは、壁も、床も、天井も、全てが真白い部屋の風景だった。木でも、レンガでも、漆喰でもない、見たことのない素材。“向こう”の世界に来たのだと、すぐにわかった。

 後ろを振り向くと、白い壁の一部に見たこともない透明な壁がはまっている。その向こう、透けて見える異世界人が、目を丸くしてこっちを見ていた。

ブーッ! ブーッ! ブーッ! ……

けたたましい音が響き渡る。

 程なくして、まるで鎧のような防具をつけた黒ずくめの人間が殺到し、カリスを取り囲んだ。手に持っているのは、おそらく銃火器。あっちの世界で科学技術局が作成した銃とは、似ても似つかない。見るからに性能が良さそうだ。実際にそうなのだろう。

「手を上げて、両膝を床に着け!」

黒ずくめ男が叫んだ。カリスは命じられるまま従うと、用意していた言葉を口にした。

「わたしに危害を加えることは許されない。わたしは、グライプ王国外交特使カリス=ニコラウス。この国の責任者と話がしたい」

警戒されないよう、ゆっくりとした動作で懐から書面を取り出し、見せた。

 そこには、『カリス=ニコラウスを外交特使として任命し、王国外交局局長の全権限を委譲するものとする。国王オランジェ=グライプ、外交局局長トマス=デスラ』とある。

黒ずくめの男は、文面と王国の印章、そしてデスラのサインを確認した。——が、どう対処すればいいのかわからない様子だった。

「とにかく、話のわかる人間のところへ連れて行ってもらいたい。君たちでは埒があかない」

男はしばらく逡巡していたが、「こちらへどうぞ」と、ようやくカリスを立たせて別室へ案内した。

 しばらく待たされた後、この施設の責任者らしき女性と簡単な面談をすると、彼女が政府の担当者に話を通してくれた。数日待たされるものと覚悟していたが、それ程には時間がかからなかった。何でも、ケイタイデンワというものを使えば、遠くの人と会話ができるらしい。

 カリスは係りの者に案内され、施設の外に出た。車輪の付いた黒い金属の箱に乗り込むと、馬で引いているわけでもないのに進みだす。

 透明な壁越しに流れる風景、四角く高い建物が空を覆い、道路は暗い石で舗装されている。

 これがミナミの言っていた景色か、とカリスは思った。

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