第9話

 ついに列侯会議の日を迎えた。

 オランジェ=グライプ王の着席直後、リシュー宰相の宣言で会議は始まる。

「これより列侯会議を開催する。本日の議案は十件。お手元に資料が揃っているか、ご確認いただきたい」

前列のテーブル席には局長のマロンが、カリスはその後方の椅子に事務方として座っている。

 やっとこの日が来た、とカリスは思った。十八歳で王政府職員になって以来、この時のために働いてきたと言ってもいい。

 今回の列侯会議で、魔物対策局から提出した議案は三件。内二件は定例の報告で、前月の魔物被害状況と異世界転生者派遣数だ。そして最後に、新たな魔物対策の審議を迎える。

 各議案の発表順は、局長の年次や貴族としての家格を考慮して決められている。マロンのグラーゼ家は名門と言ってもいい家柄だが、最年少かつ就任して日が浅いこともあり、発表は一番最後とされた。

 人事院からは前月の人事異動・昇進・降格が、財務局からは前月の収支が、淡々と報告されていく。どれも、毎月発表される決まりきった議案だ。

 そして、マロンの番が来た。

「我々、魔物対策局からは三件の議案があります。先ずは先月の魔物による被害の件です。お手元の資料をご覧ください——」

王国全土で先月魔物の犠牲となった死者が約二千名、怪我人は約一万名、被害は王都から離れた地方で多いこと、などが報告された。

「二つ目の議案は、異世界転生者の派遣状況です。先月の派遣パーティーは四百組、持たせた支度金の総額は先ほど財務局の報告にあった通りです。尚、これまでに派遣されたパーティーから、『魔王の打倒に成功した』という報告は受けていません」

いつも通りの報告で、王を含め、出席者からは何の反応もない。

(出席者は一体どんな気持ちで、魔物対策局の報告を聞いているのだろう?)

多くの臣民が被害に遭い、勇者たちに税金を使うも一向に成果が上がらない。

 長年、カリスは会議のために報告をまとめてきたが、毎月毎月、悔しくて情けない想いを新たにしてきた。目の前の出席者たちもそうあってほしいが、その表情を見る限り、自分とは違うのかもしれない。

「今日は三つ目の議案があります。報告事項でなく審議事項です」

マロンは周りの反応を伺いつつ続けた。

「本件は魔物対策として、従来の異世界転生者派遣に加えて、新たな施策を講じるものです」

資料に沿って、計画の全体像、スケジュール、予算、各部局に要請する協力事項などを一通り説明した。

「何かご不明な点はございますでしょうか?」

誰も反応しない。

「…………それでは、みなさまのご裁断をお願いします」

マロンが頭を下げると、リシュー宰相が引き継いだ。

「決を採ります。本件に賛成の方は挙手を」

カリスは固唾を飲んで見守った——が、結果は散々だった。

 手を挙げたのは、マロン、デスラ、グラディウスのたった三人だけ。

「マスチル殿! ノーム殿! 総務局、財務局とも本件に協力してくれたではないか!」

デスラが思わず大声を上げた。

「確かにこの計画のために総務局の職員をお貸ししましたが、それが直接的に我々の賛意を示すものではありません」

総務局局長ケイナン=マスチルが事務的な口調で言った。

「財務局も同様です」と財務局局長シールト=ノームがつけ加える。

「そんな馬鹿なことがあるか!! 他の方はいかがか? 前もって儂が説明に参った時は賛成だと言ってくれたではないか!」

デスラの訴えも虚しく、出席者たちは、ただ正面を向いて座っているだけだった。

 堪りかねて、グラディウスも立ち上がる。

「この計画は臣民のためになるものだと、俺——いや、わたしは確信している! どうかご賛同いただきたい!」

カッと目を見開き周りを睨みつける。それでも他に手を挙げる者はいなかった。

「デスラ殿、グラディウス将軍、ご静粛に願います。陛下の御前です」

リシュー宰相が落ち着き払って言った。

「本件は反対多数で否決します」

「ちょっと待ってくれんか!? 儂からもう一度説得させてもらえんか!?」

その時、会議が始まって一言も発しなかったオランジェ王が口を開いた。

「今、見たであろう。否決だ」

冷たく重みのある響きだった。

 カリスはそれを聞いて、王が計画に反対するよう働きかけたのだと確信した。

「これにて閉会とします」

リシュー宰相が宣言し、出席者は散り散りに自分の仕事場へ戻って行った。

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