第4話
「カリス=ニコラウス!!」
国軍総統グラディウス将軍が魔物対策局を訪ねてきたのは、マロンとプランAの資料を作っている時だった。
「ここにいます」
カリスが奥の局長室から顔を出しすと、グラディウスは「ふん!」と鼻息を鳴らしながら局長室に入り、どっかと勢いよく椅子に腰を下ろした。赤毛の大男が長髪をなびかせ迫ってくる様は、なかなか迫力がある。
「将軍がここへお見えになるとは珍しいですね。一体どういった用件ですか?」
グラディウスは顎で局長室のドアを指し示した。気づいたマロンがそれを閉める。
「二人きりで話したいんだが?」とグラディウスはマロンを睨みつけた。
「マロン、外してくれないか?」
渋々マロンが外に出ると、グラディウスは肘掛をがっしと掴んで話し始めた。
「貴様がここの局長になって何日も経っているというのに、なかなか俺のところに挨拶に来んからな。こうやってわざわざ出向いて来てやったのだ」
国軍総統には、代々一流門閥のグラディウス家が就任している。先代が四年前の地方反乱の際に戦死したことから、目の前のマクシミリアン=グラディウスがカリスと同年代ながら跡を継いでいた。
「それは失礼しました。未熟者ゆえ考えが及ばず……。申し訳ございません」
威圧的な態度にちょっとした気遅れを覚えつつ、カリスは頭を下げた。
「お茶をお持ちしましたー」
局長室のドアを開き中に入ると、マロンは笑顔で二人の前にカップを置いた。
「やっぱり、一緒にお話を伺ってもよろしいですか?」
つい先刻席を外すよう言われながら、まるで何事もなかったかのように聞くマロン。彼は、自分の知らないところで物事が進むのを、とても嫌う。でも、だからこそ、仕事の面では隙が無くて頼りになるわけだが——。
「グラーゼ卿はわたしの腹心ですので、どうか同席をお許しください」カリスは一応フォローを入れておいた。
「まあいいだろう。座れ」
グラディウスはずずっと茶をすすった。
「俺に挨拶が無かったのはまあ許してやるとして、貴様に聞きたいことがあるのだ」
「何ですか?」
「来月の列侯会議で魔物への新しい対処法を議論するそうではないか。内容を聞かせろ」
「ああ、そのことですか。お耳が早いですね」
カリスはマロンに作成中の資料を持って来させた。
「このような施策を検討しています」
「………………ほう、なかなか良くできている」
読み終わると、グラディウスはバサッと資料を机に投げ出した。そして代わりに持参した資料をカリスに渡す。
「軍は軍で、別のことを考えておる」
資料の内容は、国軍による魔物駆除。カリスとマロンの言うところのプランBだった。
「何故このタイミングで?」
「実は前々から考えていたことだ。俺だって魔物をなんとかしたいと思っている。だが、あの異世界転生者どもの目、なんの覚悟も気概もない。あんな奴らを何百万人つぎ込もうが、魔物は駆除できん。ただ、貴様の前任は堅物だったからな。伝統的な方法にこだわるのは目に見えていた。だから、局長交代のこのタイミングで持って来たのだ」
「なるほど、よくわかりました……。しかし、わたしたちは先ほどの資料通り事を進めるつもりです。すでに科学技術局のデスラ殿が根回しを始めております」
「何? もうそこまで進んでいるのか……」
「わたしたちの計画なら、最小の労力と資金で魔物を減らせます。民間の力を活用するので。それに、これまで通り異世界転生者を魔王討伐に派遣しつつ、彼らの活動を経済的に援助することも可能です。グラディウス殿の案を採用する場合、異世界転生者の派遣は凍結となるでしょう。きっと、戦争並みの経費がかかるでしょうから」
「気に食わんが貴様の言う通りだな。そういうことなら無理を承知で頼むんだが、魔物の駆除に、軍も一枚噛ませてくれんか? どのような形でも構わん。この俺が頭を下げるのだ」
そう言って、グラディウスは僅かばかりこうべを垂れた。
「何故グラディウス殿はそこまでするのすか?」
グラディウスは頭を上げて、再び背もたれに身体を預けた。
「四年前の反乱鎮圧を機会に、王国の中央集権化は一層進んだ。もう、大規模な反乱の心配はないだろう。だから、今は軍縮が始まっている。このままでは国軍掃討、すなわちグラディウス家の権威は落ちていく一方だ。俺は何とかそれを阻止したい。人間に敵がいないのなら、魔物を敵にするしかないだろう?」
「それはまあ、そうですね」
「手前勝手な理屈なのは、自分でもわかっている……」
「——わかりました。考えてみましょう」
グラディウスが魔物対策局を去り、マロンはカリスの正面の椅子に座り直した。
「で、どうするんですか?」
「何らかの形で軍の出番を作ろう。グラディウス将軍の動機はどうあれ、軍に協力の意向があるのはありがたいからな」
「確かにそうですね。資料は作り直しになってしまいますが……」
「そう言うなよ。俺も一緒にやるからさ」
「当たり前です!」とマロンが言い放った。
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