第15話

 カリスは王国政府に勤めていた頃よりも、ずっと忙しくなった。

 レイスの精肉店でシャッコーのマリネとゲドラフの干し肉を売り出す準備を手伝い、売れ行きが良いことを確認すると、一部を買い取って王都中の精肉店を回った。魔物の肉を取り扱ってくれるよう依頼するためだ。

 何件かの店で引き受けてくれたので、王都の東西南北の門に立て看板を作った。文言はこうだ。


お知らせ

精肉店で魔物の肉を買い取ります。対象となる店と魔物(買取価格)は以下の通りです。血抜きを行った上で直接お持ち込みください。

【精肉店】

レイス精肉店

〇〇精肉店

XX精肉店

……

【魔物(買取価格)】

ゲドラフ(成獣一匹三千五百キヤル)

シャッコー(成獣一匹二千キヤル)


 資金については、デスラとグラディウスから出資を受けた。マロンはまだ時間がかかるそうだ。同時にウェッソンに手配してもらった武器商人の会合に参加し、資金提供を呼びかけた。今、いくつかの店が出資を検討してくれている。次はレイスを通じて精肉業界に働きかけることになったので、準備を進めているところだ。

 こうした対応を進めている合間に、カリスは可能な限りタクヤたちの狩りに同行した。ウェッソンの店に張り込んで、他のパーティーに声をかけることも続けた。

 こうした活動を一カ月ほど続けると、次第に仕組みが上手く回り始めた。

 異世界転生者パーティーから魔物が供給され、ゲドラフやシャッコーの肉が複数の精肉店で店頭に並ぶようになった。

 今は物珍しさで売れているが、そのうち一般的な食材として定着するだろう。すでにその兆しはある。もともと肉は価格が高く、庶民は簡単に手が出せなかった。しかし、魔物は牧畜することなく狩ってくるだけ、そして一匹から取れる肉の量が多いので、価格を抑えることができたのだ。

 全てが上手くいっているようでいながら、一方でカリスは2つの課題を認識していた。

 先ず、今のところ、対象となる魔物がゲドラフとシャッコーに限られていること。次に、この仕組みが王都に限られていること、だ。

 カリスはデスラを訪ねた。「新しい魔物料理のレシピを作っているかもしれない」と期待してのことだ。

「レシピはないがの、他のことに利用できる魔物がいたわい」

デスラはある日の活動記録を示した。そこには『ゴトラからの採油実験』とあった。

「ゴトラから油が取れるんですね」

カリスはゴトラの姿を思い浮かべた。確かに、贅肉の塊のような魔物だ。それ故に、動きが緩慢な一方、厚い脂肪のせいで殺すことは難しい。

「そうじゃ、ポイントは牛や豚のように直接加熱しないことじゃ。臭みがすごいからの。

魚の油を採るときのように、茹でて浮いてきたのをすくうといい」

「なるほど、わかりました。この記録、写してもいいですか?」

「構わんが、取り扱いには注意してくれ。一応、政府の内部資料じゃからの」

「ええ、理解しています。他に、利用できそうな魔物はいませんか?」

「実はの……、今まで、科学技術局の研究テーマは儂の裁量に任されておったのじゃが、最近になって宰相が口を出すようになった。列侯会議で例の計画が否決になって、魔物の研究は全面的に差し止めるように言われておる」

デスラは顔を曇らせた。

「そうでしたか……」

「すまんの」

「いえ……。実のところ、わたしもこれ以上デスラ殿に頼るのは難しいと考えていました。異世界の科学技術を研究することが、科学技術局の本業ですから」

「これから、どうするつもりなのじゃ?」

「そこそこ資金も集まったので、研究所を作ろうと思います。色々と魔物の利用価値を探りたいですから。そこでと言っては何ですが、科学技術局の退職者や巷で有望な研究社に心当たりがあれば、紹介していただけないでしょうか?」

「うむ、わかった。ゴトラの採油方法と併せて書面にしておくから、お主は他のメンバーにも顔を見せてやってくれ。みんな、気にかけておったぞ」

「わかりました。では、後で戻ってきます」

カリスはそれぞれの居場所に出向いたが、生憎グラディウスとマロンは不在だった。

 総務局ではハフマンがカリスを歓迎した。

「カリスさん! シャッコー食べましたよ。美味しかったです」

「ありがとう」

「最近はどういった活動をしているんですか?」

カリスは近況を簡単に話した。

「これから研究所を作ろうと思っているんだけど、忙しくて手が回るかどうか……」

「そうですか……」

ハフマンは何やら考えてから口を開いた。

「良かったら、わたしも手伝いましょうか?」

「え?」

「もっと世の中のためになる仕事をしたいと、常々考えていたんです。カリスさんが辞めた時、わたしは一緒にここを出る勇気がなかった。でも、精力的に働いているあなたの話を聞いて、やっぱり自分もやってみたいと思いました」

「今の職を辞めるということですか?」

「ええ」

「ありがたい話ですが、今のところ、わたしには給金をお支払いできる当てがありません……」

「構いません。追々で結構です」

ハフマンは本気のようだった。

「……わかりました。実はかなり忙しくて、どうしようかと思っていたところなんです。協力をお願いします。いつから参加できますか?」

「明日からでも大丈夫です」

「では、明日の朝、お迎えに上がります」

「よろしくお願いします」

ハフマンは頭を下げた。

「これからベル殿を訪ねるのなら、彼も誘ってみたらどうですか? たぶん応じてくれますよ」

「そうかもしれませんが……、お給料を払えない以上、誘うわけにはいきません」

ハフマンは首を振った。

「日頃、顔を合わす度にあなたのことを話しますが、ベル殿はわたしより興味を持ってます。まあ、話してみてくださいよ」

カリスが財務局に顔を出すと、すぐベルに捕まった。

「お久しぶりです、カリスさん。最近はどうですか?」

ハフマンにしたのと同じように最近の活動内容を話した。すると、「わたしも一緒に働かせてください」と、カリスが切り出す前に持ちかけた。

「あなたが来るのを待っていたんです。次に会った時は絶対に雇って貰おうと決めてました」

「雇うと言っても、まだ給金が払えるような状況じゃないんです」

「大丈夫です」

ベルの決意は固かった。

「わかりました。いつから参加できますか?」

「今からです」そう言うと、おもむろに立ち上がり、財務局の局長室に入っていった。

「ちょ、ちょっと待て! ロンド=ベル——」と局長の声が聞こえる。

すぐに出てくると、カリスのところに戻ってきた。

「じゃ、行きましょう。わたしもあなたみたいにスパッと辞めてみたかったんです」

ベルははにかんで言った。柄にもなく照れているようだった。

 カリスはベルと科学技術局に行き、デスラにハフマンとベルが加わったことを報告した。

「儂も貴族の立場がなければのぉ……」と悔しがっていた。

 デスラから用意されていた紙面を受け取ると一緒に城を出た。

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