第16話

 翌朝、カリスはハフマン、ベルと落ち合い、それぞれに指示を出した。

 まず、ハフマンには、研究所を建てる土地を探し、仮押さえ、そして建設業者を探して見積もりを出してもらうよう頼んだ。

「わたしの得意分野ですね。任してください」

「場所は門に近いところにしてください。その方が、何かと便利だと思うので」

「門付近は土地の価格も安いですしね。他には何かありますか?」

「では——」とカリスはデスラから受け取った研究者のリストを渡した。「この人たちに接触して、勧誘をお願いします」

「わかりました。この人たちの給金はどうするんですか?」

「昨日、ベルと相談しました。一旦は一年の契約にして、集めた資金から払います。額は四千キヤルほどの試算でしたが、念のため彼に確認してください」

「ベル、ですか。呼び捨てとは、昨日一日で、ずいぶんと親しくなったんですね」

ハフマンがいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「では、わたしのことは姓ではなく、名のレナードで呼んでください」とベルに謎の対抗意識を燃やす。

ちょっと面倒くさそうなので、スルーして指示を続ける。

「ベルは、引き続き受領した出資金とこれまでの支払いを帳簿にしてください。それから、研究者に払う給金と建設資金を踏まえて、資金計画を練ってください」

「了解」

「で、ニコラウスはどうするんだ?」

ハフマンは"です・ます”調も止めて、距離を詰めてくる。

「わたしは異世界転生者のパーティーについて行って、魔物狩りを勉強してきます。……なんかもう、まどろっこしいから敬語・丁寧語は止めましょうか」

「俺はとっくに止めているぞ」とハフマン。一方のベルは「わたしは嫌です」と断った。

「まぁ、それぞれ好きにしよう」

それじゃ、と三人は解散し、それぞれの仕事に着手した。


 カリスは南門でタクヤたちと合流し、石壁を出た。

 ここ1カ月ほど他のパーティーの狩りにも同行したが、タクヤたちとの回数が一番多い。

 ゲドラフを屠り血抜きをしていると、タクヤがポツリと言った。

「俺たち、そろそろ王都を離れようと思うんだよね」

「え?」とカリスは驚いた。しかし、次の瞬間には理解していた。彼らは何も、ただただ狩りをするためこの世界に来たわけではないのだ。

「カリスさんはこれからも魔物狩りすんの?」

「ええ、続けるつもりです」

「でも、あんた一人じゃ危険だろ? 俺たちが居なくなったら」

「他のパーティーに声をかけて、一緒に狩りをしますよ」

「そいつらが、あんたの安全を気にかけなかったら?」

「それはまあ……、危険ですね」

「だろ? だから、ひとつプレゼントしておくよ。あんたのおかげで稼がせてもらったしさ」

タクヤはカリスに錠剤を2粒渡した。

「おい! タクヤ止めとけって!」

マサヒロがタクヤの腕を掴んだ。

「バレたらどうなるかわかんねーぞ!」

「うるせぇな、バレたりしねぇ、大丈夫だよ」

「勝手なことすんなよ! 俺たち全員の責任になるかもしれねぇだろ!」

「ぁあ? じゃあ、バレたら俺が勝手にやったって言えばいいだろ」

「……ちっ!」舌打ちしてマサヒロはタクヤの腕を離した。

「なあ、マサヒロ。この人のおかげで金の心配がなくなったんだよ。俺たちだけじゃなく、他のパーティーも。なんか恩返しが必要だろ?」

「それに、この人はどうしても魔物を狩りたいみたいで、危なっかしいからね」と横からゴロウが口を挟む。

「わかった、好きにしろよ」

マサヒロは渋々従ったようだ。

「という訳でさ」とタクヤがカリスに向き直る。「本当はこっちの世界の人間に渡しちゃダメなやつなんだわ。その点は気をつけてくれ」

「で、何の薬なんですか? これは……」

「簡単に言えば、飲むと俺たちくらい強くなれる薬」

「え?! 本当ですか?」

「嘘は言わねぇよ」

「原理を説明しておくと、人間っていうのは、実は本当の全力が出せないように脳で抑制されているけど、この薬でその抑制を取り払うんです」とゴロウが説明した。

「何のために抑制されているんです?」

「それは、身体に過度な負担をかけないためです。だから、この薬を飲んだ後は、意識して運動量や力加減を制御してください。でないと、ひどい筋肉痛や疲労骨折に繋がります。いざという時に力を発揮出来なければ、元も子もありませんからね」

「なるほど……。わかりました」

「それから、多少の個人差はありますが、一粒で効果は一年程度です。覚えておいてください」

「早速飲んでみたら?」とシンゴ。

「そうだよ、飲んでみろよ」とタクヤも続く。

 王政府勤めをしていた頃のカリスなら、異世界転生者からもらった薬など飲めなかったろう。転生者を全く信用してなかったからだ。でも、今は違う。異世界転生者もこっちの世界の人間と同じだ。信用できる人間と、そうでない人間がいる、それだけのことだ。そして、タクヤたちは信用できる人間だった。

「では、いただきます」

カリスは一粒口に入れ、水で流し込んだ。

……しばらく待ってみたが、何も起こらない。カリスは心配になった。

「あれ? これ効いてる?」

それを聞いて、シンゴが自分の巨大な斧を投げて寄越した。

「おっと」と咄嗟に受け取る。……というか、およそ持ち上げることすら難しかった斧を簡単に受け取ることができる。

「うわ! これ、すごい!」

「力だけでなく瞬発力や走力も上がっているはずです」とゴロウ。

「これで、ゴロウさんみたいに魔法も使えるようになるんですか?」

「魔法はまた別の処置が必要なので、もし使いたいなら、こっちの世界の魔法使いに弟子入りしてください。一応アドバイスしておきますが、この世界の魔法理論、所謂マナとかオドとかには、あまり囚われない方がいいです。魔法はもっと物理的な現象なんで——」

「あ、別に魔法を使いたいわけじゃないのでいいです」

「——そうですか」

ゴロウは少し寂しげだった。

「みなさんはいつ出立されるんですか?」

「明日の朝、南門から」

「じゃ、見送りに行きます」


 翌朝、カリスが南門に着くと旅支度を整えたタクヤたちが現れた。

「こんなものしか渡せませんが——」と言ってゲドラフとシャッコーを使った料理のレシピ冊子を手渡した。これまで、レイスの力を借りながら、少しずつマリネや干し肉以外にもレシピを増やしてきた。

「他の街でも試してください」

「ありがとよ」

ひとりひとりと抱き合うと、一行は颯爽と旅立っていくのだった。

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