第2話

 その日、七組のパーティーと面談し、残りの雑務を片付けた後、カリスとマロンは科学技術局へ向かった。

「デスラ卿はご在席か?」

職員に案内され局長室へ入ると、デスラは椅子にゆったりと身体を預け、パイプをくわえてリラックスしていた。

「どうした? まだ何か用か?」

どうやらこの様子だと、今日の仕事は終わったらしい。

「今朝の話の続きをしに来たのです」

「座っても?」と目で訴えると、デスラは正面の席を指差した。

「デスラ殿にわたしたちの計画を聞いていただきたいのです」

「儂は関わりたくないと言ったはずじゃが?」ふーっと紫煙を吹き出した。

「デスラ殿に誤解があってはいけないと思いまして。わたしたちは、何も事を荒立てようとしているのではないのです」

「お主は異世界転生者に魔物は駆除できないと考えておる。とすれば、あとは軍を使って大掛かりな掃討作戦を実行するしかないじゃろう?」

「それは、わたしとマロンがプランBと呼んでいるものです。それとは別にプランAを考えています」

「ほう」と興味を持った様子で、デスラは上体を起こした。「話してみよ」

「プランAのポイントは、魔物の死体に商品価値を見出し、その死体を売買する市場を創設することにあります。そうすれば民間の狩猟の対象となるでしょう」

「なるほど……。魔物が高値で取引されれば、民間人が魔物狩りをする経済的動機となるわけじゃな」

「はい。その通りです。それで、そもそもどうやって魔物の死体に商品価値を見出すか、ですが……」

「よい、わかっておる。儂ら科学技術局にそれを考えろというのじゃろう」

「ご明察です」

「魔物の肉を食用に加工する、皮膚を衣服にする、骨や腱を武器や工芸品の材料とする。すぐに思いつくのはこんなところじゃな」

「そうですね。実際にそういうことが可能か、ということも検証いただきたいのです。市場が安定するまでは、王政府が何らかの補助金を出して産業振興する必要があるでしょうが、それとて異世界転生者たちに渡している支度金を工面して捻出すれば良いでしょう」

「財務局にはもう話したのか?」

「まだです。科学技術局の参画がプランAの一番重要な点なので、デスラ殿に一番にお話ししました」

「そういうことじゃったか……」

デスラは再び上体を背もたれに預け、思案しているようだった。

 カリスとマロンには自信があった。プランAなら、時間はかかるかもしれないが、最小の予算と労力で魔物を減らしていくことが出来る。

「儂はの……、若い頃にお主たちの言うプランBを列侯会議に提案したことがある」

デスラはポツリと話し出した。

「王政府が世界統一を果たした直後の頃じゃ。その頃は戦争の必要が無くなって、兵士の雇用が問題になりつつあった。彼らを一斉に解雇すると、武力を持った無職者を大量に発生させることになる。一気に治安が悪くなると思われた。そこで、軍を使って魔物を駆除する公共事業を発案したのじゃ」

「それで、どうなったのでしょうか?」

カリスもマロンも聞いたことのない話だった。

「採択されんかった……。事前に根回しもしておいたのじゃが……。列侯会議の直前にの、王族から圧力がかかったのじゃ」

「圧力? どのような?」

「『古の言い伝えに従っていれば魔物は駆逐される。デスラ家がそのようなことも忘れたのでは、重要な職務を任せるわけにはいきませんな』と当時の宰相がほざきよった。王族の意を受けた発言だったと思うておる。儂も貴族の端くれ。親類に迷惑をかけるわけにはいかぬ」

「そのようなことがあったとは、知りませんでした……」

「お主らが政府に入る前の話じゃ」

「わたしたちの計画にも、王族から圧力がかかるとお思いでしょうか?」

「わからん……。ただ、儂はあの時に一度目をつけられておる。これ以上は避けたいのじゃ。すまんの」

しばらく三人の間に沈黙が流れた。

「次の列侯会議で報告しますが、先月魔物の被害で亡くなった臣民は全国で約二千人です。デスラ殿、二千人です。臣民を助けられるのは誰か? よく考えていただきたいのです」

カリスは席を立った。

「お心が固まったらお声かけください。もし快いお返事をいただけない場合、わたしたちはプランBを進めたいと思います。昔デスラ殿がそれに失敗していたとしても、わたしは手をこまねいて現状を静観するなんてできません」

「…………わかった。少し考えさせてくれ。

ちなみに——」立ち去ろうとするカリスに声をかけた。「プランCはあるのか?」

「プランCは雲を掴むような話です。今、議論するに値しません」そう言って、カリスとマロンは科学技術局を立ち去った。


「プランCなんて、わたしも聞かされていませんけど?」魔物対策局へ戻る廊下に出ると、マロンがむっとして言った。

「プランCは今のところただの思いつきだよ。時期が来れば話す」

「いいえ。ぜひ今聞きたいですね」

「マロンを信頼してないわけじゃないんだ。本当に、まだ話せるほど考えがまとまってないだけだ」

カリスは、なかなか機嫌を直さないマロンをなだめながら思った。

(仮に王族の圧力でプランAがダメになるなら、プランCの出番がくることもあるかもしれないな)

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