第38話

「こっちの世界は便利ですね」

マロンは不敵な笑みを浮かべ近寄ってくる。

「新聞に、あなたが今日ここに到着するって、書いてあるんですから」

「どうやってここへ来た?」

カリスはちらとトイレの方を見た。護衛はまだ戻って来ない、

「王国には、貴族政治が続くことを願っている人たちが、たくさん残っているんですよ」

「逃がしてもらった、ということか」

「そういうことです」

「なぜ、わたしに会いに来た?」

「実はお願いがあるんです」

「お前の願いなんて、聞くはずがないだろう」

「まあ、聞いてください。実は、ユーゼ陛下を解放してほしいのです」

「ユーゼはいずれ解放されるから心配無用だ。それより、お前を向こうの世界に連れて帰る」

「カリス、聞いていないのですか? デスラとグラディウスは、陛下を亡き者にしようとしているんですよ?」

「何だって? そんなはずはない」

そんな話は聞いたことがなかった。もしかしたら、カリスの視察中に決まったのかもしれない。出発直前にグラディウスがデスラに相談を持ちかけたのは、そのことだったのだろうか?

 カリスは再びトイレに視線を向けた。——が、護衛は一向に帰ってこない。

「カリスの護衛には、少し眠ってもらっています。一人でのこのこと来るわけがないでしょう? だから、わたしを捕まえようとしたって無理ですよ」

「お前はこれからどうするつもりだ?」

「なんとか陛下をお助けするつもりです。わたしにとっては、可愛い義理の弟でもありますから」

「わたしがユーゼを解放すると言ったら、一緒におとなしく向こうの世界に帰ってくれるか?」

「嫌ですね。信用できない。とにかく、帰ってよく考えてみてください。あなたの目的は魔物を駆逐することであって、王侯貴族を処刑することではなかったはずです」

また連絡します、と言って、マロンは人混みの中に消えていった。

 カリスは戻ると、デスラを問いただした。

「ユーゼ王を殺すって、一体どういうことですか?」

「今の政府にとって、一番難しいのは、貴族の扱いじゃ」

デスラたちは、貴族の私有地を小作農に安価で払い下げる政策を推進していた。だが、一部の有力で私兵を擁する貴族の抵抗は激しく、事は思うように進んでいない。

「最も恐るべきは、貴族どもが、ユーゼ王奪還を旗印に団結すること。それは避けねばならん」

「かといって、ユーゼ王を殺害すれば、それこそ市民の信用を失ってしまいます」

ユーゼ王をはじめとする王侯貴族貴族は、魔物を意図的に放置することで、自分たちの支配体制が揺らがないようにしてきた。

 一方、あっちの世界の中世貴族のように、無茶な税金の取り立てなど、横暴な搾取を行なっていたわけではない。市民の中には、王や領主を慕っていた者も多い。特に最後の王ユーゼは、その美貌から人気が高かったそうだ。

「確かに、儂らが殺したと知れば、市民は反感を抱くじゃろうな。じゃが、身柄拘束中に病死、ということにすれば、反発は最小限に抑えられる」

「本当にそこまでする必要があるんですか? 日本や英国は、今でも王室を擁しているではないですか」

「日本の場合、むしろ天皇が、武士の支配から市民を解放するための神輿となった。英国王室は、フランス革命で王族が処刑されたのを見て、名誉革命を受け入れた。儂らとは、状況が違う」

「それはそうですが……」

「ニコラウス、政治は綺麗事ばかりではない」

「自分たちの支配体制を維持するために、不都合な人間を排除するなんて——。それじゃ、マロンがやってきたことと、変わりない……」

カリスは納得できないまま、自室に戻った。

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