第18話
その後すぐに研究所は着工。建設は急ピッチで進められ、早くも二カ月ほどで、石造りの、簡素だが立派な研究所が建った。
名前は、カリス=ニコラウス、レナード=ハフマン、ロンド=ベルの頭文字を取り、NH B研究所と命名。所長にはカリスが就任した。
開設時に着任した研究員は五名で、いずれもデスラからの紹介だった。すでに、俊足の魔物ザンスの腱を複合弓に使用するアイデアや、水辺の脅威バインの歯をそのまま矢尻にするアイデアが出ており、試作品を作成中だ。みんな優秀な人材で、今後も成果が期待できる。
先行して販売していたゴトラ石鹸は好評で、本格的な生産体制が整った以上、これからは研究所の収入源として大きな柱となるだろう。
「順風満帆だな」
ハフマンがしみじみと言った。
確かに。まだまだ取り組まないといけないことはたくさんあるが、ここまでは上手く事が運んでいる。
そうなると、気がかりなのは王族による妨害や干渉だ。
しかし、ゲドラフやシャッコーは庶民の食卓に定着したし、ゴトラの石鹸も今や王都の全家庭にあると言っても過言ではない。
今更それを取り上げて庶民の反感を買うことは、いくら王族とて避けたいはずだ。
「最近は王都周辺でゲドラフ、シャッコー、ゴトラを見つけることが難しいみたいで、魔物狩りをするパーティーは相当遠くまで出向くってさ」
束の間の昼食中、不意にハフマンが言うと、「そういえば、政府で計画を立てていた頃に、石壁の外にハンターの拠点を建てることを検討していましたね」とベルが応じた。
「そろそろ、そういったものが必要かもしれないな……」
「建てるんなら、魔物の血抜きや運搬も請負う施設にするのはどうだろう? その方がハンターにとっては効率がいいし、新しい収益源になる」
どうやら、今日のハフマンは冴えている。
「よし! ハフマンは考えを書面にまとめて、ベルは資金計画を立ててくれ。石壁の外での建設だから、いろんな工夫が必要だろうし、何より護衛を手配しないといけないな」
「任せてくれ」とハフマン。
昼食を終えて、ハフマンとベルは仕事に取りかかった。
午後、カリスはグライプ城に来ていた。デスラとグラディウスからは出資金を受領したが、マロンからはまだだったからだ。資金拠出の督促とは気の乗らない仕事だが、出してくれるものなら、受け取っておきたい。
魔物対策局の局長室でマロンはお茶を飲んでいた。休憩中なら気兼ねなく話ができる。
「やあ、カリス」
カリスを見つけ、マロンの顔がパッと明るくなる。「お茶を入れるから座ってて」
「ああ、ありがとう」
一口飲むと、カリスは早速本題に入った。
「実は出資の件で来たんだ」
「ごめんなさい、カリス。実は実家から反対されていて……。列侯会議で否決されたような事業への出資は止めろ、って」
マロンは残念そうに俯いた。
「だから、グラーゼ家としてではなく、個人として資金提供させてもらうよ。額は小さくなってしまうけど。準備するから、もう少し待ってください」
「いや、出資してくれるだけでもありがたいんだから、気にしないでくれ。どれくらいの額で、どれくらい時間がかかる?」
「そうだね、少なくとも一百万キヤルくらいかな。十日ほどで何とか工面するよ」
「恩にきる」とカリスは頭を下げた。
「ところで、事業は上手くいってる?」
カリスは簡単に近況を報告した。
「それから、石壁の外にハンターの拠点を建てるつもりで、今、動き始めたところだ」
「そうなんだ。魔物狩りがもっと盛んになりそうだね」
「マロンは最近どうなんだ? 何か変わったことはあったか?」
「実は……、妹がユーゼ王子と結婚することになったんだ」
「え?!」カリスは驚いた。
「てことは、ゆくゆくはマロンは王の義兄になるってことか!」
「そうなるね」
「そいつはすごいな……。もう軽々しく"マロン"なんて呼べないな」
「そんなことはないよ、カリス。今まで通りがいい」
トントンと戸を叩く音がし、局員が顔を出した。
「局長、そろそろお時間です」
「ありがとう。すぐ行くよ」
カリスはマロンに別れの挨拶を告げて城を出る。
研究所に戻るとハフマンとベルが待っていた。
「大まかな計画が出来た」とハフマン。
「資金計画は?」
「計算してみました。見積もりはまだですが、建物は六百万キヤル程でしょう。プラス建設中の護衛費ですね」とベルが答える。
「資金が足りないなぁ……。出資は、マロンが十日後に一百万キヤル用立ててくれるみたいだけど」
「一百万か……。当初の予定より大分減額されてしまいましたね」
「仕方ない。出してくれるだけありがたいと思おう」
「融資を受けますか?」
「金を借りたとして、返済はどうする?」
「拠点に宿泊させたり、飲食施設を作るのはどうだろう? 石壁の外で一定の安全を確保できるわけだし、少しくらい価格を高くしても需要はあるだろう」
「そうだな……、それでいこう。詳細を詰めてくれ」
その日は深夜まで返済計画を作成し、次の日、貸金業者に融資交渉に出向くことにした。
融資を受けるというのは事業を拡大するための有効な方法だが、当然、返済できない時は資産を差し押さえられる。これまでも、いい加減な気持ちで取り組んできたわけではないが、より一層緊張感が増す。
(これで失敗できなくなったな)
同じことを考えているのか、ハフマンとベルの顔も真剣だ。
「心配いらないさ。ここまで順調にきたんだ、これからだって大丈夫」
カリスは自分に言い聞かせるように言った。
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