第17話
タクヤたちを見送ると、カリスはウエッソン武器店に向かった。
「親方、この店で一番強い弓をくれ。あと矢と魔物用の毒も」
近接武器は魔物に接近しないと使えず、仲間の支援がないと危険だ。一人で狩りをする可能性も踏まえて、カリスは遠距離攻撃で仕留める方法を選んだ。
「毎度あり。で、誰が使うんだ?」
スミスは店の奥から大型の複合弓を持って来た。
「自分で使うんだよ」
「お前には無理だよ。これは異世界転生者用だ。重くて引けないぜ?」
カリスはかけをつけ、弓を引いて見せた。
「ほら、大丈夫だろ?」
「お前、すごいな。いつの間にそんなに力がついた?」
「ここのところ狩りに行っていたからな。あと力仕事が多いし」と適当な理由を並べる。
一式を購入して待っていると、異世界転生者らしきパーティーが入店してきた。
例によって声をかける。
彼らもこれから狩りに行くらしく、あっさり同行を承諾してくれた。ゲドラフとシャッコーが取引されるようになってから、狩りをする異世界転生者が一気に増加した。すでに王都付近のゲドラフとシャッコーは著しく減少している。
「今日はゴトラを狩りたいんです」
「ゴトラ? ゴトラは売れないけど?」
勇者のトモヤが首を傾げた。
「これからゴトラを商品化したいと思っているんです」
「え? じゃ、あんたがゲドラフやシャッコーを売れるようにしてくれた人?」
「まあ、そういうことになります」
「おお!」と小さな歓声が上がる。
「じゃ、ついてきてよ。俺たちの目的はゲドラフかシャッコーだけど、ゴトラが見つかればつき合うから」
一行は東門から出ると、辺りを探索した。先ず見つかったのはゲドラフだった。
射程距離までゆっくり近づくと、カリスは矢を射かけた。ちなみに毒は塗っていない。ゲドラフは食用なので、肉に毒が残ると商品にならないからだ。
ドスッ、と鈍い音がして、矢がゲドラフの腹に刺さる。
「ブギィァイイイ!!」
突然の攻撃に激昂したのか、こちらに突進して来た。
一行はあまりの雄叫びに一瞬怯んだが、すぐに戦闘態勢を整えた。ゲドラフを取り囲むように迎え撃とうと、V字型の陣形をとる。
戦士タツヤがV字の要、ゲドラフの正面に立っていたが、奴は僅かに軌道を変えてカリスを目がけて来た。
はっ、というかけ声とともに、カリスは真上に飛び上がって回避する。自分で飛んだのか? そう思うくらいの高いジャンプ。
ゲドラフはカリスの下を通り過ぎる。そして、落ちてくるカリスを狙おうと方向転換し、立ち止まる。——その隙をカリスは逃さない。
弓矢を放り出すと逆手で剣を抜き、上半身を捻り後ろにそれを投擲。剣はゲドラフの眉間に突き刺さり、どさりと崩れ落ちた。
全てが一瞬の出来事で、トモヤたちは唖然として一連を見ていた。
「あんた、本当にこっちの世界の人?」
「そうです」と答えつつも、カリスは自分の今の動きに、自分でも驚いていた。
(きっと、タクヤたちの狩りを見ていて、無意識の内に、身体の動かし方や戦いの間合い、隙の見つけ方を学んだんだろう)
今思えば、異世界転生者たちの中でもタクヤたちは特に強かった。さっきの場面も、タクヤたちなら、ゲドラフが軌道を変えた瞬間に側面から数名が攻撃を加えていただろう。
その後、しばらく探索を続けて、ようやくゴトラを見つけた。動きの緩慢なゴトラには、毒矢を何本も射かけて安全に倒した。
カリスはゴトラをレイスの店に持ち込んだ。
「すみませんが、こいつの脂身を切り分けてくれませんか?」
「ゴトラか、こいつは骨が折れそうだ」
油でギトギトになる肉切り包丁を何度も布で拭きながら、レイスはブヨブヨしたゴトラの死体と格闘した。
「この脂身どうするんだ? まさか食べるのか?」
「いやいや、油を抽出するんです」
カリスは脂身を持ち帰ると、買ってきた大鍋に水を沸かした。沸騰したところで脂身を投入し、ひたすら煮る。油が浮いてきたら、それをすくい取った。
一定量の油が採れると、それに灰汁を加えかき混ぜてみる。
「何を作っているんですか?」
居間で帳簿作業をしていたベルが台所に顔を出した。
「石鹸だよ。ゴトラの石鹸」
「へぇ」とベルが手を伸ばす。「科学技術局のアイデアですか?」
「ゴトラから採油するところはね。石鹸にしたのは俺の考え。食用には風味が悪そうだから」
「石鹸の作り方なんて、よく知ってましたね」
「たまたまね。で、どう思う? どうやって、これを普及させようか?」
「そうですね——」ベルは顎に手を当てた。「いっそのこと、自分たちで売ってしまうというのはどうですか?」
「どうして?」
「単に、わたしたちにも出来そうな事業だからです。現に今、ニコラウスは自分で作ったでしょう? わたしたちは出資金を元手に活動していますが、自分たちでも何か事業を持たないと、今後も活動を継続していくことは難しくなりますよ」
「確かに……」
「石鹸なら建設中の研究所の設備で作れるでしょうし、保存期間を気にしなくてもいい」
外回りから戻ったハフマンに相談すると、彼も大いに賛成した。ことは早い方がいい、ということになり、早速明日から石鹸製造の人員を確保し、取り組むこととなった。
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