第5話
朝、足元のヌメりとした感覚でデスラは目を覚ました。何事か、と急いで掛け布団を剥いで、飛び退いてみる。
「——セアートなのか?」
血まみれの愛馬の首がそこにあった。思わず両手で顔を覆う。
「おお、何という非道いことを……」
これが何を意味するか、デスラにはすぐに 理解した。警告だ。プランAの根回しを始めて十数日が経っている。計画を中止しないと、寝室に侵入して寝首をかくぞ、というメッセージだった。
以前にデスラが魔物駆除を立案した時は、国軍を動かす計画だった。だから、軍を動かすことが王族の圧力の理由かもしれない、と当時は考えた。なぜなら、軍を無闇に動かすことはクーデターに繋がりかねないからだ。
しかし、今回の計画は、グラディウスの提案で多少は軍が関連するとはいえ、以前ほど大掛かりでない。
(これではまるで——)彼は思った。(魔物を駆除すること自体に反対しているようではないか……)
魔物の数を減らすことに、なぜ王族は反対するのか? 多くの臣民が脅威にさらされているというのに——。
それとも、無能な異世界転生者どもに魔物を任せろということか? それはなぜ?
「おい、誰かおらんか!?」
デスラは使用人を呼び、片付けと戸締りの確認を命じた。自らは出勤の身支度を整える。
屋敷を出る時、執事から、戸締りに問題が無く、押し入った形跡も無かったという報告を受けた。
「そうか……」
平静を装って答えはしたものの、事態は芳しくない。
執事が嘘をついていないとすると、セアートの首を切り、自分のベッドに置き去った人間は屋敷の中にいることになる。
「わかっておるな? 上手く犯人を探れ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
御者が鞭を振るい、デスラを乗せた馬車が走り出した。
城に向かう間、デスラは遠い故郷を思い出していた。
貧しい地方貴族のデスラ家。領地を取り囲む壁には所々穴が空いている。そこから魔物が侵入し、領民を襲う。だからといって、壁を修復する財力はなかった。そのかわり、彼の父は頻繁に出没する魔物から領民を守るべく、自身が現場に赴き兵士とともに戦ったのだった。
もし、幼少より頭の良かったデスラが父の跡を継げば、領内を豊かにし、魔物の被害を減らせたかもしれない。しかし、残念なことに彼は三男だった。家は兄が継ぎ、今は甥が継いでいるが、魔物の被害は昔と変わらないと聞く。
少しでも魔物の被害を抑える仕事が出来れば、とデスラは王政府勤めを始めたが、それから何十年経った今も、まだ想いは果たせていない。毎月、列侯会議で発表される全王国の魔物被害を、デスラは何年にも渡って心痛な面持ちで聞いていたのだった。
(退官間近の老いぼれじゃが、まだまだ初心を忘れたわけではないわい)
今は、新しい魔物対策局局長が若者らしい勢いでもって、自分を引っ張ってくれている。今やらねば、いつやるのか。
やがて、グライプ城が見えてきた。巨大で荘厳なこの城は、まるで王族や門閥貴族による支配体制を象徴しているようにも感じる。
今朝、愛馬の命を奪った警告は、却ってデスラの魔物掃討への決心をますます固くしたのだった。
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